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高強度・軽量化を実現するセルロースナノファイバー技術の基礎とその応用

目次
はじめに:なぜ今、セルロースナノファイバー(CNF)なのか
製造業は今、大きな転換点にあります。
これまで素材の主役だった金属やプラスチックは、環境負荷やコスト、そしてさらなる高性能化の要求から、代替材料への移行が急速に進んでいます。
そんななか、「高強度」「軽量化」「サステナビリティ」を有する新素材として注目されているのがセルロースナノファイバー(CNF)です。
私はこれまで20年以上、現場で調達・購買や品質管理、生産管理、工場自動化など多様な分野に携わってきました。
紙パルプ業界と製造業の現場が密接に結ばれる姿も目にしてきました。
従来のアナログ志向が根強い業界だからこそ、いま現場の視点と業界動向を踏まえ、セルロースナノファイバー技術の可能性を解説します。
本記事は、バイヤーやサプライヤー、製造業に勤める皆さまの「これからの選択」にヒントを提供できる内容になっています。
セルロースナノファイバーの基礎知識
セルロースナノファイバーとは何か?
セルロースナノファイバーとは、植物の繊維(セルロース)をナノサイズ(幅4~100nm程度、長さ数μm)まで微細化した新素材です。
基本的な由来は、木材や廃材、農業残渣など再生可能な資源です。
CNFは厚さが髪の毛の2万分の1程度という超微細構造を持ちます。
この技術のキモは「ナノレベルでの高い結晶性」にあります。
ナノサイズ化することで、従来の木材由来セルロースとはまったく違う、圧倒的な強度や透明性などの特性が引き出されます。
主要な製造方法
セルロースナノファイバーは主に大きく3つの方法で製造されます。
- 機械的解繊法
(ウエットジェットミルなどで物理的に繊維を裂く) - 化学的処理法
(TEMPO酸化法などで化学的に繊維間の結合を切断) - 生物的処理法
(セルラーゼ酵素等でセルロース分子を選択的に分解)
機械的方法は大量生産に向きますが電力コストが大きいです。
一方、化学的方法は均一なナノファイバーが得やすく、高付加価値領域で有効です。
現場では、用途・コスト・エネルギー効率を見極めた工程設計がカギです。
性能と特性
セルロースナノファイバーの代表的な特性は以下のとおりです。
- 鉄の約5倍の強度(比強度)
- 低密度(1.3~1.6g/cm³前後。プラスチックやアルミと同程度)
- 極めて高い透明性・白色度
- 高いガスバリア性、水分保持特性
- 熱膨張率がきわめて低く、耐熱性改良も可能
- 生分解性・リサイクル性、カーボンニュートラル性
このように、〝金属の弱点″と〝従来の樹脂の限界″をともに超える潛在力を持っています。
セルロースナノファイバーの応用事例
自動車・輸送機器分野
自動車業界は今、100年に一度の大変革の真っただ中です。
CASEやカーボンニュートラル対応で、「軽くて強い」「コスト競争力のある」パーツ素材が強く求められています。
セルロースナノファイバーの優位性はこの要件を満たします。
現場では、CNFを樹脂などに複合化した強化樹脂(ナノコンポジット材)として、
- ダッシュボードや内装トリム
- バンパーやボディーパネル
- バッテリーケースなど車載部品
での活用が始まっています。
国内ではトヨタ自動車が2016年からCNF強化樹脂部品の試作・実車搭載を進めるなど、主要サプライヤーとの連携も加速しています。
包装・容器分野
「プラスチックごみゼロ」「脱炭素」「リサイクル性」が求められる包装・容器分野でも、セルロースナノファイバーは有力な代替素材です。
わずかなCNFの添加によって、バリア性(酸素、水分の透過防止)が大幅に向上し、パッケージの薄膜化・軽量化が可能となります。
すでに飲料紙容器や食品包装用の新素材として採用事例が広がりつつあります。
エレクトロニクス・半導体分野
IT・エレクトロニクス分野でも、透明でフレキシブルなフィルム、絶縁部材、基板用途への期待が高まっています。
CNFは透明性、高い絶縁性、寸法安定性から、次世代有機ELディスプレイ・タッチパネル基盤、プリンテッドエレクトロニクス用素材としての開発が進行しています。
石油由来のPETフィルムと同等以上のパフォーマンスを実現した例もあります。
建材や繊維分野、医療・ヘルスケア分野にも拡大
建築・土木資材へのCNF利用も現実味が増しています。
木材合板やコンクリート補強、断熱材などでの補強効果は抜群です。
CNF添加により強度向上、省資源化、さらには従来よりも耐熱・難燃性能が実現可能です。
さらに、抗菌性や保水性を活かしたスキンケア、創傷被覆材やドラッグデリバリーシステムなどの医療・ヘルスケアへの応用が国内外で進展中です。
調達担当・バイヤー目線の業界動向と課題
昭和から続くアナログ体質の「壁」
日本の製造業、とくに素材調達や品質管理では昭和の成功体験が色濃く残っています。
新素材採用には必ず、「品質保証」「量産性」「既存ラインとの適合性」が保守的に評価されます。
まだ「実機適用」での課題(生産スケール、品質変動、加工スキルの伝承など)が多く、社内審査プロセスも厳格です。
しかし現場目線で言えば、本質的なリスクは「変わらないこと」だと私は考えます。
世界の大手メーカーは、すでにリサイクル性やカーボンフットプリントを重視した調達基準にシフトしています。
サプライヤー側も、旧来の「価格競争力一辺倒」から脱却するため、CNFなど高機能素材で差別化戦略を描くことが重要です。
コスト、調達安定性、品質管理…現場のリアル
現時点でのCNF最大の課題は製造コストとサプライチェーン構築です。
高品質なナノファイバーを安定供給できるメーカーは限られています。
用途ごとに適切なグレード、ロットによる物性バラツキ対応も重要です。
現場バイヤーとしては
- スケールメリットを活かした量産価格(価格予測)
- 加工工程のフィット(既存装置の流用可否)
- 品質保証/トレーサビリティ体制(ISO, LCA対応など)
- グリーン調達・環境ラベルの有無
など、従来以上に「調達リスク」の多面的な管理が求められます。
国内外の業界動向
日本国内では王子HD、日清紡HD、住友ベークライト、DICなど大手素材メーカーがパイロットプラントを稼働させ、量産化プロジェクトが進行中です。
海外ではスウェーデンのスタラ・エンソ、フィンランドのUPMなど欧州勢がリードしています。
これら企業との提携・協業も視野に入れるバイヤーが増えています。
また、ISO/TC6(紙パルプ)やISO/TC229(ナノテクノロジー)で国際規格化も進みつつあり、
今後はグローバルでの調達競争が激化すると予想されます。
まとめ:セルロースナノファイバーが拓く新たな製造業の地平線
セルロースナノファイバーは、従来素材の枠を超える高性能かつ持続可能な新素材です。
「軽量化」「高強度」「カーボンニュートラル」という社会的要請に応える切り札として、製造業の各分野に大きなインパクトを与えています。
技術・市場はまだ発展途上ですが、先駆的な企業はすでにCNFを次世代調達ポートフォリオに組み入れつつあります。
バイヤー、サプライヤーともに「現場目線」と「地球規模の視点」という両輪で、変化に柔軟に対応することが今後ますます重要となります。
最後に、”昭和的常識”や既存の調達ルールにとらわれず、いち早くCNFを業務・商品設計、サプライチェーン改革に活かすことが、次代の日本製造業発展のカギになると確信しています。
私たち現場で働く者こそ、新素材の本質を見抜き、業界を牽引する存在であり続けたいと思います。
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