投稿日:2025年9月3日

量産立ち上げ時に発生する歩留まり不良の責任を巡る紛争と合意形成の事例

はじめに

製造業の現場では、量産立ち上げ時に「歩留まり不良」がしばしば発生します。
この課題は、バイヤー(購買担当者)とサプライヤー(供給者・メーカー)の間で責任の所在を巡る紛争となりやすいです。
昭和時代からの“現場主義”や“口約束文化”が色濃く残る業界特有の課題も重なり、摩擦が絶えません。
本記事では、長年工場現場に携わった経験をもとに、典型的なトラブル事例、合意形成の実践的アプローチ、現場での気付きやヒントを詳しく解説します。
製造現場の方、バイヤーを目指す方、サプライヤー立場の方に役立つ「生きた知恵」を共有します。

歩留まり不良とは?量産立ち上げの特殊性

歩留まり不良とは、製造工程で生産された品物のうち、規格外・不良品が一定割合発生する状態を指します。
試作段階では目立った不具合が出なかったにもかかわらず、量産に切り替えると突然不良品が多発する―こうした現象は決して珍しくありません。

その背景には、次のような要因があります。

生産条件の変化

試作と量産では、機械の稼働速度、作業員の人数やスキル、部品や材料のロット規模が大きく異なります。
試作では一品一品に目が届きますが、量産ではヒューマンエラーや微細な条件変化が不良を引き起こしやすくなります。

管理体制の構築途上

量産立ち上げ時は、現場の標準作業書や管理手順がまだ成熟していないことが多いです。
管理体制が未整備なまま稼働を始めることで、工程逸脱や確認漏れが増え、不良品が生まれやすくなります。

納期プレッシャーと現場の焦り

新製品の量産は、大型取引の受注、顧客納期のプレッシャーが強く働きます。
現場は「何としても形にしなければ」という一心で見切り発車することもあり、後から不良発生が顕在化します。

このような事情が複雑に絡み合い、量産立ち上げ時の歩留まり不良が起こりやすくなっているのです。

責任の所在を巡る紛争が起きる理由

歩留まり不良が発生すると、サプライヤーとバイヤー間で「誰にどこまで責任があるのか?」という対立が生まれやすくなります。

契約内容があいまいな場合

昭和時代から続くアナログ企業には、口頭による調整や過去の慣習・紳士協定がまだ残っています。
「どうせ今回も従来通り下請け責任だろう」と曖昧に物事が進み、いざ問題が起きた際に記録や契約が根拠にならないことが少なくありません。

技術的責任のグレーゾーン

「図面通り作ったのに設計変更になった」
「材料は顧客支給品で自分たちは関与していない」
「試作段階では承認をもらっていた」
など、責任の分界点が非常にあいまいです。
お互いに主張しあうばかりで直接対立を産みやすくなります。

信頼関係の希薄化

価格競争が激しい現代では、バイヤーもサプライヤーも効率・コストを最優先しがちです。
日頃の関係構築が疎かになりやすく、不良発生時に感情的な衝突に発展しやすくなります。

実際に経験した紛争・合意形成の事例

私が現場責任者として体験した、いくつかの代表的な事例を紹介します。

事例1:設計変更後の不良品大量発生

ある電子部品メーカーの量産立ち上げで、バイヤー指示による図面改訂がありました。
しかし、改訂案内が現場に十分伝わらず、旧図面のまま生産。
量産後の全数検査で不良率30%に。
サプライヤー側は「設計変更の伝達責任はバイヤーにある」と主張。
一方、バイヤーは「管理徹底すべきはサプライヤーの責任」として譲りませんでした。
最終的には、以下の合意に至りました。
– 設計変更が発生した際、書面による明確な指示経路を再確認
– 初期不良品に対する補償費用は双方で分担
– 今後の設計変更共有方法を標準業務に取り込む

まさに「曖昧な伝達」が招いた典型的なケースでした。

事例2:材料ロット不具合による連鎖的不良

自動車部品の量産現場で、バイヤー支給の金属材料ロットに異常が混入。
検査工程を通過し、数千個単位で組み立てが進んでいました。
最終製品の品質検査で一部材料起因の不良が発覚。
バイヤー側は
「支給材は社内認証済み。不適品流出はサプライヤー(現場)の選別不足だ」
と主張しましたが、サプライヤー側の出荷・受入検査体制が適合しており、材料由来であることが技術的に立証されました。
結果として補償責任は材料供給側(つまりバイヤー)であることが合意され、不良品の交換費用、追加検査費もバイヤー負担となりました。

この事例は、
– 供給・検査責任の明文化
– トレーサビリティ確保
の重要性を如実に物語っています。

事例3:新規量産ライン初期段階の歩留まり低下

熟練作業員不足、部分自動化の未熟さが重なった新規量産ラインで、初期歩留まり60%まで低迷。
当初、バイヤーは「既存メーカー水準並みにできると聞いていた」という認識でしたが、現場側としては「立ち上げ直後の安定化期間は織り込み済み」と主張。
この食い違いを埋めるには、
– あらかじめ「初期特有の歩留まり悪化」を契約条件・仕様書に明記
– 月別進捗確認をLOI(同意書)で取り交わす
– 目標歩留まりや合格判定の暫定基準をすり合わせる
というプロセスを経て、お互いの期待値と現実のギャップを解消しました。

量産立ち上げで“争い”を回避する実践的アプローチ

昭和的な現場文化が根強い今でも、“争い”を減らし合意形成を加速するには、いくつかの実践的ヒントがあります。

1:責任範囲を事前に文書化・契約化する

設計変更、材料支給、品質判定基準―
これらの責任・分担範囲を抜け漏れなく、契約書・仕様書・確認議事録へ明記する。
特に変更点は「書面(電子データ可)で証跡を残す」運用を徹底します。

2:技術検討やFA(Failure Analysis)を合同で実施

不良原因の確定は、現場だけ・設計だけではなく、バイヤーとサプライヤー合同で「見える化・説明責任」を果たすことが重要です。
合同ウォークや再現実験、QCストーリー(なぜなぜ分析)を活用し、主観的な押し付けを避けましょう。

3:意思決定や証跡を”見える化”する

調整プロセスや合意内容は現場掲示やポータルサイト等で透明化します。
Excelなどによる工程管理や計画進捗も可能な限り可視化し、現場・管理部門・取引先間でギャップが生じないよう配慮します。

4:交換対応・損害補償は柔軟に協議

不良が発生してしまった場合、一方的な押し付け合いにならないよう、“和を以て貴しと為す”精神も大事です。
「今回は折半、次回は技術指導を強化」など、現場事情・再発防止の仕組みづくりも盛り込んで交渉しましょう。

昭和アナログの呪縛を超えるために必要な視点

製造現場は今も多くの“紙文化”“ベテラン依存”“なあなあ文化”が生きています。
もちろん、現場の短時間対応力や「見て覚えろ」という技能伝承は大事な側面もあります。
しかし、グローバル競争・多品種少量化・仕様変更の激増に対応するには、根本的な“再定義”が不可欠です。

1:口約束・仮ルールから公式運用への転換

「これまで通り」ではなく、「今回の量産でどこまで合意できているか」を可視化することが肝要です。
たとえ社内でも、部門横断の協議や新しい品質基準のセットを心がけましょう。

2:ITツール・デジタル化の活用

変更伝達や進捗確認、検査データの保存などは、なるべくデジタルツールを活用すると属人性が減り、証跡も残ります。
量産トラブルも分析が容易になり、争いの火種を減らすことができます。

3:Win-Win発想での交渉力

不良発生時の補償ひとつを取っても、労務負担・材料調達・納期リカバリの3要素を「どれだけ分担できるか」を話し合う視点が大切です。
対立のための対立ではなく、共存共栄のためのディスカッションを心がけましょう。

まとめ:今こそ“実践知”を武器に次世代へ

量産立ち上げ時の歩留まり不良は、「誰の責任か」を巡る火種となりがちです。
ですが、現場のリアルを知るプロとして最も大切なのは、「争いから創造的な合意形成へ」進化する姿勢です。
アナログ文化を悪と決めつけるのではなく、長年培った現場知とIT・新契約手法を融合し、「納得解」を生み出しましょう。

バイヤー志望の方はリスクと責任分担の同志となる視点を、サプライヤーはバイヤーの意図や現場とのギャップを理解した運用を心がけてください。

私たち製造業の一人ひとりが、“争い”を“共創”の源泉に変えられる新たな地平線を切り拓くこと、それこそが令和のものづくりで求められている力ではないでしょうか。

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