投稿日:2025年10月6日

糸の機械強度低下を防ぐ冷却ゾーン風速制御と延伸テンション補正

はじめに:糸の機械強度が今、問われている理由

製造業とりわけ繊維・フィルム・樹脂などの糸・繊維製品の現場において、製品の機械強度は品質そのものを左右する大きな指標です。

特に、高機能素材や新規用途開拓によって、従来よりも一層「強度」と「均一性」、「安定供給」が求められるようになりました。

一方で、日本の製造現場では依然として昭和時代から引き継がれたアナログ的な運用や、現場作業者の勘・経験値に依存する傾向が根強く残っています。

この記事では、糸の機械強度が低下する原因と、冷却ゾーンの風速制御および延伸テンション補正という現場実践的なアプローチについて、現場感覚と最新業界事情を交えて、深掘りしていきます。

糸の機械強度とは何か?現場目線での基準と測定ポイント

機械強度とは現場でどのように捉えられているか

糸の機械強度とは、外的な力、すなわち張力・引っ張り・摩擦・捻りなどに対して切断や変形されにくい“糸そのものの頑健さ”を数値化したものです。

この強度が不足していると、製造工程で切れやすくなり、ライン停止頻度が増えるだけでなく、顧客納品後のクレーム件数も大幅に増えるリスクがあります。

現場では、引張試験機(テンシロン)による最大荷重値、伸度、ヤング率などで管理しますが、より現実的には「生産途中で切れずに安定供給できること」が実効上の最重要基準となります。

なぜ機械強度が低下するのか?根本要因とは

機械強度が低下する主な要因は、原材料のばらつきや劣化、工程内の温湿度変化、設備の劣化・摩耗、不適切な延伸・冷却条件など多岐にわたります。

その中でも、本稿が着目するのは“冷却工程でのゾーン風速管理”および“延伸テンション制御”の2要素です。

昭和から続く多くの現場では、この2つについて形骸化したルール運用や、非科学的な「勘と経験」による調整が横行しています。

冷却ゾーン風速制御の重要性

なぜ冷却ゾーンの風速管理が重要なのか

糸やフィルムを溶融状態から成形していく中で、冷却ゾーンは「分子配列を固定する決定的な瞬間」を司ります。

この時、風速のわずかな乱れやムラが分子配列の乱雑さ=“高度な高分子鎖の無秩序化”を引き起こし、結果として糸の機械強度低下へ直結します。

業界動向としても、ここでの安定操業こそが差別化の基軸となりつつあります。

現場でよくある風速制御の課題点

多くの工場では、冷却ゾーンの送風ダクトや吹き出し口の“風速指示値”だけが形式的に管理されています。

しかし、現場実態を調査すると、以下のような問題が散見されます。

・メンテナンスされていないダクトやファンの経年劣化
・作業者によるダンパー操作のバラつき
・供給電圧変動によるファン回転速度不安定化
・冷却ゾーン内での微細な空間温度ムラ

こうした状況下では、いくら外面上の風速指示値を維持していても、実際の糸冷却には“ムラ”が生じやすくなります。

冷却ゾーン風速制御のベストプラクティス

①リアルタイム風速センサーの多点設置によるモニタリング
従来の中央一点管理のみならず、糸冷却面全体に複数のセンサーを分散配置。

変動を可視化し、異常即時アラーム化まで落とし込みます。

②自動フィードバック制御
ファン操作を手動から自動制御へ。

PLCやDCSで入力センサー値を元に送風量・風向きを自動学習・制御することで、作業者依存から脱却します。

③冷却ゾーン自体のリニューアル
40年以上前の機械も珍しくない日本の現場では、最新設計の冷却ゾーン(風向調整機構付きや層流設計タイプ等)への段階的更新こそ、長期的なコスト低減と強度安定化の鍵となります。

延伸テンション補正の実践的方法

延伸テンションとはなにか?メーカー現場での意味

延伸工程は、成形直後の糸に適切なテンション(張力)をかけ、分子を一定方向に配列させ、糸物性を高める肝要な工程です。

張力が過少だと分子配列が緩くなり強度不足。

逆にテンションが過大だと糸切れや粗大結晶粒生成など、これもまた強度低下の原因となります。

現場でのテンション管理の難しさ

テンション管理は主にロードセルやダンサーローラーによって行われるものの、糸ごとの微細な湿度変化や経年によるガイドローラー摩耗などで、実際の掛かり具合が日々微妙に変化します。

また、異常時は作業者が感覚的に「いつもより手ごたえが軽い」「音が違う」など、どうしても属人的な判断になりがちです。

延伸テンション補正のイノベーティブな施策

①AI・IoTによるテンションマッピング
近年のデジタル技術導入でおすすめなのは、ライン全体にテンションセンサー(ロードセル等)を数十点設置し、AI・IoTで全体傾向を“見える化”することです。

AIによる異常パターン検知や過去データからの予兆保全も十分に可能です。

②フィードフォワード制御の導入
従来のフィードバック閉ループだけでなく、投入原料情報や前段階の湿度・温度データから“起こりうる伸びムラ”を予測し、あらかじめ延伸機側で補正を打つ『フィードフォワード制御』は、先進的かつ現実的です。

大手繊維業界で一部導入が始まっています。

③作業標準の再定義と教育刷新
標準作業書を“形式的な文書”ではなく、実際にどれだけ工程変動の根本要因抽出ができているか。

ラインリーダーに現場勘だけでなく、データ異常値と現象のひもづけスキル教育を強化することが、アナログ業界からの脱却に不可欠です。

業界動向と将来の展望 ~バイヤー・サプライヤー双方に知ってほしいこと~

調達バイヤーの視点:なぜ安定品質がそこまで大切か

製造業バイヤーが最も重視するのは「納入ロットごとの物性安定」「ロス低減」「クレームゼロ」です。

風速・テンション管理の良否はダイレクトに“安定量産力”=調達リスク低減へと直結します。

現場知識を持つバイヤーほど、工程変更時の再現性やサプライヤーのデータ管理体制に厳しく目を光らせているのが実態です。

サプライヤーの立場:設備投資と現場力のバランス

単純なコスト競争だけではなく、どれだけ安定した製品を供給し続ける現場オペレーションを築けているか。

それがサプライヤーとしての競争優位(“選ばれる理由”)や、継続的な信頼関係の構築のカギとなります。

また、現場ベテランの“勘”とデジタルデータを組み合わせていくことが、今後は真の現場力向上策となるでしょう。

まとめ ~今こそ現場の“深い知見”が求められている

糸の機械強度低下は、単なる品質トラブルで片付けるべき問題ではありません。

冷却ゾーン風速制御と延伸テンション補正――。

この二つの地道な対策の積み重ねこそが、現場力と製造業の底力を支える基盤だと私は確信しています。

今の日本の製造業は、デジタル化・設備投資競争を前にしても、古き良き現場の“手触り感”や“経験知”がまだまだ生きるアナログの強みを持っています。

しかし、それを真の意味で価値に変えるには、風速・テンションといった「見えづらいパラメータ」の徹底的な見える化と、現場知識の標準化・データ化が不可欠です。

バイヤーを目指す方にも、サプライヤー企業で顧客目線を考えたい方にも、本記事が実践的ヒントとなれば幸いです。

これからも「現場と経営、アナログとデジタル」をつなぐ、未来志向の製造業を共に目指しましょう。

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