地方行政が関わることで生まれるフェアで持続可能な取引インフラの構築

はじめに 〜伝統と革新の狭間で揺れる製造業〜

日本の製造業は長きにわたって日本経済を支えてきました。

特に地方に根付く中小製造業は、地域雇用を生み出し、地場技術を磨き上げてきた存在です。

しかし昨今、グローバル化、デジタル化の波に直面し、従来型の取引慣行やサプライチェーンモデルが限界を迎えています。

一方、昭和時代からのアナログ商習慣も根強く残り、調達購買や品質保証の現場では、効率化と公正性、持続可能性の両立という難題に取り組む必要があります。

こうした環境で注目され始めているのが、「地方行政」が担う新しい役割です。

本記事では、地方行政が関わることで生まれるフェアで持続可能な取引インフラの構築について、工場の現場感覚と最新トレンドの両面から解説します。

なぜ今、持続可能な取引インフラが必要なのか

旧態依然とした取引慣行の課題

多くの国内製造業、特に中小企業では、特定バイヤーとの長年の口約束や、元請け下請けの序列意識が強い取引構造が続いてきました。

例えば「親方日の丸体質」と言われるような系列主義、帳簿の手書き、FAXによる受発注といった昭和流の商習慣です。

こうした慣行は安心感や信頼構築のよりどころではありましたが、取引先の新陳代謝が起こりにくく、不透明な価格決定や不公平な条件（値下げ要請、一方的な納期短縮など）の温床にもなっています。

また、昨今ではサプライチェーンリスク、災害リスク、パンデミックリスク、地政学的リスクによる急激なサプライチェーン断絶も頻発しており、これらに柔軟に対応できる取引インフラの再構築が急務となっています。

オープンイノベーションとSDGsの波

「持続可能な社会の実現」を掲げるSDGs（持続可能な開発目標）の考え方は、調達・購買部門にも大きな影響を与えています。

公正・透明な取引、地元サプライヤーの積極活用、労働環境への責任感、グリーン購買への転換…。

これらは競争力の源泉にもなり得ます。

大手企業だけでなく、中小企業、地域社会、行政が一体となってSDGsに沿ったサプライチェーンネットワークを育てる時代なのです。

地方行政が取引インフラ構築で果たすべき役割

調整者・仲介者としての行政

従来、民間主導で構築された調達ネットワークですが、今や行政が間に入ることで市場全体の公正性やイノベーションが促進される場面が増えています。

たとえば自治体主導の産業集積プロジェクトや、マッチングプラットフォームの運営、「地産地消」型サプライ構築支援などです。

行政は取引構造の透明化、公平化、取引範囲の拡大、競争環境の健全化などを推進する「公的な第三者」として機能できます。

持続可能性を担保する枠組み作り

地方行政には、補助金・助成金の交付だけでなく、持続可能な取引インフラ形成のための法整備やルール作りも期待されています。

例えば、

– 地域内調達率向上のためのインセンティブ設計
– グリーン調達方針策定の主導
– CSR・サステナビリティ認証取得支援
– 情報共有・取引プラットフォームの整備

などの施策です。

行政による基準策定や評価軸の提示は、中小メーカーやサプライヤーが自社の付加価値を「見える化」し、公正な取引競争に参加できる大きな後ろ盾となります。

異分野・異業種をつなぐコーディネーター

デジタル化の本格化やカーボンニュートラル技術の導入など、今の製造業界は自社完結では生き残れません。

地方行政が「地域産学官連携」「セクター横断型ビジネスマッチング」を活性化することで、従来交わることのなかったプレイヤー同士の協業機会が増加。

新材料メーカーと地場部品工場、スタートアップと老舗企業、ITベンダーと製造現場…。

こうした新たな人流・物流・情報流を生み出す「場」や「仕組み」の設計は、行政にしかできない役割です。

製造業現場から見た「フェア」で「持続可能」な取引インフラとは

現場のリアルな視点：なぜアップデートが必要か

調達購買、生産管理、工場自動化などの実務現場から見れば、ルールブック通りに事が運ばないのは日常茶飯事です。

たとえば、突然の緊急受注、サプライヤーの生産ライン停止、想定外の品質トラブル…。

こうした現場力頼み・ごまかしが昭和型アナログ慣習を延命させてきました。

しかし、これでは若手の創意工夫は生かせず、
現場の多様化するニーズにも応えきれません。

また、「口約束」や「あうんの呼吸」は、属人的で可視化されないため、デジタル社会やグローバル取引には致命的弱点にもなります。

今こそ現場に根ざしつつ、新たなフェアネスと持続性を両立させるインフラが必要です。

フェアで持続可能なインフラに不可欠な3要素

1. 可視化とデジタル化
誰でもプロセスを追える透明性。
紙の帳票→電子化、データ管理による実績・進捗の可視化、AIやIoT活用も促進。

2. インクルーシブな競争環境
新規参入を妨げないルール作りと、既存プレイヤーの知見共有。
オープンな入札制度やマッチングイベント活用。

3. リスク分散とレジリエンス（強靭性）
依存構造を断ち切り、多様なサプライヤーとのネットワーク化。
複数サプライヤー調達や地域クラスター形成によるリスク対応力の強化。

こうした枠組みを行政がバックアップすることで、中小製造業の底力が活かされ、大企業だけでなく地元サプライヤーにも持続可能なメリットが生まれます。

実践事例：地方行政主導の取引インフラ変革

宮城県：みやぎ産業集積ネットワーク

産業振興課が主体となり、地域の事業者、金融機関、大学・研究機関、行政が連携し、県内外のバイヤーとサプライヤーを繋ぐためのネットワークを構築。

定期的な情報交換会や、ITプラットフォーム上での技術・調達ニーズのマッチングなどにより、公正・透明な新規取引機会を創出しています。

愛知県：SDGs調達ガイドライン策定

地元の製造・素材企業、自治体、大学等が連携し、環境配慮・働き方改革・サプライチェーン透明化に応じた独自ガイドラインを策定。

行政自体が「サステナブル調達」を実践することで、地元企業も後押しされ、グリーンな競争力を高めています。

石川県：産業IoT推進コンソーシアムの創設

デジタル化遅れがちな地方中小企業を対象に、公的支援のもとIoTやAIを現場導入。

生産状況や品質情報をリアルタイム共有する仕組みを整備し、取引先選定や緊急時の代替調達まで行政が主導で支援することで、取引インフラの強靭化に成功しています。

バイヤー、サプライヤー、製造現場では何が変わるのか

バイヤーへのメリット

– サプライヤー情報や実績がデータベース化され、信頼性の高い新規調達先を迅速に選定可能
– 価格や納期等の交渉情報が透明化されることで、公正な競争（逆指名や相見積もりもスムーズに）
– 地産地消やSDGs対応実績の「見える化」が社内外にアピールでき、ESG投資や社会的評価にも寄与

サプライヤーにとっての変革

– 行政が基準を示すことで、自社品質や技術の訴求ポイントが明確化（自社PRしやすくなる）
– 新規の顧客獲得機会が増え、既存の「系列依存」から脱却した複数取引先戦略が可能
– 顧客企業とのサステナビリティ対応協業、情報共有化による地域クラスター参入がしやすい

現場マネジメントのアップデート

– データ活用で生産・納期・品質管理が省力化し、「属人化」リスクが抑制
– 緊急時の代替調達や事業継続計画（BCP）対応も円滑に
– 若手の多様性を活かしやすい職場風土の醸成

まとめ 〜今こそ地方行政発のイノベーションを

日本の製造業、特に地方中小企業に根付くアナログな商習慣。

そこには長年守られてきた信頼と安心感が確かに息づいていますが、それゆえの閉鎖性、不透明性、変革の遅れが今や「成長の壁」となっています。

これを打破するには、地元企業同士の共闘や、電脳の力で透明化するだけでなく、「地元行政」が主導する公正で持続可能な取引インフラの構築が必要不可欠です。

現場主導の知恵と、行政がもたらす公平性・透明性・ネットワーク力の融合が、次代のフェアなものづくり社会を切り拓きます。

自身の経験もふまえ、今製造業界に求められているのは、「古きを守り、新しきを創る」覚悟と実践。

現場から、経営層から、そして行政から。

多様な知恵と連帯で共に、新しい取引インフラの地平線を開拓しましょう。

製造業に関わる皆さんが、明日からの実践への第一歩を踏み出せることを願っています。