投稿日:2025年10月17日

ヘアピンの形が崩れない塗装厚と焼付プロセスのバランス制御

はじめに〜現場を知るプロが語る、ヘアピン塗装の最適化の真実

製造業の現場には、「昭和」的なアナログ文化、すなわち“よしなにやっといて精神”や“現場感覚頼み”がまだ根強く残っています。

その一方で、電動化技術の急速な発展や海外サプライチェーンの多様化を受け、“品質・コスト・納期(QCD)”が目まぐるしく変動する今、当然ながら徹底したものづくりの現場変革が必須となっています。

特に自動車やEVのモータに不可欠な「ヘアピン」コイル。
ここでの塗装厚と焼付プロセスのバランス制御は、性能を決定づける極めてクリティカルな工程です。

本記事は現場・管理職、そして調達やサプライヤーなど多様な立場を知るプロの視点で、ヘアピンの形を崩さずに機能・美観・生産性・コストを満たす実践的手法や、「抜け出せないアナログ的思考」を乗り越える考え方を解説します。

ヘアピンコイルとは?重要性と品質要件の再確認

ヘアピンコイルの概要とEVの普及による役割拡大

ヘアピンコイルは、主にEVやハイブリッド車のモータ用ステーターコイルとして採用される、エナメル被覆銅線をヘアピン形状(U字ピン等)に曲げて配線するものです。

従来の巻線モータと異なり、
– 高い充填率
– 導体断面積の拡大
– 低損失化
– 高効率
が実現できることから、自動車OEMだけでなく家電製品、産業機械分野にも広がりつつあります。

塗装と焼付が果たす機能と役割

ヘアピンコイルには、絶縁・耐熱・耐食・耐摩耗など多様な機能が求められます。
そのため代表的な工程として
1. エナメル線への絶縁被覆(塗装)
2. 焼付による硬化・密着強化・耐久性向上
がセットで行われます。

ここで塗膜が厚すぎると導体同士のスペースが狭まり、巻線仕上がり精度や冷却性能、最終外観が悪化します。
逆に塗膜が薄すぎると絶縁性能が確保できないばかりか、通電時の熱や振動で塗膜割れ・剥がれ・ショートのリスクが高まります。

焼付が不十分だと塗装が剥離しやすくなり、逆に焼付し過ぎるとエナメル線が割れやすくなったり、ピン形状が反って組付けに影響を及ぼします。

塗装厚と焼付プロセスの“バランス制御”が命運を分ける

現場の「ついで塗り」「経験値頼み」の弊害

従来は、塗料メーカーの標準仕様に従い、「膜厚はだいたい○μm」「焼付温度は△℃を目安」と経験値に頼っている現場が多いのが実情です。

しかし、こうした“ついで塗り”や“大丈夫だろう精神”がトラブルや歩留り低下、リコールリスクの温床となります。
現場ごとに温湿度や母材のロット差、ピン形状(湾曲・エッジ部分)で塗着ムラが発生しやすく、実態に合わない一律設定では隠れた不具合が生じやすいのです。

バイヤーが求める“QCDそのもの”が問われる時代

大手自動車OEMやグローバルTier1が重視していることは、「カタログ値」ではなく「実機実装後での信頼性担保」です。

調達購買の視点では「不良のリスク回避」「コストの抑制」「納期の安定化」が最優先。
またサプライヤー側でも「一度決めた工程から変えたくない」「数値ばかり管理して現場を見てくれない」といった認識のギャップが埋まらないケースが多々あります。

この溝を埋め、「バイヤーが何を考えて現場に指示を出しているのか」という本音を知ることが、サプライヤーとしての生き残り・選ばれる工場への第一歩です。

実践現場でのバランス制御 〜最適化のための具体的アプローチ

塗装厚管理の本当の肝:「ノギス」から「非接触の高精度計測」へ

昭和時代は、よくノギスや目視・マイクロメーターによる断面測定で塗膜厚を管理していました。
しかし、ピンのカーブ部や曲がり部では精度がまちまち。しかも測定するたび母材を切断する必要があり、工数もロスも膨れ上がります。

現在は、渦電流式・X線式・蛍光X線式などの非破壊計測機器を導入し、ピン全体のリアルタイムな塗膜厚分布をデータ化するのが主流です。

「ある工程でどこにばらつきが多かったか」
「曲げ部と直線部の膜厚差が1μm以内か」
「塗料の残量や室温変化で厚みが変わっていないか」
これらをデータで可視化し、“気合い管理”からデータドリブンな管理へ切り替えることで、形状精度と絶縁性の両立が実現します。

焼付温度・時間の動的制御 〜 IoT×AIで焼付炉を頭脳化する

焼付炉の多くは「温度の目標値」と「焼付時間」を入れるだけのお任せ型が主流でした。
しかし、炉内の温度分布や投入ピンの金属量、焼付直前の塗膜水分量などで、実は目標温度・時間も動的に調整すべきです。

近年では、
– 炉内サーモカメラ
– 各ピン個別の温度プロファイル管理(IoTセンサ貼付型)
– AIによる焼付パターン最適計算
などが実際の現場に導入されています。

例えば「このピンは厚めの塗装だったので焼付温度を気持ち上げよう」
「この部分だけ冷却時間を長めにしよう」といった、調整を細かく刻み、その結果を全数トレーサビリティとして記録することで、不良発生時の問題追跡も強化されます。

QCDを制する「異常検知シナリオ」の構築

さらに一歩進んだ現場は、「異常が起こった時にすぐ止められる」「いつどのピンでばらつきが出たかすぐレポート」といった、“異常検知シナリオ”を自社で構築しています。

– ピン表面の微細な凹凸や塗料垂れの発生検知
– 塗膜厚分布のリアルタイムなばらつき波形
– 焼付温度到達曲線の外れ値抽出

これらに現場工員のヒヤリハット報告やAI動画解析も組み合わせ、最適条件から少しでも外れたものを早期隔離。
これがサプライヤーとして信頼される「バイヤーも安心な工程保証」へと繋がります。

「昭和」から「令和」へ、業界全体の抜本変革に向けて

現場・設計・購買・サプライヤーが“同じ土俵”で語るために

これまでの日本のものづくりは、職人技・属人技に多く支えられてきました。

しかし今、国内外問わず調達・購買担当は
「現場はどれだけ数値で証明できるか?」
「万一起きたトラブルを事前に説明・提案できるか?」
「定量データと“勘・コツ”のバランスはどこにあるか?」
ここまでが求められています。

バイヤーを目指す人は、現場やサプライヤーの人と同じ土俵で話せる「現場感覚」と「工程の数値化スキル」の両立が必須。

サプライヤーの立場であれば、「この加工だからこそこうなるはず」「このばらつきならすぐ工程補正できる」と自社の強みや課題を晴れやかに説明できる体制こそが、選ばれる理由になります。

まとめ〜新たな地平を目指す“ヒント”

現場の感覚も大事、しかしデータと工程全体の最適化も同じくらい大事。

ヘアピン塗装の新時代とは、誰か一人の属人的ノウハウやバイヤーだけの“できる人”に任せる時代から、
– サプライヤーの率直な現場レビュー
– バイヤーの定量的な要求
– 最新のIoT・AIを駆使したバランス制御
– 不良兆候を即座に検出・是正する現場力
へとシフトしています。

「自分たちは昭和のやり方しか…」と言い訳せず、まずは「一つだけ、工程を丸ごと計測・記録する」など、できる部分から始めることが大事です。

経営陣、現場、設計、購買、サプライヤー。
全ての立場が協働してバランスを制御し、新たなものづくりの地平線を一緒に切り開きましょう。

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