投稿日:2025年9月29日

提案が実行されない最大の原因はデザイン軽視だった事例

提案が実行されない最大の原因はデザイン軽視だった事例

はじめに:なぜ製造業では「提案が通らない」のか

私は20年以上にわたり、製造業界、とくに調達購買・生産管理・品質管理・工場自動化の現場を歩いてきました。
その中で、若手や現場から「もっと良いやり方がある」と提案が上がってくるものの、なかなか実行されずに終わる。
こうした現象を幾度も見てきました。
なぜ、良い提案はなかなか通らないのか。
その最大の要因が実は「デザイン軽視」にあることに、多くの管理者やエンジニアが気付いていません。
ここで言うデザインとは、単に見た目の美しさだけでなく、「情報設計」「現場フロー」「体験価値」すべてを含みます。

昭和の流儀:製造業現場に根付くアナログな文化

日本の製造業は、成功体験の積み重ねから来る強力な伝統、職人芸、現場主義が根付いています。
昭和から続く「カイゼン」の精神で、現場メンバーによる改善活動が至るところで行われています。
こうした改善の歴史は偉大ですが、根底には「古き良き価値観」がしっかりと根付き、現代的なデザイン思考やシステム設計は、なかなか浸透してきませんでした。
紙での申し送り、FAXでの発注、手書きの伝票管理。
「見れば分かるだろう」「やっている人が分かればよい」という思い込みが、多様化する現場環境や世代交代にそぐわなくなっています。

事例1:現場の声が通らない、資料の「見た目設計」軽視

設計部門の若手社員Aさんが、とある部品の工程短縮を目指した改良案を提案しました。
管理職との会議で意気揚々とPowerPointデータを提出。
内容は素晴らしいものでしたが、会議の中盤、「もう一度説明してくれる?」という発言が相次ぎました。
理由は明快です。
資料はろくにデザインされておらず、フォントはばらばら、図表も煩雑、要点がどこか一目で分かりません。
結果として、「わかりにくいから後日もう一度まとめ直して」と持ち帰り案件に。
忙しい現場で再度チャンスが巡ってくることは稀です。
提案は静かに消えていきました。

実はこの「資料デザイン軽視」による提案ボツは、製造業現場で非常に多い“あるある”なのです。

事例2:システム導入提案の失敗。現場体験のデザイン不足

とある工場で、自動発注システムの導入を購買部門が提案しました。
目的は、発注ミスの削減とリードタイム短縮。
紙の伝票、FAXを一掃し、タブレットで全員が死角なく状況を把握できる意欲的なシステムです。
ところが本稼働直前、現場のベテラン作業者から「操作が煩雑だ」「現場のどこで入力すれば分からない」「俺たちの仕事を知らない人が作っただろ」と反発が噴出。
原因は、現場フローの体験を十分にデザインしていないまま、IT側の都合や“良かれ”だけで仕様を固めてしまったためでした。
最終的にこのプロジェクトは延期となり、システムは宝の持ち腐れに終わりました。

デザインとは「見やすさ」「分かりやすさ」だけじゃない

デザインと聞くと、グラフィックや装飾的な部分に目が行きがちですが、ビジネス現場、特に製造業で求められるデザイン力は「情報設計」と「体験設計」が核となります。

情報設計の重要性:
・提案資料であれば、誰が見ても要点が3秒で把握できる構成
・データの論理性を視覚的に伝える図表・フロー図
・現場のオペレーション手順書であれば、手順が一目でわかるマニュアル化

体験設計の重要性:
・新システムならば、現場作業者がどのように使い、どこで迷い、どこで躓くのかを丁寧にシミュレート
・ベテランにも新人にも「それなら簡単だ」と思ってもらえる工程をデザイン

この2点を軽んじることで、せっかくのアイディアも現場や決裁者に響かず、「分からない」「難しそう」の一言で終わってしまいます。

成功へのカギ:提案を「腑に落ちる」デザインで伝える

製造現場には多くの階層、職種、世代が共存しています。
技術畑出身の工場長もいれば、営業出身のマネージャー、現場でたたき上げたベテラン作業者、若い新卒メンバーもいます。
そこで重要なのは、「誰でも腑に落ちる共通言語」にデザインすることです。

例えば、
・難しい技術説明は図解にし、現場作業と紐づけて説明
・提案目的とメリットを冒頭で簡潔に「見せる」
・導入フローやToDo、責任者を色・レイアウトで明確化
・操作性はプロトタイプ段階で極力多くの現場メンバーと検証

この「誰でも理解でき、納得できる」デザインが、単なる思い付きや机上の空論と既存メンバーから思われないために不可欠なのです。

工場DX、サプライチェーン強靭化時代こそ「デザイン」の力

2020年代、製造業の現場にはDX(デジタルトランスフォーメーション)、SCM(サプライチェーンマネジメント)の波が押し寄せています。
その本質は、技術の刷新と同時に、「現場が変化を受け入れ、運用できる設計」を実現できるかどうかです。
調達担当や生産管理者が「分かったつもり」でシステムやルール変更を推進しても、現場の心が追いつかないことが最大の壁となります。
本当の意味で製造現場の競争力を上げるには、「提案のデザイン」「変革のデザイン」に本気で取り組む必要があります。

アナログ現場にこそ根付く慣例と“こだわり”、その扱い方

昭和気質のアナログ現場には、一見非効率なようで、泥臭い美学や匠の技が生きています。
新旧の価値観をデザインで橋渡しすることが、変革を現実化するポイントです。
具体的には、昔ながらのホワイトボードや紙運用も、うまくIT化やシステム化にかませながら、「現場が自分たちの居場所を保ちつつ、自然と新しいやり方を受け入れられる」仕組みを設計しましょう。

ただし、一方的なマニュアル押し付けや、「これが最新だから」「とにかく効率化」といった論理だけでは反発を招きます。
重要なのは、対話と共感を前提にした「人間中心設計(ヒューマンセンタードデザイン)」であり、今ある仕事のスタイルや思いを丁寧にすくい上げながら、新しいやり方に巻き込んでいく工夫なのです。

デザイン力のある提案が“組織を動かす”事例

最後に、私自身が現場で目撃した「デザイン力」で変革を成功に導いた事例を紹介します。
とある大手部品メーカーの購買部門では、海外サプライヤーとの調達リードタイム短縮を目指し、デジタル化を強く推進していました。
最初の提案は「英語ができない人には無理」「現地現場と意思疎通できない」という壁で頓挫しかけました。
そこで、ITや海外調達経験のある若手バイヤーが、現場日本人・海外現場・英語に苦手意識のある担当者それぞれに「体験ワークショップ」を開催。
実際の発注プロセスを模擬体験し、リアルにどこで戸惑うか、何が頭に入らないかをコンテンツデザインしました。
結果、現場の“肌感覚”をチューニングした説明資料、FAQ、チャットボットを設計することで「このやり方なら現場でやれる」「自分も変われそうだ」と共感を得て、シームレスな導入に大成功しました。

まとめ:これからの製造業は「デザイン力」が決め手

製造業の提案が実行されない最大の原因は、内容の良し悪し以前に、「誰のための、何を変える、なぜやるのか」を現場目線で分かりやすくデザインできていないことに起因するケースが多いです。
デザインを軽視したままでは、いかなる現場改善も、DXも、SCM強化も空回りするだけです。
現場が腑に落ち、組織が納得し、変革が初めて動き出します。

この記事が、製造業バイヤーやサプライヤーはもちろん、製造現場で提案や変革に挑戦する皆様のヒントとなれば幸いです。
あなた自身の現場、組織で、ぜひ「デザイン」から始める変革を実践してみてください。

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