社長の鶴の一声で現場改善の方向性が変わる問題

はじめに：現場改善はなぜ「社長の鶴の一声」で揺れるのか

製造業において現場改善は永遠のテーマです。

コストダウン、品質向上、納期短縮、人手不足の克服——どれを取っても現場では大きな課題が山積しています。

そうした中で、「社長の鶴の一声」で現場改善の方向性が突然変えられる経験は、多くの工場やサプライヤー現場で語り草となっています。

なぜこのような事態が起こるのでしょうか。

また、それは本当に現場にとって悪いことでしょうか。

今回は、バイヤー・サプライヤー双方や、これから業界に携わる方へ向け、現場目線でこの問題の根深さと解決のヒントを掘り下げます。

昭和のアナログ体質が残す「トップ主導」文化

現場改善がトップダウンで進む背景

日本の製造業は戦後から高度成長期を通じ、「現場力」と「ものづくり力」を強みとして世界をリードしてきました。

しかし、その裏側には「年功序列」「オーナー経営者の絶対的発言力」といった、昭和から続く企業文化が根深く残っています。

特に大手になるほど「現場＝実行部隊」「改善＝経営陣のビジョンの実現手段」という意識が強く、ボトムアップによる本質的な改善が難しくなるケースが散見されます。

昨今、デジタル化やダイバーシティ推進、SDGs経営といった新たな潮流が現場にも波及していますが、まだまだ「社長の鶴の一声」が全てを動かす構造は根強いのが実態です。

なぜ「鶴の一声」は現場を混乱させるのか

社長や経営層が強権を発動する状況は、一見スピード感のある改革には見えます。

しかし、現場レベルではこのような現象が発生します。

– これまで積み上げた改善活動の方向性が一夜で変わる
– 一度失敗した施策が復活し、同じ失敗を繰り返す
– 経営層の意向にすり合わせるための「根回し」や「忖度」が横行する

結果として、現場の主体性や自律性が損なわれ、「どうせまた変わる」といった冷めたムードが蔓延。

積極的な改善提案が出づらい体質になります。

これが「言われたことだけやる」「抜け漏れの責任逃れ」に終始し、現場カイゼンが形骸化する主因です。

本来の現場改善：現場主導とトップの想いのバランス

「現場が主役」が唱えられる背景と現実

現場改善の理想形は「現場が自ら問題点を発見し、自主的に改善活動を進めること」です。

トヨタ生産方式（TPS）や5S活動、QCサークルといったフレームワークもその精神を体現しています。

しかし、多数の工場・サプライチェーンを統括する大企業ほど、ボトムアップが機能不全に陥りやすいのが実情です。

なぜなら、
– 成果を急ぐあまり、数値指標ばかりを追う風潮に流されやすい
– 中間管理職が「報告・連絡・相談」だけに追われ、改善の本質に向き合う暇が無い
– 改善が「やらされ感」になり、現場社員の創意工夫が生まれにくい

現場改善はこのバランスが崩れると、絵に描いた餅になります。

トップダウンとボトムアップ、その融合こそが鍵

改善活動を活性化させるためには、「トップダウン」と「ボトムアップ」の絶妙な融合が不可欠です。

– トップが現場へのリスペクトと方向性提示を忘れない
– 中間管理職が現場の困りごとやアイデアを可視化し、経営層へ持ち上げる
– 現場従業員が「こうしたい」という想いを言える組織風土を醸成する

本当に現場に根付いた改善を進めるには、社長の「夢」「想い」と現場社員の「現状認識」「問題意識」が融合し、創発的なアイデアが生まれる仕組みづくりが要です。

バイヤー・サプライヤーが直面する「一声リスク」

バイヤーの視点で見た「一声」による混乱

調達・購買セクション、いわゆるバイヤー職に就く方も「社長の鶴の一声」の影響を大きく受けます。

たとえば新製品の立ち上げやコスト削減目標、サプライヤー選定の方針が急に変更されることは珍しくありません。

結果として、
– サプライヤーに既に伝えていた仕様や条件を土壇場で変更する事例
– 長期的なパートナーシップが築けず、安く仕入れるだけの関係に戻ってしまう
– サプライヤー側からの信頼低下、安定供給への悪影響

こうしたケースを繰り返すと、誠実なサプライヤーほど離れていき、企業全体の競争力低下に直結します。

サプライヤーが学ぶべき「バイヤーの事情」

心あるサプライヤー・下請け企業の多くは、「なぜまた条件がコロコロ変わるのか」「バイヤーは本音で交渉しているのか」と悩みます。

しかし、バイヤー自身も社内政治や経営層の気まぐれな方針転換に日々翻弄されています。

この事情を理解することで、
– 急な仕様変更に柔軟に対応するバッファを持つ
– バイヤー個人と信頼関係を築き、情報共有を密にする
– 変化に強い生産体制や開発力を磨き、リスク分散する

といった戦略的対応が可能となります。

一方的に「発注側のわがまま」と捉えるのではなく、バイヤー内部の動きや力学に目を向ける姿勢が重要です。

「鶴の一声」時代を乗り越えるための実践策

現場管理者・リーダーが取るべきアクション

私自身、現場の工場長・部課長として悩んだ経験が何度もあります。

そんな時、以下の実践策が効果的でした。

1. 「なぜ今この方針なのか？」の説明を必ず求める
経営層の想いや背景まで現場に伝え、納得感を醸成します。

2. 変更の「良かった点」と「困る点」を現場から集約し、経営層に伝える
現場の声を上手く経営層に吸い上げることで、現場無視の方針が定着しづらくなります。

3. 少なくとも3か月・6か月単位での「軸」を設ける
改善の「軸」や「大枠」だけはぶらさない工夫をします（例：最優先は納期短縮、品質は現状維持 など）。

現場社員が持つべき心構え

1. 「全部変わる」と諦めるのではなく、小さな改善から着実に継続する
2. 経営方針が変わっても活きる普遍的なスキルやノウハウを身につける
3. 失敗から学び、他現場との交流や横展開を積極的に行う

こうした積み重ねが、どんな「一声」でも揺るがない現場体質をつくります。

まとめ：本当の現場改善に向けて、何が必要か

現場改善は「社長の鶴の一声」でカンタンに大きく方向転換する問題に直面し続けています。

しかし、その本質は「トップと現場の信頼関係」「現場の声を聴く文化」「迅速な情報共有」「自律的な現場の創出」に尽きます。

バイヤーやサプライヤー双方、そして現場の全ての人が「他責」ではなく「自責」と「連携」の姿勢を持ち続けることが、変化の激しい時代において唯一の競争力となります。

現場の方も購買・調達の方も、相手の立場や事情を少し想像し、新しい地平線を切り拓く「対話」と「挑戦」を一緒に進めていきましょう。

それが、現代の製造業における真の現場改善の第一歩です。