投稿日:2025年9月11日

輸出入取引におけるサイバーセキュリティリスクと対応策

はじめに:製造業のグローバル化とサイバーセキュリティリスクの高まり

製造業は、かつて国内中心だった事業領域から、急速にグローバル展開が進みました。

サプライチェーンは国境を越えて複雑化し、部品調達や製品販売も国際間で行われる時代となっています。

このような輸出入取引の拡大によってビジネスチャンスは広がりましたが、一方で避けて通れないのが「サイバーセキュリティリスク」です。

特に昭和時代から続くアナログ的な商習慣や、紙・ファックス文化が色濃く残る現場では、サイバーリスクへの意識が十分に浸透していないことも多いです。

この記事では、製造業の現場目線で実際に起きうる脅威や、その背景、さらには即実践できる対策までを解説します。

製造業の輸出入現場に潜むサイバーセキュリティリスク

サイバー攻撃のターゲットになりやすい実情

製造業の輸出入取引では、受発注データ、設計図面、特殊な製造ノウハウ、顧客リスト、価格情報など多くの機密情報がやり取りされます。

攻撃者はこうした情報に狙いを定め、標的型攻撃メール(なりすまし)、システムへのランサムウェア侵入、さらにはサプライヤーや運送業者を経由してネットワークへ入り込む「サプライチェーン攻撃」を仕掛けてきます。

実際、国内外問わず大手製造業や下請け企業がサイバー被害を受けた事例は毎年のように報告されています。

特に輸出入に関わる工程では、以下のようなリスクが顕在化しています。

典型的な脅威の実例

– 取引先を偽装した請求書による不正送金(BEC攻撃)
「本来の送金先が海外の新口座に変わった」と偽メールで指示され、本来とは違う犯人側の口座に数千万円を送金してしまうケースがあります。

– 業務委託先経由のマルウェア感染
部品メーカーや運送業者のITリテラシーが十分でない場合、その弱点を突かれてメール添付ファイルやUSB機器からマルウェア侵入を許すことがあります。

– クラウド型貿易管理システムの脆弱性
近年導入が進む貿易管理クラウドシステムが攻撃され、原材料手配情報や価格表が外部流出した事例もあります。

– IoT機器を経由した工場・倉庫設備へのハッキング
自動倉庫や生産ラインのコントローラがネットワーク経由で制御されている場合、不正侵入により生産停止や物流遅延を引き起こされることもあります。

リスクが高まる理由:昭和的アナログ文化の落とし穴

現場に根付く「紙」や「FAX」、属人的な運用

多くの製造現場では、熟練担当者が独自のノウハウで業務を遂行し、見積書・発注書・船積書類などを紙やFAXでやりとりすることが珍しくありません。

さらに、価格や仕様交渉もメールより電話・対面を重視する文化や、「これまで大きな問題がなかったから大丈夫」とする根強い油断が存在します。

このような環境では外部からの電子的な情報流入について無自覚になりがちで、「怪しいメール」や「不審なファイル」の取り扱いがおろそかになる傾向があります。

サプライチェーンの多重構造化と“情報の滞留”

製造業は下請け・孫請け・多国籍企業を巻き込む大規模かつ多層的なサプライチェーン構造を持ちます。

情報共有の仕組みが不十分で、Excel・メール添付・クラウドなど複数の手段が混じり合い、どこで情報が漏れるか管理できていないケースも散見されます。

搬出入や製品のトレーサビリティ情報が外部から見えてしまい、「競合企業による産業スパイ」や「模倣品製造の温床」といったリスクにもつながります。

業界動向:デジタル化の潮流と進む対策義務化

政府・取引先主導によるセキュリティ要件の厳格化

近年、経済産業省をはじめとする国の機関や、大手グローバル企業が取引先に厳しいサイバーセキュリティ基準を求める動きが加速しています。

– NIST SP800-171やCMMCといった国際標準準拠のガイドライン
– サプライチェーン全体のセキュリティ評価質問票(Security Assessment)
– 万一起きた場合のインシデント報告体制の整備義務

これらはほんの一例で、サプライヤーの立場でも知らないうちに高いレベルのセキュリティ対応が必須となってきています。

またEU向け輸出の場合はGDPRなど個人情報保護法対応も求められるなど、国際取引特有の追加要件も増えています。

デジタル化、IoT導入による新たな脅威/防御の両面性

多くの現場で貿易管理や生産管理のクラウドサービス、IoTによる遠隔監視が普及し生産性アップを実現しています。

しかし新たなテクノロジーの導入は「攻撃対象が増える」という裏返しでもあり、従来の「物理セキュリティ一辺倒」では守り切れなくなっています。

情報システム部門のみならず、調達・生産・品質管理など各現場主体でのセキュリティガバナンスが不可欠になっています。

現場視点で考える実践的なサイバーリスクへの対応策

現場で今すぐできる「基本のキ」

– 怪しいメールや添付ファイルは絶対に開かない、クリックしない
送り主が社名・担当者名を装っていても、直接電話で確認する習慣を浸透させる
– 不審な送金口座変更依頼は、必ず事前確認
口頭説明や過去取引内容と照合し、思い込みで処理しない仕組みをつくる
– パスワードは他システムとの使い回し禁止、こまめな更新の徹底
紙の書類や共有ファイルにパスワードを書いて残さないよう意識付けをする
– FAXや紙書類のスキャン→メール転送時も、宛先ミスや誤添付を再確認
安易な「一斉送信」は情報漏洩の温床です。確認者を設けるだけで劇的に減らせます

システム・設備レベルでの強化策

– 会社PC・サーバーのウイルス対策ソフト、OS・アプリ常時アップデート
特にグローバル調達専用PCや貿易管理システムは優先して最新状態に保つ
– USB等リムーバブルメディア持ち込み制限
海外現地拠点・サプライヤーとのやりとりには社内専用のファイル共有クラウド利用を推奨
– 「誰がどこにアクセス出来るか」を厳格管理
不要なアカウントや外部協力業者の権限は速やかに停止し、アクセス履歴を定期確認する

組織としての備え:インシデント発生時の被害最小化

– インシデント発生時の連絡体制(誰に、どの順番で報告するか)をマニュアル化
「恥ずかしいから」と隠すのではなく、速やかに報告・対応できる雰囲気を醸成します
– 取引先、サプライヤーとも連携した「共同訓練」を実施
疑似的に不審メール・情報漏洩を疑似体験することで、普段のうっかりミスを減らします
– サイバー保険・ビジネス保険の検討
被害発生時の損害補てんや、訴訟リスクに備える方法も視野に入れておくと安心です

後工程を知ることで防げるリスク

バイヤーや購買担当が「自分はデータを集める、流すだけ」と思い込むとリスクを見落としやすいです。

情報がどのように利用され、どんな加工が加わり、誰がアクセスできるのか――“川下”工程の実情を学ぶことで、より実践的な防御線を張ることができます。

また、サプライヤー側もバイヤーの課題や懸念、「なぜこの情報が必要か」を把握すれば、事故の予防だけでなく信頼構築にも役立ちます。

まとめ:サイバーセキュリティは製造業発展の土台である

昭和の時代から続くアナログや“現場至上主義”の強みは、確かに製造業の成長を支えてきました。

しかしデジタル時代の輸出入取引では、その強みが致命的な弱点になりかねません。

サイバーリスクは見えない敵ですが、現場一人ひとりが意識と習慣を変え、小さな行動を積み重ねることで大部分の被害は防ぐことができます。

日本のものづくりの底力を維持し、グローバル市場で戦い続けるために。

今こそ、サイバーセキュリティを現場の“当たり前”にすることが求められています。

バイヤー・サプライヤー問わず、現場主導で安全な取引環境を共に築き上げていきましょう。

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