投稿日:2025年10月2日

クラウド移行後に通信障害で業務が止まる問題

はじめに:クラウド移行が製造業にもたらす変革とリスク

クラウドサービスの普及は、製造業にも大きなイノベーションを起こしています。

以前はオンプレミスサーバーが当たり前だった生産管理や調達購買、品質管理の仕組みが、今やクラウド上で動く時代となりました。

工場の現場でも、IoTセンサーやMES(Manufacturing Execution System)、ERP、サプライチェーンマネジメントまで、その多くがクラウドに接続されています。

しかし、そのような業界の進化の裏側で、「クラウド移行後に通信障害が発生して業務が止まる」という新たなリスクが顕在化しています。

これまで想定し得なかった“ネットにつながらないと何もできない”という状況は、このアナログ業界にとって大きなショックとなっています。

本記事では、20年以上大型工場の現場で生産・調達・品質をリードしてきた著者の経験をもとに、クラウド移行後の通信障害の実情とその対策について、実践的な目線から掘り下げて解説します。

現場で起きている「クラウド移行後の落とし穴」

システムが止まると“現場全体が一斉ストップ”

現代の工場では、部品発注、生産計画、入出庫、トレーサビリティ、設備稼働管理など多くの業務がネットワークを介してクラウドで管理されています。

それまでは、ローカルサーバーや紙媒体で管理していたため、通信障害が発生しても、最悪のケースとしては紙や手作業で一時的に業務を継続できていました。

しかし、クラウド移行後はネットワークに障害が発生すると、「部品発注ができない」「現場で作業指示が見られない」「装置のパラメータ管理が参照できない」など、現場全体が一斉にストップしてしまう事例が急増しています。

現場で実際に経験した“通信障害のリアル”

私が工場長として統括していた工場でも、インターネット回線の敷設工事で数時間ネットワークが不通になったとき、ERPへのアクセスが遮断され、「その日出荷する商品のロット番号を把握できず、入庫・出庫伝票が全て手書きになった」ことがありました。

サプライヤーからの納期回答も調達システムやメールでやりとりしていたため、FAXすら使ったことのない若手社員たちが戸惑い、混乱が現場に広がったのです。

こうした“業務の全面停止”が、クラウドによる業務効率化の裏側に潜む最大の弱点です。

昭和型の「紙・電話」に戻れるのか?現場が抱えるデジタルリスク

アナログ“リカバリー力”の低下

昭和の時代には、どの工場にも紙の手順書、白板のスケジュール、台帳、主任のノート、そして現場をまとめる“現場長の勘”がありました。

しかし近年は、クラウド移行にともないペーパーレス化・自動化が急速に進み、“もしもの時の手作業マニュアル”やノウハウが現場から消失しつつあります。

データが見えなければ何もできない、という状況は、アナログ時代に鍛えられた“底力”を急速に衰えさせています。

バイヤー・サプライヤー間のコミュニケーション断絶

クラウド導入企業の多くが「Web-EDI」「ポータル」などのオンラインシステム化をサプライヤーに強く求めています。

サプライヤー側も、データ連携や納期回答、図面・仕様の共有が基本的に“クラウドベース”です。

ところが、両者のどちらかでも通信障害が発生すれば、「急ぎの仕様変更連絡ができない」「発送連絡が伝わらない」など、バイヤー・サプライヤーどちらにも業務上の大きな損害が発生し、それが納期遅延や品質トラブルの要因となっています。

クラウド移行で「業務の属人化」から脱却したはずが…逆戻りの現象

最適化と標準化vs現場力のジレンマ

DX化・クラウド化によって、手作業や属人化から脱却し、標準化や業務最適化が進められてきました。

その一方で、通信障害発生時に「システムありき」で回していた業務が一瞬で麻痺し、「あの情報は誰なら知っているのか?」「以前どうやって処理していたのか?」という“属人的な力”に再び頼らざるを得ない現象に遭遇する企業が増えています。

クラウド移行による効率化は大きな進歩ですが、それに依存しすぎることで“現場の底力”や“ノウハウの蓄積・継承”がむしろ危うくなっているのです。

なぜ通信障害は起きるのか?IT部門にも現場にも潜む認識のズレ

多層化・複雑化するITインフラの課題

クラウドシステムは、社内ネットワーク、インターネット回線、クラウドベンダーのサーバー、さらにはセキュリティゲートウェイやネットワーク機器など、多層構造で成り立っています。

どこか1カ所障害が発生しただけでも、その全ての業務が止まってしまうリスクがあります。

さらに、セキュリティ対策強化(ファイアウォールやVPN経由認証等)により、障害発生時の切り戻しや一時的な手作業運用が以前に比べて極めて難しくなっています。

現場・IT部門・経営層の“三つ巴”の落とし穴

IT部門はシステム安定稼働への自信から「障害はほぼ起きない」と考えがちです。

一方、現場は過去の痛い経験から「絶対に止めてはならない」「まだ紙は残しておきたい」と思っています。

そしてDX化を推進する経営層は「コストダウン・スピードアップ」のみに着目しがちです。

この“三つ巴”の認識のズレが、クラウド移行後の通信障害リスクを顕在化させ、適切なBCP(事業継続計画)や現場リカバリー手順が整備されない背景となっています。

通信障害を前提に「現場はどう備えるべきか」

リスク管理の本質:現場の声をBCPに反映させる

まず「通信が止まったらどう業務を維持するか」という観点を、BCP(事業継続計画)の核に据え直す必要があります。

とりわけ部品調達、生産管理、品質記録など“止まれば即・信用問題”に発展する業務から、万一のオフライン運用が可能かどうか点検してみてください。

調達情報や納期・在庫関連の最低限のリストは、最新のものを常に紙・PDFでローカル保存しておく。

担当者同士の緊急連絡網(メールだけでなく携帯やLINEも含めて)や、サプライヤーとの連絡ルートを再確認する。

こうした「もしもの備え」を“毎月更新・定期訓練・棚卸し”することが、現場で本当に機能する対策となります。

“ITリテラシー”と“アナログ力”のダブル実装

全ての現場担当者・バイヤー・サプライヤーが「クラウドありき」だけで仕事を進めてしまう危険性に注意しましょう。

新人教育においても「システム操作」だけでなく、「もしもの時のアナログ業務」「電話やFAX、現場での直接伝達」の大切さを再認識させ、DX化とアナログ力の“ダブル実装”を目指してください。

また、バイヤーとしては通信インフラの複線化(予備回線の用意、SIMによる4Gバックアップ導入など)や、複数サプライヤーからの情報取得手段の分散化も提案できます。

事例に学ぶ“強い現場”の条件

ある先進的な工場では、クラウド型ERPがダウンしても、数日程度は紙ベースの生産日報・在庫表・手書き伝票による運用ができる仕組みを残しています。

また、緊急時には全員が1日1回“現場集合・情報交換タイム”を設け、状況把握や優先順位決定が現場サイドで迅速に進められるようにしています。

こうした「デジタルが止まったらアナログで乗り切る」という柔軟さが、クラウド時代こそ問われています。

サプライヤーやこれからバイヤーを目指す方へのメッセージ

クラウド活用は、サプライチェーン全体の効率化には不可欠な一手です。

しかしシステムは常に“止まるリスク”をはらんでおり、万一の時に「どう業務を止めないか」が、バイヤーやサプライヤーとして一流かどうかの分かれ道になります。

バイヤーを目指す方は、「担当企業・工場が抱えるインフラや通信の弱点」まで自分事として把握し、クラウド頼みになり過ぎていないか日頃から現場を観察・点検してください。

サプライヤーとしては、取引先バイヤーのクラウド障害時にも最大限迅速・正確な対応ができるよう、情報取得の手段を多重化し、現場力も磨いておくことが大切です。

まとめ:クラウド時代こそ“しぶとい現場力”を

DX化とクラウド移行は、製造業の競争力を根本から高める強力な武器となっています。

しかし、昭和のアナログ文化を“全否定”するのではなく、“いざというときの現場リカバリー力”をしぶとく残し続けることこそが、この業界で生き抜くための真の知恵です。

通信障害を恐れるのではなく、“乗り越えられる現場をどう作るか”を、現場・バイヤー・サプライヤー・IT部門が一体となって考えていきましょう。

クラウドの先に広がる新たな製造業の世界を、強い現場力で共に築いていきましょう。

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