投稿日:2025年9月9日

共同マーケティング契約の費用分担が曖昧な場合に起こる紛争事例

はじめに ― 共同マーケティング契約の費用分担の落とし穴

製造業の現場では日々さまざまな企業間取引が行われていますが、近年特に増えているのがメーカーとサプライヤー、あるいは複数メーカー間での「共同マーケティング」です。

共同マーケティングとは、2社以上の企業が協力して、市場プロモーションや新製品発表、販促キャンペーンなどを展開する手法です。
コスト分散や相乗効果が得られる一方、最も紛争になりやすいのが「費用分担の曖昧さ」です。

私自身、20年以上の製造業現場経験を通じて、さまざまな共同プロジェクトや外部パートナーとの協業に携わってきました。
その中で痛感したのは、「費用分担は曖昧にしてはいけない」という現場の鉄則です。
昭和から続くアナログな取引慣行が今も根強く残る製造業界では、この失敗が今も絶えません。

本記事では、共同マーケティング契約で費用分担が曖昧な時に、どんな紛争が起こり、製造業企業や現場にどんな影響が出るのか。
現場視点の実例や、日本特有の業界文化も絡めて深堀し、解決策や今後のあり方を探ります。

費用分担の曖昧さが生む3つの典型的な紛争事例

1.「想定外の請求」から生まれるトラブル

キャンペーン費用や広告出稿費などを双方話し合わず、「だいたい半々くらいで」とだけ合意していた場合、いざ請求時になるとトラブルが勃発します。

ある輸送機器メーカーのケースでは、共同展示会の会場費・運搬費・ノベルティ作成費を「折半」というだけで契約書を締結。
展示会終了後、帳尻合わせのためにイベント事務局側から莫大な追加請求がサプライヤー側へ送られました。
サプライヤーは「折半なのに、こんなに多いのはおかしい」と調整を要求。
事務局は「販促経費の一部(複数回参加分)は御社分」と主張し、数か月にわたり紛争が続きました。

この事例の最大の問題点は、「どの費用」が「どの分担比率」で「どの範囲」まで負担するのかを明記していなかったことに尽きます。

2.「工数・間接費」の未定義がもたらす対立

もう一つの典型は、「人件費や間接業務コスト」の扱いに関するトラブルです。

例えば、協業で販促動画を制作した際、制作進行のディレクションや部品手配・調整などをサプライヤーが多く負担。
しかし営業側は「実際に支払いが発生する費用のみを折半対象」と解釈し、自社の間接コストの負担だけがかさみます。
その後、気まずい関係になり、プロジェクト全体が不調に終わるケースもよく見かけます。

特に製造業では「見積もりに現れない工数」に無自覚なまま契約し、自社の負担が過大化してから初めて問題化する、という事態がしばしば発生しています。

3.「予算超過リスク」放置に起因する責任の押し付け合い

実施中に突発的なコスト(緊急の追加広告や外注費、想定外の配送コスト等)が生じた際、「その都度相談」で済ませていた場合も大きな紛争が起こります。

業務用機器の共同マーケティング事例で、新型コロナ影響によるオンライン販促への切替に追加経費が必要となりました。
メーカー側は「この範囲はサプライヤー補填」と要望し、一方サプライヤーは「コロナは不可抗力で双方折半が妥当」と主張。
この齟齬が後の大型案件分配にも尾を引き、互いの信頼喪失につながった…という現場の声も多数聞かれます。

紛争が生じる背景:昭和的“なあなあ取引”と日本的業界構造

なぜ費用分担が曖昧になり、いまだに同じようなトラブルが繰り返されるのでしょうか。
その根底には日本製造業特有のアナログな慣行や、業界文化があります。

1.「曖昧さ」を美徳とする取引文化

日本の製造業界は、信頼や義理人情を重んじる傾向が強く、契約ごとに細かな取り決めをすることを「信頼関係にヒビを入れる」とみなす風土が残っています。
特に昭和世代の現場では「だいたいこのくらいで」「まあ割り勘で」と商談をまとめる場面を今もよく目にします。

しかし世の中のスピードが増し、グローバル標準が求められる時代、この「曖昧な合意」は大きなリスクとなっています。

2.ピラミッド型下請構造に起因する“泣き寝入り”

商流の上位(バイヤー)と下位(サプライヤー)の力関係がはっきりしている業界構造も、紛争の背景です。
サプライヤー側が「波風を立てたくない」「次の案件を失いたくない」と、最終的には自社負担で飲み込み、表面化しない紛争が「見えない損失」として積み重なります。

発注側(バイヤー)と受注側(サプライヤー)で費用に対する温度差が大きすぎるため、契約段階でしっかり交渉しないと後々の禍根になるケースがほとんどです。

3.規模やプロジェクト毎の「慣例」に依存した曖昧運用

製造現場では、「前もこうだったから」「他もみんなこうしてる」と、プロジェクトごとに定型雛形の運用で済ませてしまう場合が多いです。
そこにイレギュラーな費用や新しい施策(例えばDX・デジタル販促の追加費用など)が生じた場合、合意形成が一気に不透明になります。

紛争を防ぐために ― 現場で実践すべき費用分担の“見える化”

業界に根深く残る文化や慣行を踏まえつつ、共同マーケティング契約を成功させるには、どんなポイントを押さえればよいのでしょうか。

1.費用項目を徹底的に分解・リスト化する

まずもって重要なのは、「どの費用」が「どんな項目単位」で発生するのかを、漏れなく洗い出すことです。

例えば:
・会場費(基本費用と追加サービス費)
・販促物制作費
・人件費(外注・社内工数・交通費含む)
・広告出稿費
・イベント運営雑費
・突発工事・保険費用
など、細分化し「誰が」「どの範囲」を「どんな基準」で負担するか、項目ごとに整理しましょう。

2.費用分担比率を「根拠ある数字」で設定する

「半々」や「だいたい7:3」ではなく、“なぜその比率なのか”が明確になるよう
・期待する成果配分
・業務アサイン量
・予算規模
など、定量的な根拠を合意の上で設定し、契約書に明記することが大切です。

3.イレギュラー発生時の追加負担ルールを明記する

「事前見積もりに基づく費用以外は発生都度相談」「一定金額以上の追加コストは双方合意の上で負担」等、イレギュラー時の運用フローまでも事前に盛り込むこと。
万一紛争が起きても、「この契約書に基づいて判断」を原則とすれば、現場担当者も安心して運用できます。

4.契約書の精緻化と第三者チェックの活用

現場の頑張りや“空気読み”に依存するのではなく、専門部署(法務や調達etc)や外部コンサルを交えて契約内容を精緻化し、お互い納得できるガイドラインを共有することも有効です。

現場が主導するコミュニケーションの重要性

どんなに契約書を整備しても、結局のところ現場担当者同士の密なコミュニケーション無しに問題解決はありえません。
契約前はもちろん、運用中にも「今ここまで来ていて、追加費用やイレギュラーの兆しがある」と、何度も確認し合う運用姿勢が重要です。

特にサプライヤー側は、自社の負担分を見える化し、「この作業やコストは契約外」というエビデンスを都度提出しておく。
バイヤー側も、「現場の実態」に耳を傾け、実際にどこで費用や工数が増えているかをモニタリングして連携できる体制を築くことが肝要です。

これからの製造業界に求められる契約管理リテラシー

共同マーケティングの費用分担を巡る紛争は、単なる経費精算の問題に留まりません。
「曖昧な合意」の連鎖が現場の士気低下・お客様への納期遅延・新規案件機会損失に直結します。

これからの製造業界に必要なのは、昭和的ななあなあ取引から一歩抜け出し、「契約管理のプロ意識」を現場全体で養うことです。
バイヤー・サプライヤー双方の立場を体感し、「どこまでが自社の責任で、どこからは明確な協議が必要か」を普段から意識する。
これが、業界全体の発展と次世代への伝承に直結すると私は考えます。

まとめ ― 安易な“慣例流し”が業界の成長を止めている

共同マーケティング契約の費用分担にまつわる紛争は、一過性のものではありません。
製造業の現場や業界の体質が変わらない限り、10年後も同じ問題が繰り返されます。

一人一人の現場担当者、そして管理職や購買担当者が「曖昧さを排除し、費用分担の透明化・契約の精緻化」に一歩踏み出すこと。
これが、未来の日本の製造業を強くするための第一歩です。

現場に根差した実践と、ラテラルシンキングを駆使した新しい視点で、業界全体の「もっと良いやり方」を一緒に模索していきましょう。

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