投稿日:2025年8月31日

仕入先選定時の与信調査不足による未回収リスク

はじめに:製造業における与信調査の重要性

製造業の現場でモノづくりを支える調達購買部門において、「仕入先選定」は会社の命運を左右しうる重要な業務です。

その中でも、「与信調査」が十分に行われていないことによる未回収リスクは今なお多くの企業に影響を及ぼしています。

高度経済成長期の名残で性善説的な取引慣行や、現場の「付き合い重視」の文化が色濃く残る日本の製造業では、この与信調査が疎かになりがちです。

しかし、万が一仕入先が倒産し、納品した部品やサービスの代金が未払いとなった場合、その損失は企業経営を大きく揺るがします。

本記事では、実務経験を持つ筆者の視点から、なぜ与信調査が製造業の要となるのか、未回収リスクの現状と事例、そして実践的な対策、アナログ業界に根付く慣習への打ち手などについて、具体的かつ深く掘り下げていきます。

なぜ与信調査が必要なのか?製造業ならではの特徴を踏まえて

長期・高額な取引が生む特有のリスク

製造業では原材料や半製品、設備までもが大口・長期間で取引されることが一般的です。

また、部品の納入スパンが長期にわたる場合、注文から納品・検収・支払いまでに数ヶ月単位のタイムラグが発生します。

これにより「納品後に倒産、債権回収困難」といった事態に陥るリスクが存在します。

取引規模が大きいほど、回収不能額も膨らみ、損失がダイレクトに業績へ反映されるのです。

系列意識と義理人情、属人的な与信判断

日本の製造業現場では、「昔からの付き合い」「親会社や系列会社だから安心」「現場担当者が信頼している会社」という理由で、財務状況の確認や調査を省いてしまう場面が未だ根強く残っています。

また、バイヤー担当者が「顔が効く」「頼まれたから…」など、属人的な判断のみで取引を拡大させてしまうこともしばしばです。

コロナ禍による経済変動で顕在化した与信リスク

近年、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱、不景気による仕入先の資金繰り悪化もかさなり、調達購買部門にとって与信リスク管理の必要性はかつてないほど高まっています。

今まで「大丈夫だろう」と思われていた中堅仕入先や、老舗企業でさえも「突然の経営破綻」に見舞われています。

未回収リスクの実態と実際起こっている現場の失敗事例

突如起こる倒産・夜逃げ~リスク顕在化の一例

筆者の実体験を例に挙げましょう。

ある半導体部品の仕入先A社は、地域でも老舗の実績があり、バイヤー歴5年の担当者も「問題ない」と判断していました。

ところが、2回目の納品直後に代表が「夜逃げ」し、数千万円の売掛金が未回収のまま消失。

A社は以前から貸借対照表上の負債比率が高く、財務内容が健全ではない兆候がありましたが、長年の付き合いと◎◎業界組合加盟の”看板”で油断していたのです。

未回収だけでなく、「生産が止まる」「代替調達に奔走」「新たな先への支払いが二重になる」といった二次三次の損失も生まれました。

信用情報の未チェックによるミス

仕入先B社が小規模な町工場の場合でも、信用調査会社 teikoku databankや東京商工リサーチのデータベースを活用せず、現場目線の「人柄」や「現地視察」のみで判断しがちな企業も多くあります。

表向きは誠実そうでも、実際は銀行借入延滞や大口取引先からの支払い遅延(下請法違反)が隠れていた、という後から判明するケースも。

結果的に不良在庫化や、工程遅延・損失計上へと発展しました。

アナログ業界から脱却する与信管理フローの確立

現場の肌感覚だけに頼らないチェックリスト

1. 商業登記簿の最新取得(本店移転・経営陣変更・資本金減少など変化点の把握)
2. 信用調査会社から直近3年の財務諸表・格付け情報を取得
3. 支払いサイトや過去の債務不履行履歴の確認(遅延や分割含む)
4. 主要取引銀行・与信枠の設定状況の確認
5. 業界内での噂や、実際に現場ヒアリングを行う

現場の担当者だけでなく、調達部門や経理部門と連携し、これら複数の側面で仕入先を確認することが肝要です。

社内マニュアルと承認フローの標準化

取引金額・重要度に応じた与信調査の深さ、定期的な見直し・再調査の実施、ルール化された承認フローの整備。
特に経営陣や監査部門による定期レビューを設けることで、属人的な判断から脱却できます。

また、与信枠管理のシステム化(EXCELだけで済ませない)を進めることも重要です。

サプライヤーにもメリットを説明するアプローチ

「おたくを信用していない」のではなく、「健全な長期取引のため、与信調査は全社ルール」と、バイヤーから誠意ある説明が必要です。

サプライヤー側も大手バイヤーの基準や動きを知っておくことで、自社経営の健全化や情報開示の準備につなげるチャンスとなります。

なぜ“昭和的調達”がいまも残るのか?業界の深層心理に迫る

付き合い至上主義の根深さ

「ウチはあの社長と飲んだ仲だから…」「昔からの技術屋同士で…」といった、競争と合理性より“情”が勝る文化。

依然として“紹介ベース”や“持参名刺の数”で判断する経営者世代も多いです。

サプライチェーン重層構造と情報のブラックボックス化

多重下請け構造や、系列外調達の増加により、全体像の把握が難しくなっています。

与信調査のノウハウや最新情報が調達現場まで共有されていなかったり、「あちらが審査済なら安心」という他人任せの風潮も根強いです。

デジタル化・自動化への過渡期の戸惑い

本来は与信業務自体もAIツールや自動スコアリングで効率化できる時代。

ところが導入現場では「手書き」「FAX依頼」「判子承認」が支配的で、部門間の情報連携が遅れている企業も少なくありません。

未回収リスク低減のためのベストプラクティス

1. 与信情報の“鮮度”を維持する

仕入先の財務情報や信用調査レポートは“定期的”に再取得することが肝要です。

新規取引時だけでなく、半年・1年ごとに見直す体制を。

決算情報の変化や業界再編など、変動する要素を継続的にウォッチしましょう。

2. 取引条件を柔軟に設計する(担保・前払いの活用)

財務内容に懸念がある場合、掛取引(後払い)から前払い(or手付金)へ変更、分割払い依頼の検討など、段階的な条件見直しを提示することも有効です。

特に初回または単発取引、高額の一括発注時などはリスクヘッジ策を積極的に使いこなしてください。

3. 代替サプライヤーの常時ストック

万一に備え、主要部品・サービスごとに最低2社以上の仕入先候補をキープしておくこと。

BCP(事業継続計画)に基づき、定期的な棚卸しとスイッチング訓練を行うとよいでしょう。

4. サプライヤーマネージメントの“声掛け”を日常に

価格交渉や数量調整だけでなく、「資金繰りどうですか?」「経営でお困りのことありませんか」といった一言が意外にも経営状況の変化を知るヒントになることがあります。

粉飾やギリギリの経営は、「現場の元気さ」「納期遅延の兆候」「部品供給の不安定化」など、現場から早期発見できる場合もあります。

おわりに:現場が“自分ごと”でリスクを捉え、対策を積み重ねる

仕入先選定時の与信調査不足による未回収リスクは、決して他人事ではありません。

世界のマーケットやサプライチェーンが急速に変化する中、調達バイヤー一人ひとり、取引先との最前線に立つ現場担当者が「備えの習慣」を定着させることが、組織を守り、ひいては日本の製造業の底力につながります。

“昭和的なやり方”の良さを伝承しつつも、時代に応じた与信管理フロー、全社一丸での情報共有、そして人の目と仕組みの両輪でリスクをマネジメントする姿勢が大切です。

製造業に勤める方、バイヤーを志す方、サプライヤー経営者の皆さまが、今日から一歩ずつ始められる「未回収リスク対策」に、ぜひ取り組んでみてください。

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