投稿日:2025年12月10日

国際規格取得が品質向上につながらない企業の共通点

はじめに:国際規格の本当の価値を問い直す

製造業界に携わる中で、「うちもISO9001を取得しました」「IATF16949認証済みです」といった話を耳にする機会が多くなりました。
グローバル化が進む今や、サプライチェーンの一翼を担うには、こうした国際認証が“最低限のパスポート”にもなっています。
しかし、その一方で「国際規格を取得しても、肝心の品質や現場は一向に向上しない」「認証は取れたが、実態は以前と何も変わらない」といった声も現場から頻繁に聞かれます。
それはなぜでしょうか?
本記事では、品質管理・生産管理・調達購買の現場で培った知見を活かし、「国際規格取得が品質向上につながらない企業の共通点」と、その突破口について深く掘り下げていきます。

国際規格取得の“目的化”が現場を疲弊させる

認証は手段でしかない ―「目的と手段の逆転」

ISOに代表される国際認証は、元々は“品質マネジメントの仕組み”を整え、顧客満足や継続的な改善の循環を回すための枠組みです。
ところが現実の現場では、「取引先の圧力で仕方なく」「大手への納入条件として、とにかく必要だから」と、認証取得そのものが目的化しているケースが少なくありません。

電子ファイルのチェックリストを作り、様式の帳票を埋めて、とにかく「監査を乗り切る」「書類を揃える」ことに注力してしまうのです。
このような“ハリボテの品質管理”が蔓延してしまえば、現場の意識は「本来、なぜこの仕組みがあるのか?」からどんどん遠ざかってしまいます。

トップダウンの形骸化 ―「経営層の関心は取得だけ」

「ISOは取引先がうるさいから」「競合他社もやってるから」という理由で、経営層が“認証取得プロジェクト”として旗振りだけを行い、実質的な運用や現場改善には関与しないケースも目立ちます。
現場を熟知しない事務局やコンサルタント主導で書類づくりだけが進み、指示待ち組織の温床となるのです。

このような状況では、現場スタッフは「また新しい様式が増えた」「事務処理が面倒になった」と感じるだけです。
本来、ISO認証で目指すべき「自立的な現場改善の文化」は根付くことがありません。

失敗企業の典型的な特徴

1. 記録主義・様式主義に陥る

規格を読解せず、書類・記録の整備に全エネルギーを注ぐパターンが多く見られます。
生産現場でも、品質異常やクレーム発生時に「とりあえず記録だけはする」。
ですが、「なぜ発生したか?」「本質的な対策は何か?」という現物現場に基づく議論が深まらず、形式だけの“証拠保全”に終始します。

帳票が山積みとなり、“何のための記録”かが現場スタッフに浸透しない状況が繰り返されます。
このような状態では、現場改善・品質向上は望むべくもありません。

2. 改善が一過性、PDCAが形骸化する

ISO的には「PDCAサイクルをまわす」「是正処置、予防処置を確実に実施する」ことが求められています。
しかし、現状分析や再発防止策が“現象の整理”や“場当たり的な応急処置”で終わってしまい、根本原因の探求~施策の浸透に結びつかないことが大半です。

また、「監査の時だけマニュアルを引っ張り出して読み合わせる」という、すっかり形式的になった企業も多いです。
これでは、本来の“現場起点の自律改善”は生まれません。

3. “現場”と“事務局”が分断されている

認証取得事務局は、品質保証・総務部門など間接部門が担うことが多く、現場スタッフとの間に心理的・物理的距離があります。
現場で起きている真の課題や、作業員の負担・生産性への影響をリアルタイムでキャッチできず、机上の論理だけで規格対応が進められているケースが相次ぎます。

この状態は、現場の当事者意識をみるみる希薄化させ、掛け声倒れの改革を連発する結果となります。

バイヤー(調達側)の視点は年々厳格化している

サプライヤーは「真の実力」を問われ始めている

数年前までは“認証さえ取っていればよい”というバイヤーも多く存在しましたが、近年では審査レベルが一段と厳しくなっています。

書類上整っていても「現場で本当に実行されているか」「継続的に品質が安定しているか」「クレームや不良が減っているか」をデータや定量評価で追われることが増加しました。
帳票づくりや棚卸し管理だけでなく、
・現場の作業者が自信と意識を持って取り組んでいるか
・問題発生時に、真因を追究し改善活動が循環しているか
・現場発の”本物のストーリー”が語れるか
こういった「見えない品質」まで、監査・ヒアリングの際に問われるようになってきています。

ギャップが露呈する瞬間 ―監査現場のリアル

実際の調達監査現場では、バイヤーとして現場作業者や担当者への「なぜこの作業をやっているのか」「ルールの意義を説明できるか」といった直接インタビューが増えています。
ここで現場担当者が「言われたからやっているだけ」「書類にあるから」などと答えれば、たとえ書類が完璧でもバイヤーからの信頼は薄れます。

逆に「なぜこうやるのか」「過去に何が問題でこう変えてきた」と説明できれば、信頼度は一気に上がります。
サプライヤーの立場としては、“規格取得”そのものではなく、“現場運用のリアル”まで常に磨いておく意識が不可欠です。

昭和アナログ文化の根強い弊害

「暗黙知」「職人依存」が規格運用の最大の障壁

日本の製造業は、長らく「言わなくても分かる」「ベテランが勘とコツで支える」昭和的職人文化が“現場力”の源泉でした。
しかし世界基準・多品種少量化が進む今、その“阿吽の呼吸”だけでは通用しません。

国際規格は「誰が、どこで、どうやっても“安定品質”を作れる」しくみ化の文化です。
ですが、今も現場には「帳票だけはあるが、肝心のナレッジがベテランだけの頭の中」「教育訓練は形だけ」という昭和色が色濃く残っています。
これが「正しく運用できない・成果が上がらない」最大の原因です。

「デジタル化」と「人の知恵」の架け橋作りへ

帳票類や部品管理だけを無理にデジタル化しても、現場の“やらされ感”は強くなるばかりです。
逆に、現場のノウハウ、失敗事例、課題共有、OJTの工夫まで“仕組み・しくみ”として可視化・標準化しなければ、国際規格の本質には到達できません。

現場の声を吸い上げ、手書きの作業日報やヒヤリハット事例をベースにナレッジ化し、次世代に語り継ぐ。
小さな一歩からでも、この“現場知のデジタル橋渡し”が、品質向上と規格運用の両立につながります。

実践的な改善アプローチとは

経営層の「現場コミットメント」強化

現場発の改善を実践するには、経営層自身が現場に足を運び、生の声を聞き、真剣に議論に加わることからスタートします。
定例報告会よりも、現場ラウンドや対話型ミーティングの定例化が有効です。
経営層が「改善の意義」を繰り返し現場に語ることで、作業者自身の意識も自然と変わっていきます。

「なぜなぜ分析」と「現場PDCA」の習熟

不良が出たときのポイントは“なぜなぜ分析”を徹底し、「なぜこの対策になるのか」「次にどう現場へ定着させるのか」を納得いくまで掘り下げることです。
模造紙やホワイトボードを使い、全員参加のワークショップ形式で問題を明快に言語化しましょう。
この議論と合意形成こそが、「紙上の規格」を「実際の業務運用」へ転換するカギです。

習慣化した日常点検と、力量マップの見える化

5Sや日常パトロール、教育記録等、毎日のルーチンを仕組み化し、力量の見える化を進めることも肝要です。
「この工程は誰ができるか」「どこに教育履歴があるか」を一覧にして掲示する。
新人教育や多能工化を進める手がかりにもなり、現場の属人化排除にもつながります。

まとめ:「現場由来のストーリー」が品質向上を牽引する

国際規格の取得はスタートラインであり、本当の勝負は「現場でどう運用され、顧客要求にこたえ続けているか」にあります。
形式だけを整える“昭和的アナログ体質”に固執せず、
・現場スタッフの“なぜやるのか”の理解
・記録や対策の理由を言語化する力
・日々見直す改善仕組み
これらを文化として根付かせてこそ、国際規格は本物の武器となります。

調達バイヤー目線でも、「国際規格を持っている」にとどまらず、「実際にどんな改善をし、どんな現場の物語があるか」が選定の分かれ目になってきています。
現場・経営層・調達担当それぞれが“規格の本質”を掴み、「形骸化」から脱却した先に、飛躍的な成長が待っています。
自分たちの会社だけでなく、サプライチェーン全体の品質向上に“現場目線の一歩”を踏み出してみてください。

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