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経営層がDXの意味を理解せずIT投資を無駄にした事例

目次
はじめに ― 製造業とDXの課題
デジタルトランスフォーメーション、すなわちDXは、ここ数年でどの製造業でも取り沙汰されるキーワードとなっています。
経済産業省からの指針や世の中の流れに背を向ける経営層はもはや少なく、「これからはデジタル化だ」「IT投資が競争力につながる」といった声は多くの現場でも聞こえてきます。
しかし、現実はどうでしょうか。
多くの現場では、経営層がDXの本質を理解しないままIT投資だけが先行し、現場の変革や生産性向上という本来の目的から外れてしまっているケースが少なくありません。
本記事では、実際に製造業の管理職として数十年にわたり工場を見てきた立場から、DXを掲げたもののIT投資が無駄になる典型的な事例や、その原因、そしてアナログな昭和気質がなぜ抜けきらないのかを現場目線で深堀りしてみます。
経営層と現場のギャップ ― DX理解不足の現状
DXとは「システムを新しくすること」ではない
多くの経営者やトップ層は、DXの説明を受けた際に「新しいシステムやツールを導入すれば会社が大きく変わる」という認識に陥りがちです。
たとえば最新のERPシステムやIoT機器、AIを活用した品質管理システムなど、メーカーやITベンダーから提案される華々しいシステムに目を奪われ、「とにかく新しいものへ入れ替えよう」とIT投資を決断します。
しかしこれが大きな落とし穴です。
DXの本質とは、デジタル技術を使って仕事の流れそのものを変革し、ビジネスモデルを進化させたり価値提供の方法を刷新することにあります。
単純にITを導入するだけでは、古い業務のやり方が自動化されるだけであり、根本的な変化はありません。
昭和的体質が根強い中でDXを推進する難しさ
私自身も、現場で働く従業員が手帳や紙の伝票で工程管理をするのを、何度も目の当たりにしてきました。
「昔からのやり方が一番早い」「パソコンは複雑で面倒だ」と言う声が、熟練工を中心に根強く存在します。
経営層がDXを叫んでも、現場の肌感覚を無視したブレーンストーミングや数字だけの改革では、現場は動かないのです。
このギャップが、IT投資を無駄金に終わらせる最大の要因です。
具体的な失敗事例 ― IT投資が“宝の持ち腐れ”に
事例1:高価な生産管理システム導入も現場で稼働せず
ある中堅メーカーでは、2020年に数千万円規模の生産管理システム(MES)を導入しました。
システム会社のセールストークを受け、「このシステムで生産現場の見える化ができる」「データで経営判断ができる」と、トップダウンで導入。
しかし、本来は現場ごとに最適な工程設計や入力フローを細かく設計する必要があり、それを現場の声を聞かずに進めた結果、現場スタッフはシステムのマスター登録や現場端末の操作に戸惑い、結局手書き台帳と併用する形に。
最終的には「データ集計のためのデータ」としてしか使われず、現場効率は上がりませんでした。
事例2:IoT導入で“データの海”に溺れる
IoTで機械の稼働データや温度、振動などを自動収集すれば工場は変わる、という売り文句に経営層が飛びつくケースも多いです。
しかし、集まったデータをどう分析し、どの工程改善につなげるのかのストーリーが描かれていないまま、「計測」だけが独り歩きしました。
現場では「大量のデータが出るけど、何が分かったのか分からない」という声。
結局は担当者による人力集計やエクセル分析に逆戻りし、「導入が目的」だったことに気づいたときには時間とお金が失われていました。
事例3:“利害関係”によるシステム乱立問題
特に大手企業では、各部門やグループ会社ごとに現場要件をヒアリングせずシステムを導入し、似たような機能が乱立、相互連携もできず“縦割りのDX”になっている例も多数あります。
業務の統合を目指したはずが、現場では「システムAとシステムBに二重入力」「複数管理画面を切り替えながら作業」といった無駄な手間が増加。
経営層が“DX推進”の実績だけを重視し、「導入ありき」で進めた典型的失敗例です。
なぜ同じ失敗が繰り返されるのか
「走りながら考える」昭和流が通用しない理由
かつての日本の製造業は「現場力」で世界を席巻しました。
「とにかくやってみる」「仮説より現物」という現場至上主義があったからこそ高度経済成長を牽引できましたが、デジタル化の時代になると話は変わります。
ITツールは柔軟性が低く、闇雲に使い始めてからカスタマイズするのは困難です。
またITの知見不足から、要件定義(どの業務をどう変えるのか)があいまいなまま着手し、使いにくいシステムが出来上がる。
経営層が「ITはよく分からないが、プロに任せれば何とかなるだろう」と丸投げし、現場の困りごとや文化を現実的に解決しないままプロジェクトが進みます。
現場への「共感」と「巻き込み」が欠如
特に熟練工や中堅社員には、一朝一夕で変えられない独特の流儀があります。
「新しいツールを導入するから使え」と言われても、納得感がなければサボタージュや裏技での回避も横行し、せっかくのIT投資が無に帰します。
現場の作業実態や“阿吽の呼吸”まで理解し、現場と伴走する地道なコミュニケーションの積み重ねなくしてDXは進展しません。
本当に有効なDXとは ― IT活用の新しい地平線
「目的」と「手段」を分ける発想の転換
DX成功のカギは、あくまで「何のために行うか」というビジョンを徹底的に言語化することです。
現場課題、お客様への価値提供、バリューチェーン全体の最適化という大きな目的の中で初めて「ITはそのためのツール」として位置づけるべきです。
現場スタッフの業務効率向上やトレーサビリティ向上、過剰在庫の削減やリードタイムの短縮など、定量的な目標を明確に設定し、その達成手段としてシステムを位置付ければブレません。
現場と経営層の「対話」こそDXの出発点
システム導入を「現場負担」「管理監視」と感じさせないために、現場メンバー代表をアーリーユーザー/推進委員に抜擢し、現場意見を吸い上げて設計段階から反映する仕組みが有効です。
また現場へは「なぜやるのか」「現場の日常業務をどう変え、成長や達成感につなげるか」というストーリーを繰り返し説明し、共感を軸に浸透させることが肝要です。
小さく始めて「勝ちパターン」を作る
全社一斉の大規模DXではなく、まずは小さなパイロットラインや部門、特定工程で試行し、現場でのメリットや改善を実感・成功体験化すること。
その「勝ちパターン」を水平展開しながら反対勢力や懐疑派も“実績”で巻き込むことが最も現実的。
現場での地道な“カイゼン文化”と、デジタルのスピード感を両立させることが、新たな時代の製造業には必要です。
サプライヤーやバイヤーにも求められるDX的視点
サプライヤーに必要なのは「顧客現場への共感」
バイヤーとの商談の中でも、顧客企業の「見せかけのDX」や「本質的な業務変革」の区別を見極めることが重要になります。
単なる「スペック上のIT対応」だけでなく、「如何に現場課題に寄り添うか」「新たな価値や使いやすさを一緒に創るか」をサプライヤー自身が提案し、現実的なDXパートナーとして信頼を得ることが今後の競争力につながります。
バイヤーは「調達のデジタル化」で何を変革するか
バイヤー自身も、見積依頼や受発注のオンライン化だけで満足するのではなく、全体最適の視点で「一番負担がかかっているのはどこか」「データ活用で予測精度をどう高められるか」など、単なる効率化からさらに踏み込んで、サプライヤー・製造現場双方の根本改善につなげていく視点がより求められます。
まとめ ― 「昭和」から「令和」の製造業へ
IT投資だけではDXは実現しません。
経営層がDXの意義や現場の課題を正しく理解し、「デジタル化によって何を変えるのか」という本質的な議論を現場社員と共に行うこと。
サプライヤー・バイヤー双方も業界全体の最適化に向けて意識を高め、「小さな改革の積み重ね」「共感と対話による推進」という地道な歩みを重ねていくことが、今まさに求められています。
昭和の“勘と経験”そしてデジタルの“データと知見”、この2つを融合させてこそ、次の製造業の競争力につながるのです。
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