投稿日:2025年9月3日

シップメント遅延時の代替輸送費用を誰が負担するかの契約条項設計

はじめに:製造業におけるシップメント遅延と代替輸送費用の問題

製造業の現場では、需給バランスの変化や突発的なトラブル、サプライチェーンの分断など、さまざまな要因で納期が遅れるケースが後を絶ちません。

この時、しばしば発生するのが「航空便など高額な代替輸送で何とか間に合わせる」という事態です。

問題は、その多額な代替輸送費用を“誰が負担するのか”です。

バイヤー(調達側)・サプライヤー(供給側)双方の立場で見れば、契約条項設計は取引関係を大きく左右する要素になります。

本記事では、20年以上製造業の現場や管理職を経験して得た知見から、現場目線で実践的な契約設計にスポットを当てつつ、現代の業界動向も交えた深掘りを行います。

シップメント遅延の現場実態

なぜ遅延が起こるのか

製造・物流の現場では、以下のような事情でシップメント遅延が発生します。

・部材調達の遅れ(海外サプライヤーの港湾スト、自然災害、品質不良)
・社内生産工程のトラブル(機械故障、人員不足、想定外の不良発生)
・物流網の問題(輸送便のキャンセル、ドライバー不足)

昭和的な現場文化が抜けきれていない工場では、“納期は現場の根性でカバー”という精神論が根強いですが、グローバルサプライチェーンの複雑化や、慢性的な人手不足の中でリカバリーが効きにくくなっています。

代替輸送の実態

遅延リカバリーの手段として最も多いのが、「船便から航空便へ」「トラックをチャーター便に切り替える」というコストアップの選択です。

例えば、通常なら海上輸送で1コンテナ50万円のところ、航空便だと3倍〜10倍の運賃になることも珍しくありません。

このイレギュラー費用が、現場・経営にどれだけインパクトを与えているか――それを契約でいかに抑えるかが、今多くの企業で求められています。

業界動向:シップメント遅延時の費用負担ルールとは

曖昧な契約が大きな損失を生む

多くの日本の製造業では、「納期遵守は当たり前」「急ぎの場合は都度折半、場合によっては泣き寝入り」という“阿吽の呼吸”に頼った暗黙のルールが横行してきました。

しかし、グローバル化・取引の複雑化が進む中で、負担の所在が曖昧なままだと、後々大きな損失やトラブルを招きます。

典型例:
・納期遅延の原因がサプライヤー側なら→当然サプライヤー側で負担
・買い手側の発注変更や、工程指示の遅れが起因なら→バイヤー側で負担

このような原則論があるものの、実際の商談現場では曖昧なままにされ、「泣き寝入りする」ケースや関係悪化も発生しています。

欧米流の明確な契約条項設計の台頭

一方、グローバル企業を中心に、契約条項で“コスト分担の条件や範囲”を緻密に定める流れが加速しています。

ポイントは、
・どちらの責任(フォースマジュール/不可抗力命題を含む)か判定基準を設ける
・緊急(特例)輸送発生時の費用分担率を契約で先に定めておく
・発生額に関する証憑や、上限金額を付す
といった具体的な盛り込みです。

この姿勢が、日本国内の取引でも徐々に浸透し始めています。

現場視点で考える、契約条項設計のポイント

(1)責任範囲の明確化

もっとも重要なのは、「なぜ遅延したのか」の原因切り分けを明記することです。

たとえば、
・サプライヤー工場の設備トラブル→サプライヤー側の負担
・バイヤーの設計変更指示の遅れ→バイヤー側の負担
・両者ともに責任が絡む場合→一定割合で按分負担

このように「事象ごとに分担ルール」を紐付け、必ず曖昧な表現を避けましょう。

(2)不可抗力(天災・交通麻痺等)への備え方

現代のサプライチェーンでは、天災や戦争、パンデミックなどコントロール不能なリスクを想定することが必須です。

“不可抗力”を理由とした場合でも、
・「発生時には協議を行い、互いの損失を最小化する」
・「応急輸送はバイヤー要請時のみ、費用実費を按分」
といった連携・原価ベースのルール設計が必要です。

(3)費用の算定基準と合理的な上限設定

特に高額な航空便・緊急便の費用は、想定外の請求トラブルを産みがちです。

・実際にかかった追加輸送費用の算出方法
・サプライヤーの正当な証憑提出義務
・応急対応費用の上限金額設定(例:通常運賃の×3以内)

など、算定方法と根拠、上限値を契約書に盛り込んでおくことで、“際限のない請求合戦”を防ぐことができます。

リアルな現場例とよくある失敗

事例1:契約が曖昧で押し付け合いに

ある電子部品メーカーでは、通常の海上輸送便が台風で半月遅延。

バイヤーは「取引先がリスクヘッジするべき」と主張し、サプライヤーは「天災は不可抗力」として負担拒否。

結論が出ず、結果的に関係が悪化し、次年度の取引縮小につながった例があります。

事例2:事前の費用上限設定で被害を最小化

一方、自動車部品メーカーX社では、契約時に「緊急時はバイヤーと分担、最大××円まで」と明記していました。

実際、ドライバー不足による配送遅延時に、この条項に基づき速やかに費用折半・協議。

お互いの不満・不信感も最小に抑えられ、現場対応への集中ができました。

昭和的“阿吽文化”を送り出し、デジタル&リスク管理時代へ

製造業の現場に根強い「何とか現場対応でやりくり」「その場その場で話し合う」という昭和的な商習慣。

一見人情的なようですが、大きなトラブル時には“なあなあ”が最大のリスクになります。

デジタル時代の今、取引ルールを契約上でシステム化し、“リスクシェアの仕組み”として運用していくことが求められています。

バイヤー/サプライヤー相互理解の深まりが競争力を生む

ここで重要なのは、「契約」欄だけでなく、実際の現場担当者もそのルールを理解し、実践できる状態にしておくことです。

バイヤー側は“なぜこういう条文が必要なのか”、サプライヤー側は“どの範囲までなら負担できるのか”を社内で共有し、フェアな交渉ができる体制作りが競争優位に直結します。

まとめ:先進的な契約設計が製造業の未来を切り拓く

シップメント遅延時の代替輸送費用負担は、契約設計力の差が会社の損益や事業継続性に多大な影響を及ぼします。

曖昧なルールや個人依存を脱却し、明確で再現性の高い契約条項を設計する。
そのためには、現場経験の知恵と、業界動向を読み取るラテラルシンキングの組み合わせが欠かせません。

製造業界全体がアナログからデジタル時代への移行を迫られる今、合理的な契約設計と現場目線の対話力が、新たな産業競争力の基盤となります。

本記事が、調達・購買担当者、新たにバイヤー職を目指す方、サプライヤー側でバイヤーの本音や思考を知りたい方の一助となれば幸いです。

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