投稿日:2025年8月24日

災害時のフォースマジュール条項が有効活用できなかった事例と改善策

はじめに ~なぜ今「フォースマジュール条項」なのか

自然災害やパンデミック、あるいはサイバー攻撃といった「予期せぬ事態」は、近年ますます多様化しつつあります。

製造業に従事する皆さまにとって、「止まること=致命傷」であり、どれほど準備しても、予想外の事が起こるものです。

その備えとして契約書に盛り込まれるのが「フォースマジュール条項(不可抗力条項)」です。

しかし現実には、このフォースマジュール条項を「有効活用」できていないケースが非常に多く見受けられます。

本記事では、昭和から連綿と続く“勘と経験、根性”の現場文化を背景に、なぜフォースマジュールを活かせなかったのか、そして今日からできる実践的改善策を深掘りします。

フォースマジュール条項の基本~目的と誤解

フォースマジュール条項は「不可抗力」の事態において、契約不履行リスクを回避し、お互いを守るための“保険”です。

例えば地震・洪水・火災・戦争・パンデミック等、当事者の努力では防げない事態が発生した場合、納期遅延や納品不能になっても債務不履行責任を免除される、といった用途で用いられます。

しかし、以下のような現場の“誤解”が至る所で見受けられます。

・「入れてりゃ安全」→ とりあえずテンプレ文言を契約書に流し込む
・「多分大丈夫」→ 何が起きたら適用できるのか、各自の解釈がバラバラ
・「お互い様でしょ?」→ 商習慣とヒューマンリレーションを重視
こうした意識状態が、後々トラブルの火種となるのです。

有効活用できなかった“昭和的事例”

ケース1:工場浸水時のサプライヤー間温度差

ある精密部品メーカーでの事例です。

集中豪雨で重要工程ラインが浸水。
主要部品の供給が一挙にストップしました。

契約書には「不可抗力による遅延の場合は責任追及しない」旨の一般的な条項がありましたが、納入先バイヤーは
「不可抗力かもしれないが、どれだけ復旧努力をしたのか」
「他サプライヤーは1週間で回復した。君の会社はなぜ1ヶ月かかったのか」
と、復旧プロセスや情報開示姿勢に厳しい目を向けました。

当事者間の解釈・期待値がずれており、フォースマジュールを振りかざしても“本当に免責となるのか”不明瞭のまま泥沼の交渉となりました。

ケース2:東日本大震災時の「広すぎる不可抗力」

2011年の東日本大震災では、部品サプライヤーA社が「地震を含む天災等の不可抗力時は契約を履行しない」という条項に基づき、バイヤーB社に生産停止を通告しました。

ところが、B社が「震災のあと、既に物流は回復し、他社は納品再開している。不可抗力と言い張る根拠は薄いのでは?」と確認。
停電や従業員避難などが既に解消されているにも関わらずA社が納品を拒み続けたため、「不可抗力の範囲・期間・履行義務の緩和具合」について曖昧な解釈の違いによる紛争へ発展しました。

「一筆取ってあるから大丈夫」という昭和的発想の落とし穴が露呈したのです。

ケース3:コロナ禍サプライチェーンの崩壊と泥沼交渉

2020年のパンデミックでは、複数の製造拠点や物流ルートが同時的・広範にストップしました。

それにもかかわらず、「不可抗力を発動できますか?」という問いに経営層から即答できるサプライヤーはほとんどいませんでした。

バイヤー(調達側)は「あらゆる手立てを尽くしたか、不足分はどう代替・転注するのか」まで求めてきますが、日頃の契約運用が曖昧なまま、形式的な通報・弁明書類だけを積み上げる“事なかれ主義”。

結局、「納期遅延の責任はどちらが負うべきか?」の答えを曖昧にしたまま余分なコスト(転送費、保険、予備在庫の切り崩し等)が発生し、最終的には“なかったこと”として現場にツケが回る始末です。

なぜ「有効活用」ができなかったのか?現場目線で考える根深い要因

不十分なフォースマジュール条項の背景には、次のような構造的問題が存在します。

1.契約条項の“死文化”

調達部門や法務部が用意した雛形をそのまま利用。
製造現場や購買実務担当は「契約を読む」より「現場対応が最優先」。

いざ事態が発生した時、誰も条項運用について詳しく説明できず、サプライヤー・バイヤー双方が“後出しジャンケン”のような泥仕合になるのです。

2.具体的な「範囲・手続き・通知ルール」の不在

「不可抗力」といっても、適応できる範囲や条件(例:復旧努力の有無、通知の猶予期間など)が極めて曖昧。

どの時点で誰に・何を・どう通知し、どのラインまでが「免責」に該当するか具体の業務フローが定められていないのです。

3.“人情”と“空気を読む”昭和文化

工場・現場は「人間関係主義」「義理と根性」で物事を回す傾向が強いです。

トラブルを迷惑と捉えて、あえて交渉・主張を控える。結果、「泣き寝入り」「なあなあ解決」に至ります。

4.デジタル化・情報共有の遅れ

書類・口約束・電話中心のアナログな業界では、サプライチェーン全体の被害実態や最新状況が見えにくいまま事務対応が遅れ、意思決定が場当たり的になりがちです。

「有効活用」へ変わるための実践的改善策

過去の失敗から学び、「真に活きたフォースマジュール条項」に進化させるためには、以下のアクションが不可欠です。

1.現場目線の危機シナリオ策定と条項見直し

・過去の災害、障害、流通問題を現場単位で棚卸し
・自社の製造工程ごとに「想定不可抗力事態」をリスト化
・そのうえで、法務と現場が合同で契約条項を再検討
→ 例:どの程度の被災で「不可抗力」とし、いつまでに・誰に・どのルートで通知するかなど、具体的運用ルールを定める

2.「最善努力義務」と「復旧努力の証拠化」

フォースマジュール条項に「合理的な復旧努力を尽くすこと」(ベストエフォート条項)を必ず規定し、その努力を証明できる記録(復旧日誌、行政連絡メモ、復旧計画書など)を日常的に残すクセをつけることが肝要です。

これにより、「本当に最善を尽くしたか?」という“水掛け論”を避けられます。

3.リアルタイム情報共有体制の整備

事前にサプライチェーン上流・下流双方で、災害時のコミュニケーションルートを確立します。

チャットツールやグループウェアでの即時連絡、担当責任者の明示等によって「知らなかった」「伝わらなかった」リスクを軽減します。

4.現場に寄り添った模擬訓練(BCP演習)の実施

年1回でもよいので、フォースマジュール条項発動を前提とした擬似災害シナリオ訓練を実施します。

実際に誰が・どの手続き・どのツールで連絡するか、本当に条項が機能するのか検証することで、机上の空論を排し業界全体の底上げを図ることができます。

サプライヤー/バイヤーどちらの立場にも求められる「共創」意識

フォースマジュール条項は“不測の事態での敵対条項”ではありません。

むしろ、想定外有事における「サプライチェーン持続性」を守るための“共通言語”です。

単なる「リスクの押し付けあい」ではなく、バイヤー・サプライヤーが日頃から「何をどこまで許容し、どこまで情報をオープンにするのが最適か」を共に議論し、共同体意識で“強い産業基盤”を創る姿勢が求められます。

まとめ~フォースマジュールを「生きた盾」とするために

フォースマジュール条項は、災害時の「免罪符」ではありません。

現場レベルでの運用が確かでなければ、やがて大量のリスクやコストとなり、最終的には“二重被害”として自分たちに跳ね返ります。

「テンプレ contract」から「自社仕様への最適化」、「昭和的“人情案件”」から「加点主義のBCP運用」への転換、そして「一社だけのリスク回避」から「サプライチェーン全体の持続性」への意識変革――。

不確実な時代だからこそ、プロとして“本当に守るべきものは何か”を、日々リフレーミング(文脈や価値観の再定義)していく必要があります。

皆さまの現場力が、いまこそ問われているのです。

引き続き、実務で使えるリアルな情報や先端事例を積極的にシェアしていきますので、どうぞご期待ください。

You cannot copy content of this page