投稿日:2025年10月3日

社長の気分次第で評価基準が変わり現場が混乱する問題

はじめに――評価基準の“曖昧さ”による現場混乱の実態

昨今、多くの製造業の現場では「評価基準の不透明さ」に頭を悩ませている方が多いのではないでしょうか。

特に、昔ながらの経営スタイルが根強く残る企業では、「社長のひと言」で方針や評価基準が突如として変わることが珍しくありません。

これは、経営者のカリスマ性や現場主義が美徳とされてきた昭和の名残でもあり、トップダウンの意思決定が強く反映される組織体質に起因しています。

しかし、世界的にサプライチェーンや取引構造が複雑になり、グローバル人材も増加した現在、このような“気分次第”の評価基準は、かえって現場を混乱させ、大きな問題につながるリスクをはらんでいます。

本記事では、社長の気分で評価基準がころころ変わってしまう現象について、製造業現場のリアルな視点から問題の本質を紐解き、その背景や、現場・バイヤー・サプライヤーそれぞれの立場で考えられる対策や新しい地平線について深掘りします。

昭和型組織と不透明な評価基準の正体

いまだに息づく“属人的経営”の現実

私が20年以上在籍してきた大手製造業でも、役員や工場長の交代、もしくは社長が変わるタイミングで「評価項目」「報奨金制度」などが一気に刷新される場面を何度も経験してきました。

「今年は利益率重視だ」「いや、品質ファーストでクレームゼロが最優先!」など、経営者の“そのときどきの気分や経営課題”に応じて現場のKPIが定義され直され、時として現場担当者や管理職には青天の霹靂となることも珍しくありません。

古い体質の企業では、以下のような状態が頻発します。

– 評価ポイントが“明文化されていない”
– 期中で評価軸が変わり、年度初めの目標が無意味になる
– 現場の「頑張り」や「長年の貢献」など曖昧な基準が評価に使われる
– 課題や失敗を素直に報告すると逆に評価が下がる

一方、現代の工場現場ではIoTや自動化、可視化が進み、デジタルで数値化できる業務が増えていますが、管理層やトップが“昔ながらの属人的指標”を重視し続けることで、現場との齟齬、管理職の板挟みが根強く残っているのです。

現場が直面するリアルな混乱

評価基準がコロコロ変わる状況で、現場はどのような混乱を経験するのでしょうか。

– 何を優先すれば良いのか分からず、モチベーション低下
– 評価に直結する目標管理(MBO等)の形骸化
– サプライヤーやバイヤーの関係にまで影響
– 若手退職率の上昇
– 工場間・部門間の足の引っ張り合い

これらの現象は、作業員から管理職まで広く影響を及ぼします。

現場感覚として一番つらいのが“頑張った成果が正当に評価されず、むしろ経営層の意向次第で苦労が水泡に帰すと感じること”です。

これが現場の士気低下や、定着率・品質・コスト・納期といったKPIの悪化、サプライヤーとの信頼関係の棄損に直結します。

サプライヤー・バイヤー・現場の狭間で困ること

サプライヤーに伝わる“軸のブレ”

バイヤーを目指す方にも知ってほしいのは、「顧客(自社)側の評価基準があいまいなばかりに、サプライヤーへの要求もブレやすい」という実態です。

トップの恣意的な一声で納入基準や要求品質が変動すると、サプライヤーは二重・三重にリソースを割く羽目になり、納期遅延・品質不良・コストアップなどの悪循環が始まります。

また、「指示通りにやったのに後から方針が変わり突如NGになる」「現場担当者も困惑し、伝える内容がその都度変わる」といった現象も多発します。

この状態は、パートナーシップ構築どころか不信感を増幅させ、持続可能な取引関係を壊しかねません。

バイヤー社内でも意思統一が困難に

バイヤー自身の社内では、実は“板挟み”の状態に苦しむケースが多々あります。

現場や営業からは「このコスト最優先で頼む!」と言われ、トップからは「やはり品質だ!事故だけは絶対ダメ!」と後から厳命される。

それぞれの要求をサプライヤーに伝えるものの、一貫性のない方針は調整・折衝の工程を複雑化させ、バイヤー本来の付加価値(提案、構造改革)を発揮しにくくします。

「意思決定の透明性がない」ことが、現場・サプライヤー・バイヤーの誰もが不幸になる元凶なのです。

なぜ評価基準が“気分次第”で変わるのか

昭和の成功体験とリーダー像の呪縛

では、なぜ多くのメーカーでは未だに“気分次第の評価軸”が温存されてしまうのでしょうか。

最大の要因は、「社長やリーダーがすべてを決断し、責任を取る」という昭和型の経営思想に根差しています。

高度成長期や家族経営的な規模では、現場を歩いたトップがその場その場で“やるべきこと”を直感的に指示し、成果を挙げてきた成功体験があるのです。

また、評価基準の“曖昧さ”が強いリーダーを際立たせ、忠誠心を促す「引き締め道具」としても機能してきました。

さらに、「デジタルでの見える化は信用できない」「人の感覚や熱意こそ評価したい」など、旧来型リーダーの価値観が根強いのも特徴です。

“責任回避”と“リスクヘッジ”の裏返し

一方で、経営者にとっても評価基準を明確化しないことは「いざとなったとき逃げ道を確保したい」「何かあれば現場や下部組織に転嫁できる」という意図が隠れていることもあります。

また、組織の力学上、“誰でも評価できる”ようにしておけば、昇進など人事権を経営権の強化に活用しやすいという側面(負の側面)も無視できません。

こうした複合的な要素が重なり、“気分で変わる評価基準”が依然として一部業界や企業で根強く残っているのです。

業界動向:透明性への期待と停滞、そして新たな潮流

グローバル化・ESG経営の台頭

一方で、ここ数年、製造業全体に「透明性」「説明責任」「持続可能性」といったワードが急激に重視さるようになってきました。

顧客企業(自動車をはじめとした最終ブランド)がグローバル化し、欧米流のコンプライアンスやガバナンス、サプライヤー評価基準の明文化(サスティナビリティ調達、ESG基準など)を求めています。

取引先とのパートナーシップ契約(PC)や持続的なCSR監査なども一般的になりつつあり、属人的であいまいな意思決定は「リスクファクター」として敬遠され始めました。

この潮流に素早く適応した企業は、グローバルバイヤーから高い評価を受け、サプライヤーとの長期安定取引を実現しています。

デジタル化で進む「可視化」と「標準化」

IoTや生産管理システム、MES、品質管理AIなどのデジタルツール導入で、“誰がやっても同じ”客観データに基づくKPI設定が可能になりました。

工場現場でも、ラインごとの可視化データを自動集計し、「定義された基準」で評価・フィードバックする仕組みが普及し始めています。

また、新人教育や多能工化を推進する上でも、各人の成果や成長度合いを定量的に評価することが必須になってきました。

これにより、「トップの気まぐれ」や、「現場の忖度」による一貫性のない評価は少しずつ解消へと向かっています。

現場・サプライヤー・バイヤーが今取るべき対策――新たな一歩へ

現場担当者:ルール化と“見える化”を主導

まず現場として重要なのは、「評価基準や目標、課題の進捗などを“見える化”し、ルールとして明文化すること」です。

上司・部下も巻き込み、定期的な面談や朝礼などで評価ポイントをすり合わせ、「その場の指示」だけに振り回されることのない土壌を作りましょう。

現場で自主的にKPIや達成状況を集計・報告し続けることで、トップが恣意的に評価軸を変えた場合でも、“公平な基準”の土台ができていきます。

サプライヤー:顧客の意思決定フローを“質問”しよう

サプライヤーの立場では、“気分で変わる評価”のリスクを下げるため、「なぜこの要求が出ているのか」「どのタイミングで評価基準は見直されるのか」と、“なぜ”の部分を納得するまで質問することが必要です。

契約前に品質基準や納期判定条件、評価仕組みを書面で確認しておくことで、後々のトラブル回避になります。

また、上位取引先が変化した場合には自社の体制(工程、投資、品質保証体制など)を柔軟に見直せる準備をしておきましょう。

バイヤー:社内で“合意形成”の力を高める

バイヤーにとっては、サプライヤーに不安や混乱を伝播させないためにも、社内で評価軸や方針の“合意形成”を徹底することが極めて重要です。

社長や役員との定例報告会で、サプライヤー評価指標やKPIの根拠を一度明文化してもらいましょう。

矛盾やブレがある場合には、その場の忖度にとらわれず“理由の説明”を求め、必要に応じて複数部門を巻き込んだワーキンググループで「持続的な評価仕組み」の議論を主導する姿勢が求められます。

戦略的バイヤーになるには、こうした調整力・折衝力・論理力を身につけることがますます不可欠となるでしょう。

まとめ――“脱・気分次第”が未来を拓く

「社長の気分次第で評価基準が変わる」という状態は、短期的にはトップの権威を守ったり、臨機応変な経営に見えるかもしれません。

しかし、現場・サプライヤー・バイヤー全ての能力や努力が“無駄”になるリスクを常にはらみ、グローバル経営やパートナーシップ経営が求められる今、明確な“足かせ”ともなっています。

デジタルやルールベース経営、説明責任といった潮流の中で、どの立場でも「透明で一貫性のある評価」を意識的に広げていくことが、製造業の未来を明るくし、日本型ものづくりの次の一歩に繋がるのです。

現場の皆さん、バイヤー志望の方、そしてサプライヤー各位も、「評価軸を作る主体」へと変わっていきましょう。

混乱を嘆くのではなく、「今、何ができるか」からスタートする。

そこに、昭和から令和そして未来へと続く、日本の製造業の進化の糸口がきっとあるはずです。

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