地域行政が推進する“脱属人化”と供給可視化のためのデータ共有モデル

はじめに～製造業現場を変える“脱属人化”の波

製造業の現場は、時代の変化とともに着実に進化を遂げてきました。

しかし今なお、昭和型のアナログな手順や“人”に大きく依存した属人的な運用が深く根付いている企業も少なくありません。

そのような状況の中、近年ではDX推進の流れやサプライチェーンリスク対策の重要度が増しており、「脱属人化」と「供給の可視化」を目指した取り組みが各地で活発化しています。

この動きは国主導というより、むしろ地域行政や地方自治体レベルで加速していることが大きな特徴です。

本記事では、多くの現場経験を踏まえ、地域行政が推進する“脱属人化”と“供給可視化”のためのデータ共有モデルについて、バイヤー・サプライヤー双方の視点も交えながら、徹底的に深掘りしていきます。

属人化の何が問題なのか：実務目線で考察

工場やサプライチェーンの現場では、ベテラン担当者による口伝や独自ノウハウ、暗黙のルールによって業務や判断がなされるケースが多数存在します。

たとえば発注先の選定や納期調整、品質トラブル対応なども“あの人しか知らない、できない”仕組みになりがちです。

しかし、これが次のようなリスクを内包しています。

ナレッジ継承の断絶

急な退職や異動により、重要なノウハウ・交渉術が一瞬で“ブラックボックス”化する恐れ。

サプライチェーンのボトルネック化

担当者レベルの勘や経験則に委ねられた運営は、外部環境変化や緊急事態時に脆弱性を露呈します。

全体最適化の遅れ

データや情報が限定的にしか共有・活用できず、全体視点での生産性向上やコスト削減が難しくなります。

特に昨今の地政学リスクや原材料危機、パンデミックなどを受けて、“脱属人化”の必要性が製造現場で再認識されるようになっています。

地域行政が舵を切る背景

グローバルな課題をサプライチェーン全体で解決するには、個社の努力だけでは限界があります。

そこで、各地の自治体や経済産業局、中小企業支援団体などが主導し、地域レベルで“脱属人化”と“データ連携”の基盤整備を推進しています。

なぜ行政主導なのか？

中小企業が多い地方では、大手メーカーに比べシステム投資や人材育成のリソースが乏しいのが現実です。

また、特定業界や特定人材・サプライヤーへの過度な依存解消は、地域全体の競争力強化、災害対応力の底上げにも繋がります。

行政が旗を振ることで、業界・企業の枠を超えた共通基盤の開発・普及が実現しやすいのです。

主な取り組み事例

以下は実際に動き出している“脱属人化”・“データ共有”の代表的なプロジェクトです。

• 地域産業連携プラットフォームの構築（例：共通EDI、BOM一元管理システム）
• サプライヤー・バイヤーのマッチング支援やデータベース化
• BCP（事業継続計画）の統合や連携による情報共有
• 製造履歴や不具合情報のトレーサビリティを広域に展開

行政による助成金やシステム導入支援、専門家派遣などハードとソフト両面からの包括的サポートが、現場の実装力を後押ししています。

供給可視化～データ共有の実際と業界動向

“データ共有”と聞くとIoTやAIを活用した最先端システムを想起するかもしれませんが、まずは本当に必要な情報を、関係者が“共通の言語”で“いつでも見える化”することこそが第一歩です。

工場現場からデータ共有の重要性を考える

例えば、筆者が工場長時代に直面した課題として

– 受注から納期変更・工程負荷状況・仕掛品在庫・外注先の進捗
– 不良や異常発生時のエスカレーションフロー
– バイヤーからの緊急発注依頼や設計変更情報
などが“関係者単位”でしか把握できず、全体最適の判断が後手に回ることが頻繁にありました。

可視化による具体的な効果

– 発注・調達業務の進捗や遅延リスクがリアルタイムに把握できる
– サプライヤー状況（生産能力、在庫、障害情報）を随時共有できる
– 部門・企業間で“なぜ今こうなっているか”の背景が透明化しやすい
– 属人的なトラブル対応からシステム化された対策へ転換できる

たとえば、中堅企業同士がEDI（電子データ交換）や数値ダッシュボード、共通BOM管理システムを活用している事例も見受けられます。

昭和的アナログ文化とどう向き合うか

とはいえ、まだまだFAXや電話、紙伝票が標準業務で使われている現場も多いのが日本の製造業のリアルです。

この文化は一朝一夕に変わるものではなく、現場担当者の“安心感”や“コミュニケーション重視”といった日本特有の商習慣とも密接に関連しています。

だからこそ、いきなり高度化したIT基盤に全社で乗り換えるのではなく

– 部分的な可視化から徐々に業務フローを電子化（スモールスタート）
– 慣れ親しんだ紙・口頭伝承情報を段階的にデジタル連携する手法
– 担当者の不安や抵抗感を解消するための教育・メンタリング
– 論理（データ）と心理（現場感覚）の橋渡し役の人材配置
など、“現場とITの摩擦”を丁寧にほどいていく必要があります。

データ共有モデルが逆転発想を生む

“情報は力”という言葉がありますが、一方的な情報集約や管理強化だけでは、バイヤー・サプライヤーの関係に新たな“壁”を生み出しかねません。

ここで重要なのは、従来の上下関係的な調達管理から、“共創型”のデータ共有モデルへの発想転換です。

サプライヤー視点でのメリット

透明性が確保されることで、無理な納期要請や急な設計変更、発注量変動のリスクを事前共有でき、より対等な立場でバイヤーに提案や意見がしやすくなります。

また、納品実績や品質データが可視化されることで、安全・安心なサプライヤーとしての“証明力”も向上します。

バイヤー視点でのメリット

一元的な供給リスク把握、調達先の多角化提案の容易化、緊急時の代替調達など、“リアルタイム”かつ“エビデンスベース”な意思決定が可能になります。

数値と現場知恵の融合によるベストソーシングが実現し、企業全体の最適運営に繋がります。

ラテラルシンキング：新たな地平線を拓くには

従来、データ管理は「コスト削減」「効率化」の文脈で語られがちでしたが、たとえば

– 供給ネットワークの“地域統合”で新たな価値創造（異業種連携や新製品コラボ）
– サプライヤー同士のピアレビュー・学び合いによる品質向上コミュニティ
– 納品遅延や不良率などの“マイナス情報”もオープン化することで、業界全体の底上げ
– バイヤーとサプライヤーが“共通の未来地図”を描く協働体制

といった、単なる発注・受注の枠組みを超えた地域産業の“面”での成長に繋がります。

まとめ～現場の未来と向き合う処方箋

“脱属人化”と“データ共有”は、単なるIT化の話ではありません。

製造業という“人”と“もの”が織りなす現場の知恵を、次世代にも残していくための“産業の進化のかたち”です。

地域行政が主導する共創モデルは、アナログ文化と最先端デジタル技術の間にあるギャップを埋め、“現場力”を地域全体で底上げする力を持っています。

属人化という“昭和の壁”を壊し、データという“新しい言語”を共通基盤とする供給可視化のモデル。

それは、バイヤー・サプライヤー双方にとって、“つながり”を強め、“信頼”と“挑戦”を生み出す新たな産業の原動力となるはずです。

今いる現場の課題を直視し、できることからスモールスタートで実践を始めましょう。

管理職の方も現場スタッフも、またサプライヤーの皆さんも、ぜひ一度“データ”という武器を手に取ってみてください。

製造業の未来を地域・業界の垣根を越えて切り拓くための、新しい一歩を踏み出すことができるはずです。