投稿日:2025年8月14日

公差表の機能分解で必要品質と不要品質を切り分ける設計術

はじめに:公差表とは何か

ものづくりの現場で「公差表」という言葉は避けて通れません。
公差表は、各パーツごとに許容される寸法のズレを明確にした表です。
このズレ、つまり「公差」を如何に設定するかが商品の品質、生産コスト、ひいては現場の生産性と生産管理のしやすさに直結します。

昭和から令和にかけても、未だ多くの製造業が「なんとなく」「経験則」でしか公差表を作っていません。
図面に既定値をそのまま転記しただけの公差指定も、専門分野では散見されます。
本稿では、公差表を単なる数値の羅列ではなく、「機能単位」で深く分解し、必要品質と不要品質を切り分けることで“頭打ちの現場力”を抜きん出た競争力に変える設計術を解説します。

公差管理が製造現場にもたらす真の価値

公差は設計者、バイヤー、現場責任者それぞれの立場で意味が異なります。
設計者にとっては性能・信頼性の保険。
バイヤー視点ではコスト低減の要。
現場にとっては作業のやりやすさ、本質的な不良削減と繁忙対策の土台です。

公差が厳しすぎると良品率は下がりコスト増。
逆に緩すぎると機能や安全性に重大な影響が出ます。
見逃しがちなのは「根拠のない公差設定」が多くの潜在コスト(手戻り、再確認、無駄な検査、取引先との軋轢)を生み出している点です。

機能分解で公差表を“設計”するという発想

パーツの“機能地図”を描く

製品やモジュール単体で考えがちな公差設定ですが、重要なのは「何のためにその寸法が、そして公差が必要なのか」を機能に落とし込むことです。

例えば、シャフトと穴の嵌合なら
・トルク伝達性(滑り不可)
・温度変化時の膨張吸収
・組み立てやすさ
…など、複数の機能・目的が絡みます。
それぞれ必要な「精度範囲」は異なり、その合成値こそが本来の公差です。

“ムダな高精度”をどう洗い出すか

実際の公差表は往々にして「使われていない機能精度」まで盛り込まれます。
根拠を機能単位ごとに解体し、“安全側に振った過剰品質”を切り分ける。
この時、
・過去不具合(クレーム、歩留まり低下)のデータ
・現場オペレーターの声、実際の加工・組み立て記録
・サプライヤーにおける生産実態
といった多面的な視点が必要です。

ここに現場経験とバイヤーの視点、設計者の俯瞰的視野を結集させることがポイントになります。

実践:公差表の機能分解プロセス

1. 製品仕様書の“機能要素”への再マッピング

製品全体から“目的とする機能”ごとに分割します。
例えば、家電部品なら
・耐振動性
・防水性
・熱膨張吸収
…といった機能を個別に切り出し、関連寸法を明示します。

2. 寸法ごとの“責任機能”と“品質ハードル”の明確化

各寸法の“理由”を以下の軸で洗い出しましょう。
・製品として絶対に必要な機能(エッセンシャル機能)
・市場やユーザーが求めていないものの“過剰についていた”品質(不要品質)
・現場・調達先がコスト的に最適な品質(リーズナブル品質)

これにより、緩和可能な箇所の“見える化”が進み、公差表の最適化が一気に加速します。

3. シンプルかつ分かりやすい共通言語化

機能ごとの公差理由を「誰もがわかる」文章、図解に落とすことで、設計・生産・バイヤー間の認識齟齬(コミュニケーションロス)が激減します。
これがDX時代の“標準公差表”の出発点です。

なぜアナログ業界に「不要品質」がはびこるのか

昭和的なものづくり現場では、「念のため」「昔からやっているから」という属人的判断が依然として幅を利かせています。
設計と現場、生産管理と購買、取引先とサプライヤーの間で機能的根拠が不透明なままの公差表も多いです。
その結果、
・不要な精度維持コスト発生
・取引先への過度な負荷、逆に“ゆるすぎる”指定でクレーム頻発
・設計構想への制約
という負のスパイラルを生んでいます。

不要品質の正体は、「判断の根拠不明」「過剰申請」「意図が現場に伝わっていない」の3つです。
これを打破できるのが、“機能分解設計”の醍醐味と言えるでしょう。

バイヤー・サプライヤーの視点:公差表の本質理解が新時代交渉力

バイヤーは何を考えているのか

バイヤーの使命は「過剰品質に惑わされず、本当に必要な公差・品質を見極めコストと納期を最適化すること」です。
裏を返せば、
・この公差は何のため?
・もっと緩和してよい場所はどこ?
・いつ、どこにリスクヘッジを敷くのか?
──という目線でサプライヤー・設計者と対話しているのです。

サプライヤーが把握すべき“交渉材料”とは

サプライヤー側も「設計都合に全部従うのが正解」ではありません。
むしろ、
・本質的な精度ニーズを確認
・自社の生産工程で現実的なバッファ範囲
・管理・測定・検査コストとの兼ね合い
こうした技術+経営視点で“機能分解”公差表を主張できれば、一歩抜きん出たパートナーシップが築けるのです。

公差表の未来:デジタル化と“属人知”の融合

図面データや公差表のクラウド共有が進む令和の製造現場ですが、一方で個々の現場知、ベテランの経験値もまだ無視できません。
これらを融合して
・過去不具合・コスト情報のDB化
・機能分解根拠の見える化
・AIによる最適公差案生成
などに繋げていくのが次の世代の強い現場です。

新技術は「不要な人員の省人化」ではなく、「現場知の高度活用」「真に不要品質の削減」にこそ活かしていくべきです。

おわりに:現場と設計、購買、サプライヤーの壁を越えて

公差表は“現場を束縛する制約”ではなく、“現場力を最大限に発揮するための道具”です。
機能分解によって初めて「どうしてこの品質が必要なのか」「どこを緩和可能か」が見えてきます。
この知見を設計・購買・生産現場・サプライヤー間で分かち合うことが、誤解や無駄な負担をなくし、日本のものづくり全体を底上げする鍵です。

昭和から抜け出せないアナログ業界も、実は「機能分解」という地味だが本質的な一歩で大きく変わるポテンシャルを持っています。
今こそ、部門横断で“公差の再設計”に取り組んではいかがでしょうか。

皆様の現場改革の一助になれば幸いです。

You cannot copy content of this page