複雑な承認フローが調達リードタイムを無駄に延ばしている課題

はじめに：調達現場で長年蔓延る「承認フローの壁」

調達リードタイムを短縮したいのに、なぜか遅くなってしまう。

その根底には「複雑に絡み合った承認フロー」という厚い壁があります。

多くの製造業現場で「脈々と受け継がれているアナログな習慣と前例主義」が、現代のスピード感に合わなくなっています。

本記事では、現役工場長経験者、現場管理・調達担当者の視点から、現場に根付く「無駄な承認フロー」が調達リードタイムをどのように阻害しているのか。

また、その改善策や次世代の調達・購買のあり方について、実践的かつ現場密着で深堀りします。

なぜ製造業では「複雑な承認フロー」が生まれるのか

歴史に根差したリスク回避と責任逃れ精神

昭和から続く日本の製造業は、些細な失敗で大きな事故・損失につながりかねません。

そのため「承認」と「ダブルチェック」という文化が強化されてきました。

これは品質向上やトラブル防止には有効でしたが、いつしか必要以上に多段階・多人数での承認が当たり前になり、「本当に必要なのか？」という疑問を持たずに繰り返されるようになりました。

多層的な組織構造と縦割りの宿命

製造業は大規模になればなるほど、組織階層が増えます。

部長・課長・係長・担当…と段階的に稟議を上げるうちに、どこかで滞留することが日常化。

しかも各部署で「自分たちの仕事は終わった」と安心しやすい。

システム化されていなければ、進捗追跡さえ困難になり、調達リードタイムの“ブラックボックス化”が進みます。

デジタル化が進まない現場の現実

企業によっては、今も紙を使った承認フローが根強く残っています。

その背景には「IT化に投資できない」「現場メンバーがITに不慣れ」といった問題もありますが、“手書きの安心感”や“ハンコ文化への根強い信仰”が妨げになっているのも事実です。

このような現状を打破しなければ、調達購買部門の生産性は向上しません。

複雑な承認フローが現場にもたらす弊害

本質的ではない「待ち時間」の発生

たとえば、調達依頼が一人の承認者に24時間滞留しただけで、その後の業務が丸1日遅延します。

複雑な承認フローでは、複数人の机上で“寝かされる”時間も珍しくありません。

この「待ち時間」が積み重なり、調達リードタイムは実際の処理時間以上に膨れ上がってしまいます。

イレギュラー対応が「例外を許さない仕組み化」の犠牲に

製造現場では、突発的な部材調達や緊急手配も頻繁に発生します。

しかし、「誰が承認すべきか分からない」「定型以外は受け付けない」という仕組みが障壁となり、スムーズな対応ができなくなることが多くなります。

結果として、現場は“仕組みのために動く”という本末転倒の状況に陥ってしまうのです。

サプライヤーとの信頼関係も損なう

調達先のサプライヤーも、見積もり提出からPO（購買発注）を待たされると、対応の優先順位を下げざるを得ません。

最悪の場合、「なぜこんなに遅いのか？」と不信感を抱かせ、信頼醸成にブレーキがかかります。

調達リードタイムが長くなればなるほど、バイヤーとしての競争力も失われていくわけです。

調達リードタイムを伸ばす「見えないムダ」

現場では「自分たちは効率的にやっている」と思いがちです。

しかし実際には、「A氏の机で3日間」「B課長が出張でサインをもらえず1週間」など、誰にも気づかれず消えていく無駄が大量に潜んでいます。

これは「承認フローの可視化」ができていないことが主な原因です。

しかも、この無駄は目に見えにくいため、「なぜ納期が遅れるのか」を改善するきっかけがつかみにくいのです。

複雑な承認フローはどう生まれ、どう温存されるか

部署や担当者ごとの“自衛”と“縄張り意識”

「自分たちは責任を負いたくない」「問題が起きた時に説明できるよう、証拠（サイン）を残したい」といった意識が、承認者の増加につながります。

また「ウチの部門の承認がないと困る」といった縄張り意識も、一度フローに組み込まれるとそう簡単に外せなくなります。

組織改革や業務改善が進まない理由

複雑な承認フロー改革には、経営層のリーダーシップや現場の合意形成が不可欠ですが、「現場への負担」「過去の失敗例」などへの過度な恐れがブレーキとなり、結果として“現状維持”に落ち着きがちです。

歴史が長い企業ほどこの傾向は強まり、昭和的なアナログ体質が抜けきれないままとなっています。

調達リードタイムを短縮するための“ラテラルな”アプローチ

現場主体の「承認プロセス棚卸し」から始める

まずは「本当にこの承認は必要なのか？」を現場の実務を知るメンバーで徹底的に精査してみるべきです。

・その承認は法令遵守や品質管理に不可欠なのか
・ただの習慣や過去トラブルの“名残”ではないか
・プロセス短縮や2段階同時進行ができないか
など、「ゼロベース」で考え直します。

場合によっては、「5回承認→3回承認」や「部門内決裁で十分」といった簡略化が可能な場合も多いです。

デジタル化・ワークフローシステムの導入で可視化と自動化

電子承認やワークフローシステム（Groupware、Workflow Engineなど）を活用し、誰の机で止まっているかをリアルタイムで可視化します。

・進捗状況を見える化することで、遅れの元凶を特定
・過剰な承認ポイントやボトルネックを発見
・“ペーパーレス化”で物理的な待ち時間も削減

現場担当者も管理者も、進捗を一目で把握できるので、リードタイムの見積もりや改善が劇的にしやすくなります。

判断基準・リスク判定の定量化

たとえば「あらかじめ決めた範囲内の金額や仕様なら、現場リーダーの判断だけで進められる」といったルールを作ります。

リスク判定を定量化・基準化し、承認権限を“最小限”に分散することで、わざわざ上位者の承認が不要になります。

また「例外対応はこうする」といったルールも明確に決めておくことで、イレギュラーな調達にも迅速に対応できます。

バイヤー、サプライヤー双方が幸せになる「新しい調達の形」

バイヤーから見た改革のメリット

バイヤー自身の業務負荷が大きく減り、「調達＝面倒、遅い」というイメージが払拭されます。

本来の付加価値創造（市場調査・コスト低減・新規サプライヤー開拓など）に集中できる時間が増え、「単なる事務処理担当」から「ビジネスパートナー」としての役割が大きくなります。

サプライヤーから見たメリット

案件ごとに承認のため長く待たされるストレスが減少。

「この会社ならすぐに答えが返ってくる」「急ぎ対応ができる」と信頼が増し、より良い条件や独自の提案も受けやすくなります。

逆に遅いバイヤーとは新製品や材料の開発・供給での優先順位が下がる可能性すらあります。

直接サプライヤーと話せる決裁者を増やすことで、現場感覚に合った柔軟なやりとりや価格交渉も活発化します。

まとめ：調達現場に本当に求められる視点

複雑化した承認フローは「安全を守る仕組み」としてかつて有効でした。

しかし今や、時代の変化・市場のスピード、生産現場の効率化に取り残され、リードタイム長期化という“新たなリスク”になっています。

これからの調達現場に必要なのは、「変わらぬ安心」と「進化するスピード」の両立です。

そのためには、現場の実態・本質から承認プロセスを見直し、システム化・ルール化・可視化を徹底すること。

バイヤー、サプライヤー双方の視点を持ち、現場からラテラルシンキングで「前例なき改善」への一歩を踏み出すことが製造業発展の鍵となるでしょう。

現場で働く皆さん、ぜひ一度自分たちの調達承認フローを「新しい視点」で見直してみてはいかがでしょうか。