投稿日:2025年8月24日

国際契約で準拠法の違いにより係争が複雑化した事例と対応法

はじめに:国際契約と準拠法の重要性

変化のスピードが加速する現代の製造業では、海外の取引先との契約、つまり国際契約がますます増えています。
新規調達先の開拓や、グローバルサプライチェーンの構築のため、多くの日本メーカーが海外サプライヤーと取引を行っています。
このような背景において、国際契約書には「どこの国の法律に従って契約が解釈、執行されるか(準拠法)」の取り決めが必須です。
しかし、昭和的なビジネス文化の名残から、「とりあえず日本法」「英語で書いておけば大丈夫」という楽観的な姿勢が問題を複雑化させることも少なくありません。
本記事では、現場で実際に経験した“準拠法の違いによる係争の複雑化”事例と、それに対してどう対応すべきかを、実践的かつ現場目線で深掘りします。

国際契約で起こりがちな準拠法をめぐるトラブル

事例1:英語契約書なのに日本法?コミュニケーションギャップが落とし穴

私が担当したある案件では、ヨーロッパのサプライヤーと多関節ロボットの大型調達契約を交わしました。
契約書は英語で作成。
サプライヤー側の弁護士は「当然、自国の法律が適用されるだろう」と認識しており、我々日本側も「日本の法律に従うでしょ」と考えていました。
しかし、契約書にはっきりと「準拠法」の明記がなかったのです。
納品遅延が発生し、瑕疵責任・損害賠償の交渉が発生した際、法律解釈が真っ向からぶつかる事態となりました。
日本法では瑕疵担保責任の範囲や時効が厳格に制限されますが、サプライヤー国の法律は消費者保護の観点からよりバイヤー優位の解釈ができる内容でした。
結果、何ヶ月もの追加交渉・再調整が必要となったのです。

事例2:中華圏との契約 解釈が何重にもずれる

中国のEMSメーカーに製品組立を委託したときのことです。
見積内容・仕様・検査方法などは英文契約書に詳細記載したものの、担当窓口間の契約解釈が噛み合いません。
「不良検品の再検査義務」「リワークの費用負担」「損害賠償の上限額」など、日本法では一般的な解釈を、現地企業側は「自国内商慣習」に基づいて主張してきたのです。
さらに中国本土は“契約自由の原則”が薄く、“取引に関する行政指導”なども度々介入します。
都会的な契約論理と伝統的な“情”の文化が三重に絡み、少数の係争でも年単位で解決まで要しました。

準拠法の違いで係争が複雑化する理由

ローカルルールの強さ

日本国内の調達・製造・品質関連契約(たとえば売買基本契約やOEM契約など)は、たとえ詳細が契約書に書き込めていなくても、「日本的商慣行」や「独自の業界通念」によって埋め合わせができる場合が多いです。
一方、国際契約は各国で法律体系や契約解釈、業界常識が大きく異なります。
例えば、
– 未記載事項に関する解釈
– 瑕疵責任や損害賠償の範囲
– 遅延納期時のペナルティ
– 知的財産権の帰属や侵害対応
など、どちらの国の法体系や訴訟システムにのっとるかで、結果が180度変わることが多々あります。

「準拠法」「裁判管轄」「仲裁」の意義と混同

法律的には、国際契約で明確に取り決めるべきは少なくとも
– 準拠法(Governing Law)
– 裁判管轄(Jurisdiction)
– 仲裁合意(Arbitration)
の3つです。
これらを曖昧にしたまま「英文で書いたから大丈夫」というのが昭和流商習慣の負の遺産です。
現場主導で進めると、リーダー間の経験則優先や「玉虫色の合意」で済ませがちですが、係争時はどちらの国の裁判所が担当するかでも全く攻防ラインが変わります。

係争を複雑化させた“昭和的調達現場”の課題

属人的な知見への過剰な依存

多くの日本企業では購買や生産管理担当者が自分の経験値に依存しがちです。
「いつもの契約書雛形(日本語)を書き換えればいい」「相手と誠意で話せば最終的に解決する」という考えが根強く残っています。
ところが国際契約では、一度係争に入ると当事者同士のコミュニケーションではどうにもならなくなります。
法務部や外部弁護士、場合によっては現地の行政機関を巻き込んだ交渉が必要です。

契約の細部管理がブラックボックス化

海外サプライヤーと業務が増える中で、担当者は膨大な契約種類(売買契約・NDA・品質保証契約・物流契約)を回す必要があります。
Excel管理やPDF保存、紙契約書とデジタル契約が混在し、どの契約がどのルールになっているか一元管理できていない企業も多いです。
「準拠法」が未記載、あるいは異なるバージョンが平行して保存されている…。
いざ問題が生じて初めて「どの契約書が最新なのか?」という混乱が発生します。

グローバルコミュニケーションの落とし穴

文化や言語の違い以前に、「契約内容」への理解が違うことが多いです。
バイヤー担当者とサプライヤー担当者の間で、サプライチェーン用語や品質用語、支払条件、納品時検査の意味など”当たり前”が全く一致していません。
契約書には条項を網羅的に記載する必要があり、「暗黙の了解」は通じません。
“日本流の常識”で対応し、それを相手国に押し付けるのは大きなリスクです。

準拠法トラブルに立ち向かう実践的対応策

1. 契約書ドラフト段階から法務部を巻き込む

自社の雛形を流用するのではなく、最初から「準拠法」「裁判管轄」「仲裁合意」条項を必須とするガイドラインの作成が重要です。
法務部門および外部国際法律事務所のレビューを必ず経て、法的観点から“穴”が空いていないか徹底確認します。
技術・品質・価格条件と同様に、契約条項(特に準拠法)は最優先で交渉対象にするべきです。

2. 一元的な契約書管理とバージョン管理

デジタル化、クラウドストレージ、契約管理システムの活用によって、すべての国際契約を見える化します。
“準拠法未記載”や“旧バージョンの混在”を排除し、最新版だけが関係者間で共有されるようにします。
経営層や現場もアクセスできるダッシュボード化がおすすめです。
これにより紛争時には即座に該当契約を特定し、迅速な対応が可能となります。

3. 各国法制度・通念のリサーチ体制

国によって製造・調達・品質・支払などの商慣行が大きく異なります。
たとえばヨーロッパ諸国(特にドイツ・フランス)は契約自由の原則が強く、アメリカは訴訟社会、中国・東南アジアは行政判断や伝統的な交渉文化が介在します。
契約実務担当は定期的に各国法制度のアップデートと研修を受けることが重要です。
専門の翻訳者や現地法専門家のネットワークも構築するとより安全です。

4. “暗黙知”から“形式知”へのシフト

調達・購買経験者が持つ「これはトラブルになりやすい」というノウハウを、社内のナレッジとして蓄積、他部署とも共有します。
現地パートナーと“暗黙の了解”で処理せず、必ず契約書上に具体的な取り決めを書き出す文化を根付かせます。
セクショナリズムを排し、サプライチェーン全体としてのリスク管理を徹底します。

サプライヤーの立場でバイヤーの発想を知るには

国際契約交渉の場では、サプライヤーとしても「バイヤーがどういう法的・リスク的観点で条項を重視しているか」を理解することが、長期的な信頼関係構築のカギとなります。

– なぜこの準拠法・裁判管轄を主張するのか?
– 瑕疵責任や納期遅延金の上限・ペナルティの根拠は何か?
– 紛争時、どのプロセス(仲裁→裁判→和解)を想定しているのか?

これらを相手の国・業界ごとに“逆算思考”で想定しておくことが重要です。
短期の契約消化だけでなく、トラブル時のコストやブランドダメージまで理解したうえで、フェアな交渉姿勢を持つサプライヤーは、最終的に信頼・リピート受注につながります。

まとめ:国際契約は“準拠法”からリスクマネジメントへ

製造業の現場では「目の前の調達コスト削減」や「QCDの達成」が最優先されがちです。
しかし、国際契約では準拠法指定・裁判管轄の明記が、納期や品質と同様に会社の命運を分けるリスク管理要素です。
属人的なノウハウだけに頼らず、体系的な教育・ガバナンス・ナレッジ管理によって、グローバルサプライチェーン時代ならではの課題を乗り越えましょう。
「昭和流の常識にとらわれず、現場からグローバルスタンダードへ」。
この意識改革こそが、今後の日本製造業と調達・バイヤー職の発展を左右します。

これから国際契約に携わる方も、すでに現場で悩む方も、現実の事例と改善策を参考に、自社のリスクマネジメント体制強化にチャレンジしてください。

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