投稿日:2025年6月30日

ヒューマンエラー防止を実現する身体特性に基づく設計手法

はじめに:製造現場が抱えるヒューマンエラーの本質

製造業におけるヒューマンエラーは、どれほど自動化やIoTが進んだ現代でも重大な課題として残っています。

なぜなら、最終的に製品やサービスを生み出す現場には必ず「人」が関わっており、その特性がミスやトラブルの原因となるケースが依然として多いからです。

昭和から続く現場の常識や習慣も大きく影響を与えており、単なるチェックリストやダブルチェックの徹底だけでは根本解決には至らない場面も多々見受けられます。

ヒューマンエラー対策の本質を見つめなおすには、「人の身体特性」を深く理解し、それに基づいた設計手法を取り入れる必要があります。

本記事では、長年の現場経験をもとに、身体特性に基づく設計手法と、現実の工場でどのように活かしていけるのか、多角的に解説します。

バイヤーを目指す方やサプライヤーの方にも、現場視点での気付きが得られる内容となっています。

身体特性から考えるヒューマンエラーの原因構造

ヒューマンエラーの3分類と現場での実例

ヒューマンエラーと一口に言っても、その原因はさまざまです。

大きく分けて「認知エラー」「判断エラー」「操作エラー」の3つに分類できます。

認知エラーは情報の見落とし、判断エラーは誤った意思決定、操作エラーは手や体の動かし方に起因します。

たとえば、作業指示の伝達ミスや、複雑な工程表の読み間違い、ボタンの押し間違いに代表されるのは、そのすべてが「人」の身体や心理的特性に由来しています。

人間工学が明らかにする“できない理由”

人には見える色や聴こえる音、把握できる大きさ、届く範囲など、明確な限界があります。

しかし、現場では「慣れれば大丈夫」「注意すれば防げる」といった根性論がいまだ根強く、こうした“できない理由”を組織的に認めない風土も存在しています。

たとえば、手袋着用での細かな部品組み立ては「感覚を頼りにすれば問題ない」とされがちですが、実際には触覚の鈍化で誤組立や落下が起きやすくなるのは人間工学的にも明らかです。

現場のリアルな側面を改めて可視化することが、ヒューマンエラー防止への第一歩です。

身体特性を活かした設計手法のポイント

1. 設備・治工具のユニバーサルデザイン化

製造現場の設備や治工具は、使う人の性別、年齢、体格、利き手など多様な身体的個性に配慮しなくてはなりません。

たとえば、初めて作業する人でも迷わず正しい設定や操作ができる「ガイドピン」や「形状キー」を組み込む。

スイッチやハンドルは、手に取りやすく自然に誤操作しにくい配置にする。

視認性が低い場所には、色覚障害者にも配慮したカラーデザインや、大きなピクトグラム、触知可能な突起を設ける。

こうした改善は“昭和的カンコツ(勘とコツ)”で乗り切る体質から脱却し、スペック重視では得られない利便性の向上につながります。

2. マニュアルや表示の“情報過多”を防ぐ

作業手順書や注意喚起の表示は、“万が一”のリスクを網羅しようとするあまり、情報量が多すぎて逆に混乱を生む場合が少なくありません。

人間が一度に記憶・処理できる情報には限界があり、たとえば7±2チャンク(人が短期間で覚えやすい情報量)という心理学的法則が指摘されています。

必要な情報を優先順位付けし、「やるべきこと」と「やってはいけないこと」を瞬時に判別できる表示方法を設計しましょう。

写真やイラスト、動画による直感的な説明へ置き換えるだけでも、エラー発生率を大きく下げられます。

3. 作業姿勢と導線設計の最適化

身体がどのように動きやすいか、不自然な姿勢や無理な力がかからないかを現場で実際に検証することが重要です。

特に高齢化や女性従業員の増加、多国籍スタッフの雇用が進む中、従来の“標準体型”を前提とした設備・レイアウトからの見直しが欠かせません。

ユニバーサル設計の原則に従い、多様な身体特性をモックアップやシミュレーションで検証したうえで、導線や作業エリアの間隔を適正化することが、ヒューマンエラー低減の土台となります。

アナログ業界からの脱却に向けた現場主導のアプローチ

“カイゼン活動”に身体特性の知見を加える

日本の製造業といえば“カイゼン活動”が根付いています。

ポイントは、これまでの「手順や管理」の見直しに加え、「人の身体特性」という科学的根拠を現場のカイゼンネタに織り込むことです。

例えば、ミスが頻発する工程を担当者視点で再現し「なぜ誤るのか、どこまで身体的に無理があるか」を全員で体験。

その気付きに基づいて設備や手順を改善します。

この過程こそ新しい組織知となり、属人的な“昭和的名人芸”から脱却できます。

現場・工程・サプライヤー間で「身体特性情報」の共有を

バイヤーやサプライヤー、間接部門との連携でも、ヒューマンエラーのリスク情報を「品質記録」や「ヒヤリハット事例」として定期的に共有しましょう。

現場だけにノウハウや実態を閉じてしまうと、バイヤー側は「何に苦労しているのか」理解できず、的外れな仕様や納期調整となりがちです。

視点を変え、設計時点から身体特性を織り込むことで、「迷惑をかけない調達」「信頼されるものづくり」へとつながります。

“設計段階”から身体特性を織り込む具体的手法

ヒューマンエラー防止シートの導入

設計段階や工程設計の初期に「ヒューマンエラー防止シート」を用意し、作業の各ステップについて発生しうるエラーと、その原因となりうる身体的制約を洗い出します。

例えば
・操作対象までの到達距離や高さ
・組立時の部品方向の判別困難さ
・安全装置の位置や色の見やすさ
・複数の作業を同時に行う際の腕の移動の無理
などを具体的に列挙します。

このチェックリストが、ダブルチェック禁止やポカヨケ(間違い防止機構)の導入を合理的に判断するための客観的根拠になります。

デジタルツインやシミュレーション活用

最近のデジタルツイン技術や3D CAD、VR(バーチャルリアリティ)を活用すれば、設計段階で作業者の目線・身体動線・利き手などを仮想空間で再現できます。

直感的に「この場所は左手では操作しにくい」「この表示は作業中に死角になる」といった課題を抽出・可視化することで、ヒューマンエラーの芽を設計段階から摘み取ることが可能です。

業界動向:持続的なヒューマンエラー対策の新潮流

高齢化・多様化時代の新・人間工学

少子高齢化の進展により、現場の作業者層はますます多様になっています。

従来の「若くて力のある男性」を前提にした設計や作業マニュアルは限界に来ており、まったく新しい人間工学的アプローチが求められています。

厚生労働省やJIS規格でもユニバーサルデザインやヒューマンファクターの考え方が拡大しており、今後は法規制・監査基準でも「身体特性に配慮した設計」が評価される流れとなるでしょう。

DX・データ主導の継続的改善

従来は「失敗事例」を記録し再発防止策をめぐる対症的アプローチが主流でしたが、今後はIoTやセンサーで「人の動き」「操作頻度」「エラー傾向」を逐次データ化し、AI解析に基づく設計フィードバックが当たり前になります。

現場の身体特性情報がデジタルデータとして蓄積され、その知見が次世代設備や治工具の設計にダイレクトに反映される時代が目前です。

これはバイヤーやサプライヤーにも新たな競争力の源泉となります。

まとめ:ヒューマンエラー防止で目指す“人を活かすものづくり”

ヒューマンエラーを防止し、ものづくり品質を高めるには、テクノロジーや仕組みだけでなく「人間」という根本要素に向き合うことが何より大切です。

身体特性を無視した現場の“常識”を打破し、誰もが安心して正確な作業を実現できる設計・運用への転換こそ、次世代の製造業の成長エンジンとなります。

バイヤーやサプライヤーの立場からも、現場のリアルと課題意識をしっかり共有し合い、現場・設計・調達が一体となって工場の未来を描いていくことが求められます。

人を活かし、人と協調する「温かい自動化」こそ、昭和以前・デジタル以降の橋渡しとなる新たな製造業像と言えるでしょう。

本記事が、皆様の現場改善やキャリア発展のヒントとなれば幸いです。

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