投稿日:2025年9月24日

熟練工に依存しすぎて標準時間が設定できない課題

はじめに 〜製造現場はいまも「人」に頼りきり〜

熟練工の技術力がモノづくりの品質を支えている。
この事実自体は、誰も否定しないでしょう。

しかし、現代の製造業では「熟練工頼み」が大きな課題として浮き彫りになっています。
特に生産管理・調達購買・工場の自動化を推進しようとするほど、避けて通れないのが「標準時間の設定」問題です。

昭和時代から続くアナログな現場では、いまだに「誰がやるか」で作業時間・歩留まり・コストが左右されるケースが多々見受けられます。
この「属人化」から脱却できない要因や背景、そして今後どう取り組むべきか——
20年以上製造の現場・マネジメントで実体験してきた目線で解説します。

熟練工の“暗黙知”依存がはらむリスク

現場のリアル:「自分にしかできない」「新人では追いつかない」

多くの工場では、作業の大部分がベテランの“勘とコツ”に頼られています。
新人オペレーターは、先輩熟練工の動きを見て、感覚的に「覚える」ことが第一歩でした。

たとえば組み付けや検査、段取り替えなど、「この音がしたら危険信号」「ここで一瞬止めるとうまくいく」といった、マニュアル化しにくいノウハウが存在します。
実際、属人化された作業は、担当者が変わるだけで
・リードタイムが数%単位で長くなる。
・不良品の発生率が跳ね上がる。
・工程内でのボトルネックが突然生まれる。
といった事象が即座に起きてしまいます。

バイヤーやサプライヤーにも波及する「見積精度」の問題

調達や購買の現場では特に、「標準時間」が合理的に設定できないことで、
・見積もりが現実からかけ離れる。
・価格交渉が感覚論になりやすい。
・委託・外注化のハードルが高くなる。
といった大きな課題が発生しています。

サプライヤー側の立場でも「そちらの作業時間目安を教えてほしい」と求められ、
「職人の○○さんがやれば1時間、でも新人なら3時間かかる」など平准化できない状況もよく見られます。

DX・自動化推進のブレーキに

製造現場のDXや自動化・ロボット導入が叫ばれる昨今。
そもそも「どこに、どの工程で、どれだけ効果があるか」を数値化できない場合、
投資対効果の算定も困難になります。

標準時間・標準作業の“見える化”ができなければ、
ベテラン退職後に生産性が一気に落ちる「2025年の崖」も現実になります。

なぜ「標準時間」の設定は難しいのか? 昭和アナログの壁

1. 従来の「マニュアル」が現場で実効性を持たない

マニュアル自体は用意していても、書かれている内容があまりに大雑把で
「実際は、ベテランが状況に合わせて調整している」ことが大半です。

多能工化や変種変量生産が混在する現場では、この「マニュアル」と「現場実態」のズレがますます広がっています。
また、現代の新人は「なぜその手順が必要なのか?」という根拠や論理を求める傾向が強く、
“見て覚えろ”文化はそもそも定着しません。

2. 測定手段がレガシー、工程分析が不十分

たとえば手作業の「1サイクル」をストップウォッチで測る、ノートに書き留める。
こうしたアナログ計測は誤差が大きく、熟練工による「作業の揺らぎ」を数値では補足できません。

また、「設備→作業者→次工程」といった全体最適の目線で分析する発想が希薄になりがちです。

3. 熟練工の“心理的抵抗”とマネジメント層の意識不足

自分のノウハウや作業内容を「見える化」しようとすると、
・「自分の仕事が単なる作業扱いされる」
・「標準化されることで自分の存在意義が薄れる」
といった感情的な抵抗が生じます。

管理職や技術者の側も、「とにかく今の生産を安定させてほしい」という日々の要求から抜け出せない場合が多いです。

なぜ標準時間設定が今こそ重要なのか? 業界動向をラテラルに考察

1. グローバル調達・外注委託の加速

現在、多くのメーカーが東南アジアなどの海外拠点と連携した生産体制にシフトしています。
ここで標準時間があいまいだと、
・コスト比較が困難になる。
・外部の工場に作業を教えるにも時間とコストがかかる。
・本社・現地間の生産性ギャップが埋まらない。
など、グローバル競争力が大きく損なわれかねません。

2. SDGsやESG対応、働き方改革

例えば「残業削減」「高齢作業者の継続雇用」を進めるためには、
工数や生産性を定量的に把握し、再設計することが必須です。
標準時間の設定は、コンプライアンスや新たな働き方推進にも大いに関係しています。

3. デジタルツイン・IoT時代の流れ

AI・IoT・データ活用が加速する今、現場の実態が「数値」として把握できなければ意味がありません。
標準時間の設定とメンテナンスが、自動化・最適化システムの精度維持にもつながるのです。

現場×管理部門で進める実践的な打ち手

1. 作業分析は“現場巻き込み型”に

標準時間・標準作業の策定において、現場作業者を単なる“被測定者”にしてはいけません。
むしろ、ベテランが「自分のコツ・注意点・意識してるポイント」を積極的に言語化し、その妥当性を管理職・生産技術・調達購買が一緒に検証する工程が必要です。

現場の意見をきちんと反映させることで、
「自分の経験が共通財産になる」という納得感、協力姿勢を生み出せます。

2. 最新テクノロジーの導入で計測・見える化

近年は作業分析用の動画解析・モーションキャプチャシステムが低コストで入手可能です。
またIoTセンサーやスマートウォッチ等と組み合わせ、人の動作や生産スピード、不良発生状況もリアルタイムでロギングできます。

こうした「客観的データ+主観的ノウハウ」双方の組み合わせによる標準時間設定が、これからの時代に最も求められるアプローチです。

3. 教育・人材開発への統合

標準時間を元にした作業訓練プログラムを開発し、新人・中堅への定着を図りましょう。
目標タイムを設けることで習熟度が“見える化”され、お互いに成長を実感できる仕組みが生まれます。

また、「ノウハウの継承体制」を組織横断で整えることで、部門を超えた多能工化や応用展開にも強くなります。

バイヤー・サプライヤーへ送る〜これからの交渉を変える視点

バイヤーは「標準時間ベース」での交渉が必須

属人的なノウハウや感覚ごとの作業時間ではなく、
「標準作業手順に基づいた客観的な時間・コスト」で見積もり・交渉を進めましょう。

そのためにも、サプライヤーとのすり合わせ・現地工程の共同分析など「共通言語」を持ち、グラウンドルールを整備することが肝心です。

サプライヤーは“標準化・見える化”が競争力

自社工程を解説できるだけの「標準時間データ」があれば、取引先・バイヤーからの信頼は確実に上がります。
また、自社の現場改善にもつなげやすくなり、品質・納入リスクの回避にも有効です。

まとめ 〜「熟練の技」から「全員のスキル」へ進化を〜

昭和型の職人文化——それは確かに日本製造業の礎となった重要な財産です。
しかし、今後はその技術を「分解・見える化」し、全員が使える共通資産にしていくことが何より重要です。

標準時間の設定・維持は面倒で手間のかかる作業ですが、それを妥協せずに続けることこそが、グローバル時代の付加価値になります。
現場・管理・バイヤー・サプライヤーが、同じ“標準”を軸に語り合える関係を築くことこそ、今後のものづくりに不可欠です。

暗黙知・熟練工頼みに安住せず、「見える化・標準化」へ一歩を踏み出しましょう。
それこそが、次世代につながる製造業の新しい“強さ”となるはずです。

You cannot copy content of this page