脳機能の計測・解析技術と製品開発への応用事例

脳機能の計測・解析技術と製品開発への応用事例

はじめに – 「人の脳」に迫る製造業の新たな挑戦

私たち日本の製造業は、長らく「現場力」や「匠の技」に頼ってきました。
しかし今、グローバリゼーション、デジタル技術の進化、そして慢性的な人手不足という波が押し寄せ、現場そのものが大きな転換期を迎えています。

こうした変化のただ中で、新しい「競争力の源泉」として注目されているのが、脳機能の計測・解析技術です。
これまで勘や経験、時には曖昧なコンセンサスで語られてきた「人個人のパフォーマンス」や「熟練の作業ノウハウ」。
その曖昧さを見える化し、製品開発や現場改善に役立てようという試みが、現実のものとなりつつあります。

本記事では、その最前線となる脳機能計測・解析技術の概要と、実際に製造業の製品開発や業務改善へと応用された事例について、現場目線で解説します。

脳機能の計測・解析技術の概観と最新動向

脳機能の計測・解析といえば、かつては医療や学術研究の世界の専門技術でした。
しかし近年、軽量・低価格化、操作の簡易化が進んだことで、製造業の現場や製品開発にも導入が広がっています。

主な計測手法は以下の通りです。

脳波（EEG）：頭皮にセンサーを貼付け、電気的活動をリアルタイム計測
機能的近赤外線分光法（fNIRS）：脳の血流量変化から活動部位を推定
機能的磁気共鳴画像（fMRI）：主に研究レベルだが、脳部位ごとの活動状況の可視化

特にEEGとfNIRSは「ウェアラブル脳計測器」として市販も進み、安価な商用デバイスも多く登場しています。
最新のAI解析技術と組み合わせることで、「集中力」「作業負荷」「ストレス」「快・不快」といった“数値化が難しかった心的指標”を高精度で推定できるようになりました。

製造現場への応用：熟練技能の「見える化」

筆者が現場管理職時代に最も痛感した課題が、“熟練技能者のノウハウ継承”の難しさでした。
熟練作業者は、工程ごとに異なる「見えない判断基準」や「微妙なタイミング」を持っています。
これまでこれらを言語化・数値化することは困難でした。

ところが脳機能計測を用いることで、現場作業中の“思考の流れ”や“集中の高まり”のパターンをデータとして抽出できるようになりました。
例えば、ラバーベルト交換作業の最適タイミングや不良品発見時の脳波変化を明確にし、後進のトレーニング教材とすることが可能です。

また、組立ライン改善のため、複数作業者の脳血流パターンを計測し「どの工程でストレス負荷やミスが生じやすいか」を分析した企業もあります。
これにより作業動線、マニュアル配置、休憩タイミングまで科学的に再設計し、不良率低減や作業効率向上につなげる事例が増えています。

製品開発への応用：ユーザー視点の“快適さ”を数値化

さらに注目されるのが「ユーザー体験（UX）」評価への応用です。
従来、商品の使い勝手や満足度の評価はアンケートやインタビューに頼るのが主流でした。
しかし、「本音」と「答え」が食い違うケースや、微妙な違和感までは掴みきれないという課題がありました。

そこである家電メーカーでは、プロトタイプ製品の操作体験時に被験者の脳波や脳血流をリアルタイム測定。
「どの操作が直感的で、どこで負荷や混乱（ストレス）を感じているか」を定量的に分析。
そのデータをもとに製品のUI（ユーザーインターフェース）や機能配置を改善した結果、「説明書なしでも直感的に操作できる家電」として市場評価を大きく高めた実績があります。

また、自動車の車内設計においても「運転時のストレス可視化」や「音響システムによるリラックス効果検証」にこれらの計測技術が活用されています。

サプライヤーの“感性提案力”強化にも活路

バイヤー目線で言えば、部材や部品の調達では「品質安定」「納期遵守」に加えて、「エンドユーザーの体験価値」も今や重要な評価軸になっています。
例えば自動車のシート素材や内装部材は、「長距離運転時の疲労軽減効果」や「触感によるリラクゼーション」を科学的に証明できるかどうかが競争力を左右します。

サプライヤー側も、自社新素材を訴求する際、人体実験による脳機能データを添付し「他社より疲労感が低減される」「操作時の直感性が向上する」といった“数値化された価値提案”を行う例が増えています。
これは単なるスペック比較を超えた「使う人目線」での説明責任を果たす手段となります。

昭和的アナログ業界にこそ求められる「脳科学発想」

今なお多くの製造現場では「根性・経験・勘」がものづくりの基礎とされています。
しかし、「技は見て盗め」のカルチャーの下では技術伝承が途絶えがちなのも現実です。

脳機能計測を用いて「熟練者が実際どの工程で何に注意しているか」「仕上げ時の感覚の違いは何に起因するのか」などを科学的に分析することで、阿吽の呼吸を再現可能な形で後進に伝えられるようになります。
また、「この設計では現場に無理な集中や作業効率問題が出る」といった事前のリスク予見も、脳科学解析を活用することで客観的かつ早期にニーズ仕様をバイヤーへフィードバックすることが可能になっています。

バイヤー志望者・現場担当者へのメッセージ

製造バイヤーを目指す方は、コストや納期だけでなく「ユーザーの感じ方＝感性価値」を見抜く力が今後ますます重要になります。
また、サプライヤーは「バイヤーが実際にどんな部分に納得・違和感を覚えるのか」を把握するうえで、脳機能計測によるファクトに基づいたアプローチが説得力を生みます。
現場担当の方も、AIやIoTの活用だけでなく「人の脳という“ブラックボックス”を数値化・標準化する」発想を持つことで、新しい現場改善や技術伝承の突破口が開けるでしょう。