投稿日:2025年9月27日

部下の人格を否定する指導がモラハラと認定されるケース

はじめに

現場主義、一丸団結、根性論……。
製造業の現場では、今も昭和の香りが色濃く残る風土が根付いています。
ベテランから若手へと技術や知識が受け継がれる一方で、「厳しい指導」「叱咤激励」という名の下に、指導の一線を越えるケースも少なくありません。

最近、部下に対する指導の在り方が見直され、特に人格否定にあたるような言動が「モラルハラスメント(モラハラ)」として問題視されています。
コンプライアンス重視の時代となった今、どこまでが「指導」で、どこからが「モラハラ」なのか。
本記事では、自身の現場経験をもとに、製造業のリアルな事例を交えつつ、部下の人格否定がモラハラと認定されるケースについて詳しく解説します。

人格否定の指導とは何か

「指導」と「人格否定」の違い

生産現場では製品の品質や安全、納期の重要性から、厳しめの指摘や注意が飛び交うことも日常です。
しかし、その指摘が「業務上のミスや改善点」にとどまらず「お前はダメなやつだ」「こんなこともできないのか、向いてない」「社会人失格だ」といった人格や存在そのものを否定する内容になると、それは指導の範囲を大きく逸脱します。

指導の主目的は、業務の理解促進やスキル向上、現場の円滑な運営です。
一方で人格否定は、個人の能力や性格、価値観までも否定し、仕事とは無関係な領域に踏み込んでしまいます。
このような言動が繰り返されれば、部下の自尊心を著しく傷つけ、モチベーションや生産性の低下、さらには心の健康を害する重大なリスクとなります。

製造現場でよくある「人格否定型」指導

・ミスをした部下に対し、「お前はバカか」「何度言われてもわからない奴だな」と大声で怒鳴る
・「ここは工場だ。甘えた奴はいらん」「できないなら辞めろ」と感情的に言う
・ミスの原因を具体的に分析せず、性格や生まれ育った環境まで批判する
・「お前のせいで失敗した。もう信用できない」と個人攻撃に終始する

これらは一部の極端な例ですが、意外と現場では「昔はこれくらい普通だった」と見過ごされてきた事例でもあります。
変革の遅れた業界だからこそ、無意識のうちに「自分もこうやって育てられた」と同じ手法を繰り返してしまう怖さがあります。

なぜ人格否定型の指導が根強く残るのか

昭和的価値観の影響

製造業では、現場の「厳しさ」や「一体感」が美徳として語られる傾向があります。
現場第一主義であるがゆえに、数値や成果が最優先され、方法論が問われないまま「ヤル気があればなんとかなる」「へこたれるなら辞めてもらって結構」というシビアな語り口が指導との区別なく使われてきました。

私自身、駆け出しの頃は先輩や上司から厳しい叱責を受け、それが当たり前だと感じていました。
しかし、時代が進むにつれて合理的な教育手法やメンタルヘルスの重要性が認識され、人を育てる現場にも変革を求める声が強まっています。

デジタル化・多様性の進展に追いつけない現状

近年は工場の自動化やデジタル化によって、求められる人材像や働き方そのものが大きく変化しています。
外国人労働者や若年層など、多様な価値観を持つ人材も増え、「昔ながらの一本調子の指導」では意図が伝わらないどころか、組織を疲弊させてしまう時代です。

一方で、伝統的な現場力への信頼が根強く残るため、指導スタイルの転換に二の足を踏む企業も多いのが現実です。
ここが大きな業界課題です。

モラハラと認定される基準

法律・ガイドラインに基づく基準

日本の職場におけるモラルハラスメントは、行政のガイドラインや判例によってその基準が明示されています。
厚生労働省の「職場におけるハラスメント防止のための指針」や、企業内規定に従い、以下のような行動はモラハラと判断される可能性が高いです。

・仕事のミスや目標未達に対し、事実以上に誇張して非難する
・繰り返し無能扱い・侮辱的な言動を浴びせる
・指導の名を借りて長時間にわたり叱責する
・仕事と無関係な個人的な部分に言及し、名誉を傷つける

こうした言動が、本人の意に反した「継続的」「執拗」なものとなれば、パワハラ・モラハラと認定される確率が高まります。
特に人格や尊厳を傷つける行為は、「目的の正当性」や「業務指導との関連性」が問われます。

現場のリアル事例と裁判例

たとえば、「新ラインの習熟に手間取った社員に対し、毎日詰問し、回数を重ねて『役立たず』と呼び続けた」場合、管理監督者の職務を越え、本来の業務指導を逸脱しているとみなされます。
近年増加している労働トラブルの相談でも、「長期間にわたるミスの人格的批判」「あからさまな嫌味・陰口・仲間外れ」の訴えが目立っています。

現場で良くある「人前で叱責する」「大勢の前で汚名を着せる」ような手法も、相手への精神的ダメージが甚大な場合はモラハラ認定となります。

人格否定型指導のリスクと影響

現場や企業全体への悪影響

人格否定型の指導が常態化すると、職場の雰囲気は急速に悪化します。
まず、部下の自信を喪失させ、「どうせ自分なんて」と消極的な姿勢に。
これでは改善提案や創意工夫、新たなチャレンジが生まれず、現場の活力がしぼんでしまいます。

また「怒られるのが嫌」「間違えたら終わりだ」という萎縮ムードが広がると、本当に必要な情報共有や指摘もなされなくなり、事故や不良品の発生リスクが高まります。
加えて、進取の精神や現場改善の芽が失われ、有能な人材が定着しない・離職につながる危険性も無視できません。
昭和的根性論では、持続的な成長が難しい時代に入っています。

バイヤー・サプライヤー視点での悪影響

購買部門や協力会社(サプライヤー)の立場からみると、こうした職場環境では安定生産が継続できず、納期や品質トラブルが表面化しやすくなります。
特に自動車等の多段サプライチェーンでは、一社の問題が系列全体に波及します。
信頼重視のものづくり現場で、職場の「人間関係リスク」は目に見えにくいが極めて重大なのです。

求められる現場指導の新常識

「できていない」を「どうすればできるか」に変える視点

現代の工場長や監督者に求められているのは、「人格や存在否定をしない指導」と「部下の行動・事実から改善点を的確に引き出す」ことです。
昔は「できない奴は叩いて伸ばせ」でしたが、今は「なぜ課題にぶつかっているのか?」「どうしたらミスが減るか?」を一緒に考える助言型指導がスタンダードです。

例えば、
・「あなたが何を困っているのか、一緒に洗い出そう」
・「今回のミスはどこが分かりづらかった?設備?手順?」
と、課題を“人”から“仕組み”に切り分ける指導が生産現場には効果的です。

プラスの心理的安全性づくり

部下の意見やチャレンジを歓迎する雰囲気が、新たな現場改善や品質向上につながります。
どの職場でも、「このミスで仕事を続けても大丈夫なのか」「未熟だと馬鹿にされないか」と感じて不安になる新人・若手が大半です。
真剣に相談すれば叱責でなく解決策をもらえる、という土壌づくりが結果として品質や納期を守る最短ルートです。

まとめ:時代に合わせた指導が製造現場の持続的成長を生む

部下の人格否定がモラハラと認定されるケース、そしてその背景にある業界文化や現場の課題を見てきました。
これからの製造業においては、単なる作業指導にとどまらず、一人ひとりの成長や心理的安全性を重視したマネジメントが必須です。

現場第一主義を貫くならこそ、「過去のやり方」への固執を捨て、時代に合ったリーダーシップへとシフトしていくことが、真に成果を上げる現場づくりにつながります。
部下の失敗を責めるのではなく、「どうすればできるか」をともに考える姿勢が、今後の日本のものづくりの礎となるはずです。

製造業の現場と未来を担うみなさんに、正しい知識と前向きな現場改革の一歩を期待します。

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