投稿日:2025年12月19日

兼任業務が若手育成を阻害している問題

兼任業務が若手育成を阻害している問題

はじめに:昭和から続く「兼任文化」の功罪

製造業においては、新入社員や若手社員に多様な業務を経験させることが、ひとつの伝統のように根付いてきました。
特に、現場作業と管理業務、あるいは品質管理と生産計画のような、異なる役割を「兼任」させることで、幅広い視野や柔軟な対応力を養おうという狙いがあります。
こうした「兼任文化」は、高度成長期や人手不足時代には有効に機能し、ものづくり現場の底力を支えてきた側面も否定できません。

しかし、デジタル化やグローバル化が進む現代では、その兼任業務が若手社員の成長を著しく阻害している現実が、多くの工場や生産拠点で顕在化しています。
本記事では、兼任業務の現場実態やそこから生じる人材育成上の課題、そして持続的な製造業発展のために今企業やマネジメント層が取るべき方向性について、深掘りしていきます。

現場で横行する兼任業務の実態

業務範囲の拡大と「何でも屋」への若手固定化

多くの製造業現場では、「少数精鋭」という名のもと、本来分業すべき業務が一人の社員に集中しています。
生産現場では、設備オペレーターが原材料の発注や在庫管理まで担当させられているケースも珍しくありません。
さらに、生産計画担当者が調達業務や品質クレーム対応、納期調整まで「兼任」する事例も多くみられます。

このような状況下で若手社員が配属された場合、「とりあえず君も同じようにできるところから兼務でやってみて」と業務を割り振られてしまう傾向があります。
その結果、誰が何を担当しているのか分かりにくい「何でも屋」化が進み、責任の所在もあいまいになりがちです。

兼任による若手のモチベーション低下と成果の曖昧化

本来、入社間もない若手社員は、一定期間「一つの業務」「一つの専門分野」に集中することで、基礎スキルや現場感覚をしっかり身につけて成長していくことが期待されます。
しかし、兼任業務では覚えることが広範囲かつ浅くなり、どうしても「やっつけ」「とりあえずこなす」レベルで終わってしまいます。
忙しさに追われ、一つひとつの業務からPDCAを回す余裕もなくなります。

このことが、若手の仕事への自信や達成感を奪い、結果として「自分の成長が感じられない」「やりがいが見つからない」として離職のきっかけとなる事例も増加しています。

なぜ昭和的な兼任業務が今も根強く残るのか

抜本的解決を阻む「人手不足」と「コスト意識」

多くの製造現場で兼任業務が残り続ける第一の要因は、慢性的な人手不足です。
特に中小工場や地方拠点では新規採用が思うように進まず、既存の人員が複数業務を同時に回さざるを得ない状況が続いています。

さらに、「人を増やせない」「教育に割く時間や工数が出せない」という声が現場管理職や経営層からよく聞かれます。
「コスト削減」という単語があまりにも頻繁に使われる環境下で、どうしても業務分業×専門化よりも「横断的にこなせる人員」で場を回そうとする意識が根強いのです。

変化を阻む「昭和的価値観」とトップダウンの限界

加えて、長年現場で重ねられてきた「とりあえず経験して覚えろ」「若いうちは何でもやれ」という価値観の脱却が進んでいません。
かつて製造業が右肩上がりの時代だった頃は、ガムシャラな兼任でも部門長やベテランが徒弟的に面倒を見る場面が多かったのですが、今は統率力のあるリーダーやメンター自体が不足しています。

現場の実情に目を向けず、会議の席で形式的に「人づくりの大切さ」「ジョブローテーションの必要性」が叫ばれても、現場には定着しません。現場視点、ボトムアップの変革が求められる時代です。

兼任がもたらす負のスパイラル:人材育成の問題点

専門性の低下と現場知の希薄化

複数の業務を兼務することで、個々の仕事の専門性や深いノウハウが育ちません。
例えば調達業務なら、「サプライヤー交渉時の落としどころ」「原材料マスタの作り込み方」「異常対応マニュアル作成」といった実践的なスキルは、一定の専任期間を設けなければ習得できません。
若手のうちから兼任を繰り返してしまえば、どれも「表面をなぞるだけ」になりがちです。

また、担当業務が次々と変わるために「この業務なら自分に任せろ」という自信や誇りも生まれにくいです。
現場知をつなぎ、次世代に引き継ぐ人材が育たなくなり、技術やノウハウの空洞化にもつながります。

教育者の疲弊と社内コミュニケーションの断絶

同時に、若手を指導すべき上司や先輩も兼任状態になっていることが多く、OJTの時間や質が著しく低下しています。
また、部署をまたいで業務が割り振られるため、それぞれの「部門責任者」の意識が曖昧になり、結局誰も本気で育成やフォローにコミットしなくなってしまいます。

メールやグループウェア上のやりとりで済ませる形が常態化し、人的交流やノウハウの共有が失われ、「同じ職場なのに孤立して仕事をしている」という声も少なくありません。

業績にも波及する組織的リスクの増大

兼任による人材育成の失敗は、単に個人・若手だけの課題にとどまりません。
専門性のない人材による中途半端な業務遂行は、納期遅延や品質トラブル、コスト増といった事業リスクを引き起こしやすくなります。
また、現場で臨機応変な判断や緊急対応が求められる場面で、「自分の担当外」や「知らないこと」が増えると、大きな事故・トラブルの芽にもなり得ます。

変革への第一歩:現場発の分業・専門化を進める

短期間でも「専任期間」を設けて成功体験を積ませる

若手育成を阻害する兼任業務の弊害から脱却するためには、まず短期間でも「専任=一つの業務に腰を据えて担当する」期間を意識して設ける必要があります。
特に入社1~3年間は、特定の実務(例:調達なら購買交渉・見積査定・サプライヤー評価といった基礎)に軸足を置かせ、じっくり経験を積ませることが重要です。

それによりスキルの可視化、成果の実感、継続的な自己成長のサイクルが生まれやすくなります。
「自分の提案でコストダウンができた」「この部材の納期トラブルを先回りで解決できた」といった具体的な成功体験が、その後のキャリア形成の自信と原動力となります。

オールドスタイルから現場起点のイノベーションへ

現場を知り、現場で働く人材こそが変革を起こせる主体です。
若手が混乱して成長を見失う兼任地獄から、精鋭が専門分野で強みを発揮し、プラスアルファで異分野にも挑戦できる「分業+ジョブローテーション」の仕組みに移行していくことが肝要です。

小さなプロジェクト単位で横断型チームを組成し、役割分担を明確化した上で責任と成果を評価する仕組みも有効です。
管理職や工場長は「指示待ち型」のスタンスから脱却し、現場の声や提案を積極的に採り入れるファシリテーターとなるべきです。

バイヤー・サプライヤー相互理解の深化が「適材適所」の鍵

購買・調達のプロ育成にも専任が絶対不可欠

サプライチェーン全体で競争力をつけるためには、購買や調達分野でも「専任」のプロフェッショナル人材の育成が欠かせません。
近年はサプライヤーパートナーシップの重要性が高まっており、交渉・契約やコスト分析、サプライヤー評価に精通したバイヤーが価値を生み出しています。

兼任業務の下ではこれらの専門知識が身につきにくく、価格や品質交渉でも相手ペースに巻き込まれがちです。
バイヤーを目指す若手には、可能な限り専任で実務と現場経験を積ませること、またサプライヤー側に立つ人もバイヤーの思考プロセスを学ぶ「現場交流」を増やすことが、適材適所のマッチング強化につながります。

まとめ:兼任地獄から「成長が実感できる現場」へ

昭和から続く兼任業務の慣習と現代の人手不足――この2つの課題を乗り越え、若手社員が「成長を実感し、自分の強みを発揮できる」現場をいかに作れるかが、これからの製造業発展の鍵となります。

兼任業務は一見「効率的」ですが、人と組織の成長を著しく阻害し、中長期的には大きなリスクとなります。
短期間でも専任で成果をあげる経験、成功体験をベースとした適材適所の人材配置が、製造現場の未来につながる第一歩です。

今こそ「現場発のイノベーション」を本気で目指し、若手社員が誇りを持ち、イキイキと働ける製造現場へと変革していきましょう。

You cannot copy content of this page