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Excelによる化学プロセス計算とスケールアップへの活かし方

目次
はじめに
化学プラントの設計や生産管理において、試験室レベルの条件を商業プラント規模へ展開する「スケールアップ」は、利益と安全を左右する重要課題です。
高価なシミュレーションソフトを導入せずとも、Excelがあれば大部分の化学プロセス計算をこなせます。
本記事では、20年以上の現場経験で培ったノウハウをもとに、Excelで行う化学プロセス計算の勘所と、それをスケールアップへどう活用するかを解説します。
Excelで化学プロセス計算を行う価値
設備投資ゼロで始められる計算環境
多くの企業ではOfficeライセンスが既に配布済みです。
追加コストなしで熱収支、物質収支、撹拌動力計算を即座に試せるため、稟議やIT調達プロセスを待つ時間を短縮できます。
アナログ文化に最適なデジタル第一歩
紙ベースで計算しているベテラン技術者でも、セルに手書きの式をそのまま入力できるため、心理的バリアが低い点が強みです。
昭和型の職人芸を、見える化と再利用可能なデータへ変換する入り口として最適です。
ファイル共有で属人化を防ぐ
例えばSharePointやTeamsに置いたExcelブックは、アクセス権管理やバージョン履歴が自動付与され、後任者への引き継ぎが容易です。
品質事故の際も計算根拠を遡及でき、監査対応がスムーズになります。
よく使うExcel関数と化学計算テンプレート
反応量計算のためのSolverとGoal Seek
反応転化率や平衡定数の逆算は、目標値を設定してSolverを走らせれば一発で解けます。
特にバッチ反応器の停止タイミングを決める際、生成物濃度の目標セルにGoal Seekを使うことで、実測データとシームレスに接続できます。
単位換算をミスなく行うLOOKUPテーブル
圧力、温度、流量などの単位が混在するとエラーの温床です。
VLOOKUPまたはXLOOKUPで換算係数を取得する「単位換算シート」を作成し、数式内に直接掛け合わせるとヒューマンエラーを激減できます。
ヒートバランス計算に役立つ行列演算
複数ストリームが交差する熱交換ネットワークでは、MMULT関数で行列表記の連立一次方程式を解くと整理が容易です。
手計算で埋めると混乱しがちなエンタルピー表も、テーブル化してINDEX関数で呼び出せば再利用性が高まります。
スケールアップに必要な6つの視点
時間ベースではなくフロー率で見る
ラボ試験では「×時間後の濃度」を指標にしがちですが、商業プラントではポンプ容量や配管径が支配的です。
Excel上で質量流量ベースの収支に切り替えることで、設備制約を早期発見できます。
熱移動と撹拌エネルギーの指数効果
スケールアップ時、体積は三乗則で増える一方、伝熱面積は二乗則です。
ウォータージャケットと内部コイルの面積比を算出して、Excelのグラフでサイズ別にプロットすると、冷却不足リスクを視覚化できます。
安全余裕と品質バラツキの数理モデル
半バッチ添加プロファイルをExcelで0.1秒単位に離散化し、反応熱ピークを予測しておくと、TRI、COEといった環境規制値を超える前に設計変更が可能です。
原料物流と購買ロットのシミュレーション
調達購買の立場では、1日当たりの消費量を算出し、取引先の最小出荷ロットと突き合わせます。
ExcelのData Table機能でロットサイズを変化させ、在庫金額と保管容器数を同時に可視化すると、管理部門との合意が取りやすくなります。
バッチから連続へ切り替え判断のKPI
設備稼働率、労務費、サイクルタイム短縮率をシートにまとめ、IF関数で「閾値を超えたら連続化」とフラグを立てれば、定量的な意思決定が可能です。
変更管理とバリデーション文書の自動生成
入力値をセルにまとめ、Word差し込み印刷を利用すると、試運転条件書やIQ/OQ文書を自動生成できます。
監査対応のたびにコピペする無駄を排除できます。
Excelモデルを現場に浸透させるコツ
印刷一枚で説明できるUI設計
入力セルは色付き、計算セルは保護、結果は枠線太字で右側に配置するだけで、教育コストが半分になります。
紙しか信じない部長にも「これ一枚で概要を説明できます」と呈示すると導入が早まります。
マクロよりテーブルと関数優先の訳
VBAは便利ですが、IT部門のセキュリティ制限でブロックされる恐れがあります。
まずは関数とテーブルで95%の課題を解決し、残り5%にのみVBAを充てると、保守運用リスクが低減します。
社内標準ファイル名とバージョン管理
ファイル名に「プロセス名_版数_作成日.xlsx」を組み込む運用ルールを決めると、混乱を防げます。
OneDriveのバージョン履歴を併用すれば、過去改訂履歴を失う心配がありません。
失敗事例と改善ポイント
係数をセルにベタ打ちしてブラックボックス化
設計係数を数式に直接書くと、後任が意味を理解できずトラブルが増えます。
別シートで係数表を管理して、名前定義で呼び出す形に改めると再利用性が向上します。
シート分割が多すぎて参照が迷子
ラボ、パイロット、商業規模を別シートに分けすぎると、クロス参照が複雑化します。
同一行にサイズ別列を並べるレイアウトに変更すると、セル参照が単純になり、共同編集時のコンフリクトも減ります。
未来志向:Python連携と自動化へのステップ
VBAからPythonへのバトンパス
Excelで作成した入力シートをCSV出力し、Pythonのpandasで高速計算する流れに切り替えると、計算負荷の高い最適化問題にも対応できます。
Jupyter Notebookを共有フォルダに置き、結果を再びExcelに書き戻せば、現場ユーザーは操作感を変えずに恩恵を受けられます。
デジタルツインとリアルタイムデータフィード
将来的にはDCSやSCADAからの稼働データをPower Queryで取得し、Excelモデルをリアルタイム更新することで、デジタルツインを安価に実現できます。
異常兆候を判定する条件式をセルに組み込み、Teamsへ自動通知する運用も可能です。
まとめ
Excelはあくまで汎用ツールですが、正しい設計思想と運用ルールを備えれば、化学プロセス計算からスケールアップ検証、原料購買シミュレーション、さらには監査文書の自動生成まで、多面的に活躍します。
アナログ色が強い現場でも受け入れやすく、低コストで着手できるため、デジタル変革の入り口として最適です。
まずは小さな計算からExcelへ置き換え、共有と標準化を進めることで、組織全体の知見を資産化していきましょう。
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