投稿日:2025年9月25日

サイレントチェンジを軽視したことで訴訟に発展した事例

サイレントチェンジとは何か ~製造現場の暗黙の了解?~

製造業の経験が長い方や、購買や調達の現場で働く方には「サイレントチェンジ」という言葉が身近かもしれません。

これは、部品や製品の仕様を顧客に通知せず、製造現場やサプライヤーでこっそり変更してしまう行為を指します。

品質やコストの観点で「現場判断」として実施されがちですが、これが命取りになるリスクも孕んでいます。

特に、長年付き合いのある取引先や、安定した受発注の中で「いつもの流れ」で進めていると、つい「これくらいなら大丈夫だろう」「前にもOKだったし」と油断しがちです。

しかし、実際はサイレントチェンジが大規模な品質トラブルや法的リスク、最悪の場合は訴訟にまで発展した事例も少なくありません。

昭和から続くアナログな現場慣行だから…と軽視した結果が、取り返しのつかない事態を招くのです。

この記事では、サイレントチェンジが原因となって訴訟に発展した実際の事例を交えながら、なぜそのようなリスクが発生したのか、どうすれば防げるのかを現場目線で掘り下げていきます。

メーカーやバイヤーを目指す方、サプライヤーとして顧客の立場を理解したい方に、問題の本質を考えるヒントになれば幸いです。

サイレントチェンジを軽視したことで訴訟に発展した実例

Case1:自動車部品メーカーのサイレントチェンジ事件

日本国内の大手自動車メーカーA社は、長年取引関係にあった下請けの部品メーカーB社から部品を購入していました。

B社では、「材料の一部を汎用品に置き換えても機能に問題はない」と判断し、顧客に通知せずに一部材料を変更して製造を続けていました。

ところが、A社での最終製品品質検査の際、耐久性の不良が複数回発生。

B社側の工程や品質保証体制を徹底的に調査した結果、実は半年以上前から部品の材料ロットがこっそり入れ替わっていた事実が発覚しました。

「長年の信頼」「納期重視」「現場の属人的判断」などアナログ体質が災いし、社内報告もないままのサイレントチェンジでした。

A社は重大なリコールを余儀なくされ、損害賠償請求訴訟へと発展。

法廷では、「仕様変更は必ず書面で事前合意を」「変更後は性能評価を」と明記されていたにもかかわらず、B社は「口頭で了解は得ていた」と主張。

しかし、証拠となる記録・手順書の不備からB社の主張は退けられました。

最終的にB社は多額の賠償金支払い、主要顧客を失うという深刻な経営ダメージを負うこととなったのです。

Case2:化学メーカーの認定品 サイレントチェンジによる損害

化学メーカーC社は、大手電機メーカーD社向けに溶剤製品を供給していました。

D社は「認定品制度」を設けており、性能・安全性が保証された材料しか製品ラインに使えないルールがありました。

しかし、C社は同等性のある「仕入れ先A」をコストダウン目的で「仕入れ先B」に変更。

極めてマイナーな成分差しかないため「問題ない」と判断し、D社への通知を怠りました。

その結果、D社の製造装置で未対応部品の腐食や故障が多発。

工程調査の結果、C社の仕入れ先変更=サイレントチェンジが主因であることが判明し、大規模な損害賠償請求訴訟に発展しました。

最終的にC社はD社への賠償金支払いと、長期的な商談停止を言い渡されました。

「たったこれだけ」が致命傷となり、信頼の連鎖崩壊を引き起こした一例です。

なぜ現場でサイレントチェンジが起きるのか

サイレントチェンジは、単に法律やルールを悪意で破った結果…だけではありません。

むしろ現場や部署間の「コミュニケーション不足」、「業務フローの属人化」、「デジタル化の遅れ」といった、昭和型マネジメントの“隙間”から発生するケースがほとんどです。

例えば、
– 入社以来担当しているベテラン現場員が「これくらい大丈夫」と過去の知見だけで変更した
– 調達部門と設計部門の連携ミスで「口頭承認」が現場の正式ゴーサインになっていた
– サプライヤー側が「大手取引先からのプレッシャー」や「納期最優先」の雰囲気に押され、やむなく変更を内々で行った
– コスト削減活動を過度に推進した結果、「顧客通知」の一手間が部門内で軽視されていた
– 書面での合意や仕様書更新に「アナログな手続き」が多く、手間を嫌って省略した

いずれも背景に「現場の暗黙知」や「慣れ」、ある種の“安易な気遣いや忖度”が潜んでいます。

「エスカレーションをためらう空気」「誰もワンプロセス余計に手を掛けたくない意識」…。

これらが、ちょっとした材料の切り替えや、仕入れ先の変更、寸法の微調整といった“小変更”に紛れて、思わぬ大問題へと化けてしまうのです。

サイレントチェンジに対する法的責任とそのリスク

日本の製造業における取引では、商法・民法・PL法(製造物責任法)など複合的な法的規定が関連します。

多くの場合「製品仕様書」や「取引基本契約書」等で、「変更時は書面で承認を得ること」という条項が存在します。

サイレントチェンジはこの契約違反行為に直結するだけでなく、以下の法的リスクを伴います。

1. 損害賠償責任
発生した瑕疵や不具合で被害が出た場合、サプライヤー側に賠償責任が降りかかります。

2. 信用毀損・取引停止等の経営リスク
「一度のサイレントチェンジ」が原因で、長年の信頼や得意先を失うことも珍しくありません。

3. 製造物責任(PL法)での訴訟リスク
下手をすれば消費者レベルの損害事案(安全性欠陥等)に発展し、法定損害賠償・リコール等で企業生命が脅かされます。

つまり、工場現場のちょっとした「気遣い」「手間削減」のつもりが、企業規模も巻き込むリスクの火種になり得ます。

サイレントチェンジを防止する実践的アプローチ

現場でサイレントチェンジを「絶対に起こさせない」ことは簡単ではありません。

特に昭和型(口頭主義・現場裁量重視)の組織風土を持つ企業ほど、形式的な手順化だけでは本質的な防止策になりません。

ここでは、現場実務者・管理者双方の視点から、実践的な防止策を挙げていきます。

1. 現場主導の「変化点管理」文化の徹底

– 小さな変更やチョイ修正(例:材料メーカーのロット変更、寸法微調整など)も「変化点」として必ずリストアップ。
– 変化点管理表やチェックリストを設け、現場・技術・品質管理が共同で管理。
– 「これぐらいOKだろう」という属人的判断を座組みで抑止。

2. デジタルワークフローの導入

– 「承認プロセスを省略したくなる仕組み」こそを可視化。
– 変更申請~承認~通知のフローをデジタル化し、どこで止まっているか一目瞭然に。
– eメールや紙ベースに依存しない履歴管理で「なあなあイイヨ」文化を断ち切る。

3. 契約書・仕様書の更新→教育・啓蒙の徹底

– 「書類があればOK」ではなく、内容を逐一教育(定期研修・eラーニングなども有効)。
– 下請けパートナーや仕入れ先にも「なぜ通知義務が厳格なのか」まで実例で伝える。

4. 調達・品質保証部門が現場と定期交流

– 「何か微修正が生まれる兆候」を吸い上げるコミュニケーションの場を月次で確保。
– 実案件の成功/失敗事例を共有し、“一人だけで悩まない”体制を醸成。

5. 意思決定プロセスの「見える化」

– 小変更や緊急対応こそ、第三者レビューやダブルチェック制度を。
– 組織課題としてのPDCAサイクルを愛想だけでなく本当に回す。

サイレントチェンジをめぐる今後の業界動向 ~バイヤー・サプライヤーの新地平線~

製造業の現場は今、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進により、旧来型の「なあなあ文化」「属人性」が急速に見直されつつあります。

大手メーカーでは、AIによる不具合予兆検知や、部品トレーサビリティーの強化など、「見えないはずの変更」も見逃さない仕組みが拡大中です。

一方、下請け・中小規模の工場や、古い体制のままのサプライチェーン末端では、依然として
「言った言わない」のトラブルや、昭和平成時代の非公式運用が根強く残っています。

これからは、バイヤー側も「単なる品質保証書提出」ではなく、工程間や仕入れ先の変化点を可視化できるデジタル化・ガバナンス強化を求めてきます。

サプライヤー側としては
「これまでは大丈夫だった」
「現場が悪いわけでは…」
「つい、現場判断で」
という思考から一歩踏み出し、
「全体設計として、どこで見逃し・変化点管理が甘くなるのか」
を主体的に考え、現場の声を経営につなげていくことが求められています。

まとめ ~「ちょっとした変更」が全ての信頼をなくす前に~

サイレントチェンジは、製造業の現場では決して珍しいトラブルではありません。

しかしそのリスクは、時として企業の存続をも左右する重大なものとなります。

現場目線で見ると「手間を省く配慮」「これぐらいは問題ない」の積み重ねに感じるでしょう。

ですが、時代が進み、サプライチェーンの透明性・説明責任が世界的に厳格化する中、その油断や手抜きが“法的リスク”として跳ね返ってきます。

バイヤーを目指す方も、サプライヤーの立場で顧客の期待を超えていくためにも、「なぜルールが厳格なのか」「どこにボトルネックが潜むのか」を意識し、変化点管理文化・デジタル化の推進に目を向けていただきたいです。

製造業の未来は、まさに“現場の気づき”の積み重ねが左右します。

「たったこれだけの変更だから…」が招く危機を、全員で乗り越えていきましょう。

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