投稿日:2025年9月17日

関税率の変動リスクに備える製造業のコスト試算方法

はじめに:関税率の変動が製造業にもたらすインパクト

グローバルなビジネス環境において、関税率の変動は製造業のコスト構造に大きな影響を及ぼします。

特に近年は、米中摩擦や各国の経済政策の変化、FTAやEPAといった経済連携協定の適用拡大など、予期せぬ関税改定が相次いでいます。

実際に大手メーカーや地場産業を問わず、原材料や部品の調達コストが突如跳ね上がったという経験を持つ現場も多いのではないでしょうか。

この記事では、関税率の変動リスクを現場目線でどのように捉え、具体的なコスト試算へ落とし込むかについて解説します。

同時に、歴史的にアナログ色の強い日本の製造業が陥りがちな思考パターンから一歩抜け出し、これからの製造業に必要なラテラルシンキングの考え方も盛り込んでいきます。

関税リスクを見過ごしがちな現場実態

表面的なコスト試算の限界

日本の製造業現場では、調達や購買のコスト試算といえば「部品単価×数量+輸送費」が基本です。

しかし、グローバル市場の波に晒される現代では、単純な数字合わせだけでは通用しません。

関税は国や地域、品目ごとに細かく設定されており、ちょっとした法改正や国際的な政変で数パーセント単位で上下します。

この数パーセントが、薄利多売の製造現場にとっては生死を分ける大きなインパクトとなるのです。

調達・購買担当者の課題意識

購買経験の浅い若手バイヤーや、長年同じサプライヤーからしか仕入れてこなかった場合、関税の知識は後手に回りがちです。

また、「これまでも問題なかったから今後も大丈夫」という属人的な判断が、昭和から続く現場文化に根強く残っています。

結果、「想定外のコスト増」や「利益圧縮→減産スパイラル」といった事例が散見されます。

サプライヤーはバイヤーの不安を読んでいる

逆の立場、つまり自社がサプライヤーであっても、バイヤーの関税リスクへの目配りは不可欠です。

なぜなら、バイヤーが「数年後に関税改定が入りそうだ」という不安を持つと、長期契約・価格交渉の場で確実にその話題が出てくるからです。

サプライヤーも、「なぜ今このコストを気にするのか」「どの範囲まで情報提供すべきか」を常に意識して対応する必要があります。

現場目線での実践的・関税コスト試算の進め方

1. 調達品目と関税分類の洗い出し

まず、調達品目ごとにどんな関税が適用されているのかを正確に把握します。

ここで重要なのは、「HSコード(関税分類番号)」の特定です。

例えば、同じ鉄鋼部材でも加工度や原材料原産地によって分類や税率が異なります。

各国の税関サイトやJETROのデータベースを活用し、最新の関税率を定期的に確認しましょう。

2. シナリオごとのコスト影響試算

単純に現行の税率だけを見てもリスク対応にはなりません。

「現状維持」「5%アップ」「10%アップ」「関税ゼロ」といった複数のシナリオを設定し、それぞれのコストパターンを表計算ソフト等でシミュレーションします。

複数サプライヤーからの調達や、調達国の分散シナリオとも組み合わせ、「最悪値」と「ベスト値」のレンジで原価がどう振れるかを見える化します。

3. 長期契約・価格見直しにも反映

関税リスクが高まる兆候があれば、サプライヤーと交わす契約書内でリスク分散条項を設けましょう。

たとえば「関税率が3%以上変更となった場合、価格再協議を行う」など、フレキシブルな約束を盛り込み、突発的なコスト増に備えます。

4. 本社経営層や現場部署との情報共有

関税リスクは、現場の購買担当だけで抱え込む問題ではありません。

関税改定の影響が大きい品目、想定損益へのインパクトなどについて、定期的に経営企画や営業、品質管理部門とも情報共有の場を設けましょう。

最悪の場合は「生産拠点移転」や「現地調達強化」といった会社全体を揺るがす意思決定が必要になるからです。

日本的アナログ体質からの脱却とは

「前例踏襲主義」という思考停止

日本の多くの企業では「前年通り」「古株がOKなら大丈夫」というリスク認識が根強く残っています。

この体質は一見、現場を安定させるように思えますが、実は未知の変化に対応できない元凶です。

特に関税のようなグローバルに動く要因は、前例を基準にしても全く役に立ちません。

ラテラルシンキングでリスクを広くとらえる

ラテラルシンキング(水平思考)では、従来の延長線上にない視点から課題を考えることを重視します。

例えば、関税上昇への対応も「サプライヤーチェンジ」「現地生産化」「資材設計変更」など、複数の手段を並列に深堀りします。

特にIT化が遅れている製造業では、情報の早期可視化やシナリオ分析への着手自体がラテラルな行動となります。

「今動かなければ業界全体が世界から取り残される」という危機感が、新しい一歩を後押しします。

デジタルツールと現場知見の「二刀流」

関税情報の自動オンタイム取得、部品分解と税率自動計算、シナリオ試算のExcelマクロ化など、今や最新ITツールは誰でも使える時代です。

ただし、機械的な数値分析だけでなく、「なぜこの部品はこの国から調達していたのか」「現場作業者のスキルセットとのバランスはどうか」といった細かい現場知見との組み合わせが重要です。

ベテランの経験則と新しい技術を融合させることで、より実践的かつ柔軟な試算手法が生まれます。

あえて問う。「関税ゼロ化」は本当にリスクフリーか

FTA(自由貿易協定)・EPA(経済連携協定)による関税の撤廃が進む中、時に「もう関税リスクは消えた」と思い込む方もいます。

しかし、FTA適用には厳格な原産地証明や手続きが求められます。

突然の地政学的リスクや国境を越えたコントロールバリューにより、FTA適用外となる場合もあり得ます。

「関税ゼロ=安全」と思い込むのではなく、FTA利用の審査基準変更リスクや突然の制度破棄もシナリオに入れておくことが、堅実なコスト試算には不可欠です。

今日からできる行動リスト

1. HSコード・関税率の棚卸チェック

主要な購買品目すべてに関して、直近のHSコードと関税率を表で管理しましょう。

最低でも年1回は最新データと突合せを行います。

2. 関税変動リスク情報の定点観測

経産省、JETRO、各国商工会議所のウェブサイトや業界紙などから、関税動向情報を定期的に収集します。

自社のみで難しければ、専門コンサルや貿易商社との連携も想定します。

3. 情報を「現場レベル」まで落とし込む

関税リスクの想定シナリオや試算結果は、単なる経営報告で終わらせず、現場担当者の作業基準・月例ミーティングの議題までしっかり落とし込みます。

まとめ:世界は常に変化している。先手必勝のマインドを

関税率の変動リスクは、現代のグローバル製造業に不可避の課題です。

従来の属人的な管理手法や「前年踏襲」のロジックから一歩踏み出し、データと現場のリアルを組み合わせた能動的なコスト試算が不可欠です。

調達・購買担当者だけでなく、製造現場全体、さらにはサプライヤーも巻き込みながら、業界の新たな地平線を切り拓いていきましょう。

今日から始める小さな工夫が、やがて大きな製造現場力の差となります。

時流を先読みできる現場こそが、グローバル競争に勝ち残るのです。

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