投稿日:2025年10月24日

レトルト化で変わる食材の風味と食感を補正するための設計の考え方

はじめに:レトルト食品が抱える「おいしさ」の課題

食品業界において、「レトルト」は圧倒的な利便性と長期保存性で市場を拡大してきました。
しかし、その製造プロセスにおいては、多くの技術者や調達担当者が「食材の風味・食感の低下」という壁にぶつかっています。
私も現場で、バイヤー・サプライヤー・開発各部門の調整に汗をかいてきた経験があります。
今回は、レトルト化の背景と現場で実践してきた風味・食感の設計ノウハウについて解説します。

レトルト食品の特徴と業界の現状

加熱滅菌による品質の変化

レトルト食品の最大の特徴は、120度前後の高温・高圧で加熱滅菌する工程です。
このプロセスによって微生物の繁殖を抑えて長期保存を実現しています。
その一方、野菜のシャキシャキ感や肉のジューシー感が消失しがちで、「レトルト臭」ともいわれる独特な風味が生まれる課題があります。

昭和から続く「アナログ発想」と現代のギャップ

多くの現場では、「昔ながらのやり方」から脱却できていないケースが少なくありません。
たとえば、冷凍食品なら仕入時の食材グレードを厳格に設定しますが、レトルト向けには「煮崩れしやすい規格外品でもいい」といった油断が時おり見受けられます。
この意識のズレこそが、レトルト食品のクオリティに大きく影響します。

食材の風味・食感を守るための設計思考

品質設計は「逆算」と「平準化」から始める

食材本来のおいしさを活かすには、「最終商品として顧客が食べる瞬間」にどんな風味・食感であるべきかを明確に設計することが不可欠です。
ここで重要なのは、現場が「逆算思考」を持つことです。
すなわち、顧客が食べるタイミング=レトルトプロセス後の状態をゴールとして、原材料の選定や加工方法を組み立て直す必要があります。

食材の物性変化を事前にデータ化する

たとえば、にんじん・じゃがいもは加熱により形が崩れやすくなります。
レトルトプロセス前後で、硬度・水分量・色調などを測定し、「どの程度食感が変化するか」「味が抜けるか」を明文化しましょう。
これにより、調達の時点で「加熱後も形状が維持しやすい品種」「色・繊維質の強い産地もの」を選定できる仕組み作りが可能です。

調味設計の「補正力」がモノをいう

レトルト加熱では、揮発性成分(香り)やアミノ酸(うま味)が減少します。
現場では、通常よりもやや濃い目の味付けにしたり、料理工程で「後入れスパイス」や「香味油」の投入タイミングを工夫したレシピを開発すると、風味の損失を抑えることができます。

同じく塩味や甘味も、加熱後に数値でどのくらい減衰するかを試作で分析し、味の「補正率」を管理すると、ブレの少ない製品設計が実現できます。

「Darwinism」的な現場改善がカギ

現場の知恵と工夫の積み重ねが最終的な品質につながっていきます。
今使っている食材・工程がベストかどうか疑い、その都度細かい実験や現物評価(官能検査)を重ねて最適条件を模索しましょう。
いわば「生き残る味」=顧客が認めるおいしさが、現場に根付くことが製造業の進化に直結します。

バイヤーとサプライヤーで協業する「品質の見える化」

旧来型の調達から「パートナーシップ型」へ

従来の調達手法では、「価格で仕入れる」「品質規格書で合格したものをそのまま使う」ことが主流でした。
しかしレトルト化を意識すると、サプライヤー側でも「加熱しても崩れにくい規格」「味損失が少ない加工方法」を持つところ、つまり“プロセスに強い工場”が重宝されるようになります。

バイヤーとしては、単なる購買担当を超えて、サプライヤーと一体となったレシピ改良やプロセス改善の場を設けていくことが今後の主流となります。

「官能・理化学データ」をもとにPDCAサイクルを回す

現場では、試作段階で実際にサプライヤー品を加熱してみて、「外観」「香り」「食感」「味」などを官能評価します。
あわせて、成分分析(例えば、加熱前後のアミノ酸量、硬度計による食感データ)も取得し、「数値でも品質変化の傾向」が見えるようにしましょう。
バイヤーはこのデータをもとに、「ここはもっと硬めで出荷してほしい」「加工をこの順序にしてほしい」といった注文を明文化できます。

業界全体のパラダイムシフトへ

昭和から続いてきた「とりあえず使える食材を安く確保」の発想から、今後は“適材適所の食材選定”と“工程設計による風味・食感の追求”こそが、新しいレトルト食品開発の主流になります。
複数産地・複数サプライヤーを常にテストしながら、最終製品のおいしさを守る仕組みを調達部門から主導しましょう。

新しい地平線:レトルトの常識を超える挑戦

IoT・AIによるスマート製造の可能性

今後は、レトルトプロセスにIoTセンサーやAI分析を採用し、リアルタイムで食材の変化をとらえながら「加熱時間」「圧力」「調味料の投入タイミング」といった点を最適化することができるようになっています。
これにより、従来は経験者のカンでしか調整できなかった「おいしさのブレ」を大幅に低減することも夢ではありません。

「分割投入」や「追い調味」の新機軸

一部の先進的な工場では、メインの煮込みと、香りや粘度を決める素材を2段階で封入する「分割投入」方式や、出荷直前に新たな香辛料やオイルを添加する「追い調味」工程を採用しています。
サプライチェーン全体で食材とプロセスの最適な組み合わせを創出する取り組みが、今後スタンダードになっていくでしょう。

まとめ:実践的なレトルト設計の勘所

レトルト食品は、単なる利便性の食品から「おいしさとサステナビリティを両立」する次世代商品へと進化を遂げています。
そのカギは、「逆算思考の設計」と「官能・理化学データにもとづく継続的な品質改善」にあります。
調達バイヤーもサプライヤーも一体となり、「風味と食感」を数値化し、日々アップデートしていくことで、昭和的アナログ時代から抜け出し、世界に誇るレトルト食品をつくりあげていくことができるでしょう。

この知見が、現場での実践や業界のイノベーションに役立つことを願ってやみません。

You cannot copy content of this page