投稿日:2025年9月10日

保証範囲外の自然災害損害を請求される問題

はじめに:自然災害と製造業が直面する新たな課題

近年、台風や地震、豪雨など想定を超えた自然災害が、日本各地の工場やサプライチェーンを直撃しています。

サプライヤーとして製品や部品を納入する現場や、バイヤーとして調達を担当する立場において、「製品保証範囲外」の自然災害による損害費用をどこまで請求・負担するかという問題が日増しに複雑化しています。

この記事では、現場管理職や購買部門の長年の経験をもとに、自然災害による損害の請求問題について、現場目線で深堀りしていきます。

デジタル化や業界を取り巻く変化の影響も加味し、今後の対応のヒントやリスク軽減策についても解説します。

自然災害損害請求問題の背景

保証範囲とリスク分担の曖昧さ

多くの製造業の取引契約書や品質保証規程では、「不可抗力」や「天変地異」は保証範囲外とする条項が設けられています。

例えば「納入製品の保証期間中、通常使用下での品質不良について無償修理を行う。ただし、地震・水害などの自然災害による故障は含まない。」という内容です。

この原則自体は明快ですが、実際の現場では、自然災害の影響範囲や“不可抗力の線引き”があいまいになるケースが見受けられます。

特に、受注側(サプライヤー)と発注側(バイヤー)の規模が大きく異なる場合、下請け側が「二次災害的な損害」まで負担を求められる理不尽な圧力が発生しやすいです。

昭和的な“泣き寝入り文化”から現代的な契約管理への移行の遅れ

日本の製造業、とくに地域密着型の企業や中小規模のサプライヤー業界では、未だに口頭ベースの指示や“お互い様”の合意に頼る場面が少なくありません。

昔ながらの「災害は大変だったな、でも仕方ないから協力しあおう」といった精神論の延長で、いつの間にか追加負担を強いられる現場もあります。

昭和時代の義理・人情・現場主義が美徳な一方で、今のグローバル市場やサプライチェーンの広がりの中では、明確な基準やデータにもとづくリスクシェアが求められる時代に入っています。

具体的なトラブル事例と現場のリアル

事例1:浸水被害による設備納入後の損害請求

ある東北地方の食料品メーカーでは、大雨による河川の氾濫で新設した生産設備(一式数億円規模)が水没し、稼働前に全損する事態が発生しました。

この設備は大手設備メーカーA社から納入したものですが、工場側は「納入後わずか数日での損害。メーカー側でも被害対応(再納入・特別割引など)をしてほしい」と要望。

一方、A社では「契約上、設置完了後の不可抗力は保証範囲外」と回答し“泣き寝入り”での自己対応を求め、最終的には顔を立てた形で部分的な部品提供と技術協力を“厚意”として行いました。

現場責任者同士の粘り強い話し合いで、何とか関係性を壊さず解決したものの、契約や災害リスクに対する根本的な見直しは未達のまま、その後も類似問合せが続く形となりました。

事例2:サプライヤーの納入遅延を自然災害理由で請求される問題

工場部品メーカーのB社は、記録的な大雪で輸送トラックが立ち往生し、お客様への納入が著しく遅延。

当初は顧客も「非常事態なのでやむなし」と了承しましたが、大きな元請メーカーからは「遅延によるライン停止の生産損失を負担してほしい」と連絡が。

契約書上は「天災は責任免除」とあるにも関わらず、「それでも調達品以外は動いていた」などの理由で、最終的に一部費用を分担させられる結果となったのです。

このケースでも、上下関係や次工程を止めてしまう心理的なプレッシャーが強く働き、中小サプライヤー側が本来不要な補償をする今も多いのが現状です。

法的・契約的な観点からみる現状と今後の動向

契約書・取引基本契約の見直しポイント

現場ですぐにできる第一歩は「契約内容の精査と明文化」です。

・天災(地震、台風、豪雨など)の定義を具体的に記載する
・天災に起因する納入遅延・不良・損害については、発生時の情報共有や相互協議を必須化
・上下流双方が自社で加入している保険内容(企業火災保険、動産総合保険など)を相互開示
・災害リスクが高まった際のBCP(事業継続計画)の協調運用

実務では「不可抗力条項」を単に置くだけでなく、どのような場合に費用分担が発生するか、手順や窓口の明確化が欠かせません。

裁判例・判例の動向から学ぶポイント

自然災害リスクに関する損害賠償や注文者・受注者双方の責任については、近年裁判例も増えてきています。

大半のケースで「契約上の明記」や「災害発生時の双方の善管注意義務」が重視されており、事情に鑑みて相互協議・負担軽減に努める姿勢が推奨されています。

ただし、明確な文言や交渉履歴がなければ、下請け側が不利になる状況は依然として多いのが実情です。

昭和的現場主義から脱却し、リスクマネジメントで産業を強くするには

「お互い様」精神と契約力強化のバランス

緊急時には助け合いが不可欠ですが、それだけでは組織としての持続的な成長はありません。

これからの製造業現場には、「日常業務に戻った後の契約見直し」「現場観点からの事例共有・研修」「経営層まで巻き込んだリスク議論」が必要です。

「困っているときは無償支援するが、同時に今後は保険制度やBCP訓練を徹底し“ただの善意”に頼らない自立体制をつくる」といった、昭和的精神論+現代的システム&契約力の融合を目指しましょう。

リスク分散(多拠点化・多元調達・保険など)の推進

災害多発時代においては、製造拠点や調達先の1点集中はきわめて脆弱です。

・部品や資材のサプライヤー複線化
・遠隔地への在庫分散
・工場全体/設備単体での災害保険加入
・緊急時のサプライチェーンBCP体制確立

など、地震大国日本ならではの“リスク分散サプライチェーン”設計が不可欠です。

現場管理者・調達部門・経営企画の三位一体で動くことが、いざという時にサプライヤーを守り、バイヤー側も損害拡大を防ぐ礎となります。

サプライヤーとバイヤー、それぞれが今すぐ始められる対策

サプライヤー側の実践ポイント

– 毎年の契約内容・保険見直しの「自主点検」を行う
– 自然災害が発生した場合には、早期連絡・経過記録・被害状況の証拠保全(写真、帳票)を徹底する
– 自社のバックアップパートナー(代替調達先、外部加工先)リスト整備
– 契約交渉・緊急時対応の“自社窓口”を明確化し、現場がリーダーシップを取る文化醸成

バイヤー(調達担当)側の実践ポイント

– 自然災害リスクに配慮した発注先選定、評価指標の組み込み
– 災害発生時の情報共有・現地支援体制の明文化
– サプライヤーや現場と定期的にリスクコミュニケーションを図る(年1回の合同BCP訓練など)
– 保険適用範囲や費用負担ルールは、都度“見直せる”柔軟な契約構築を推進

まとめ:自然災害請求問題への「業界全体の成熟」が問われている

これからの日本の製造業を支えるのは、単なる安定供給や現場主義だけではありません。

予測困難な自然災害時代において、サプライヤー・バイヤーの両者が最新のリスク情報や契約知識を共有し合い、一時的な“泣き寝入り”に頼らない公正な業界慣行を築いていく成熟が求められます。

ムリを通さず、誠意を持ちつつ、知識武装とデータに基づく議論を是非現場から積み重ねましょう。

皆さまの現場がこれからも災害にも、産業構造の変化にも負けない、強いものづくりになる一助となれば幸いです。

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