投稿日:2025年9月21日

経営者と現場の温度差が大きくDXが定着しなかったケース

はじめに:製造業DXのジレンマと現場の現実

近年、製造業でもDX(デジタルトランスフォーメーション)が熱心に叫ばれ、多くの経営者が「これからはデジタル時代だ」と新たな設備投資やシステム導入に舵を切っています。

しかし、実際の製造現場に目を向けてみると、その熱量とは裏腹にDXが根付かず「気づいたら元のアナログ手法に戻っていた」「高額なIT投資が棚ざらし」といった声も少なくありません。

私自身、20年以上の製造業現場勤務や管理職経験を通じ、こうした事例を何度も見てきました。

本記事では、経営者と現場の温度差が原因でDXが浸透しなかった具体的なケーススタディや、そこから得られる教訓、そしてアナログな文化が色濃く残る製造業界でDXを根付かせるためのヒントを、現場目線で考察します。

バイヤー志望の方、サプライヤーの立場でバイヤー心理を知りたい方にも、現代製造現場のリアルをお伝えします。

DX推進が空回りした代表的な失敗例

トップ主導のシステム導入:現場の実態と乖離

ある中堅の部品メーカーでは、社長の号令で生産管理システム(ERP)の全面的な刷新が実行されました。

導入の狙いは「工程可視化」「納期短縮」「在庫適正化」と明確でしたが、実装段階で現場からは困惑の声が続出しました。

理由は、現場担当者の多くが旧態依然とした紙ベース運用や、各自の手帳・エクセルによる管理ノウハウに大きく依存していたからです。

その結果、

– 入力作業は煩雑で、逆に現場の負担が増大
– ベテラン層は「効率が悪い」と反発し、新システムを敬遠
– データの質が低下し、管理精度もダウン

経営層としては「ITで現場が楽になるはずだ」と考えていたものの、現場からは「余計な仕事が増えただけ」という温度差。

最終的に現場リーダーの意向で「以前のアナログ管理に半分戻す」という折衷案に落ち着き、投資したシステムの真の価値は活かせませんでした。

昭和文化が根強く残る“現場力”の落とし穴

もう一つ典型的な例として、長年の「現場勘」と「暗黙知」で支えられた品質管理プロセスがあります。

ベテラン作業員が五感で微妙な異常を感じ取る、帳票で逐次トラブル記録を残すなど、いわゆる“昭和の職人芸”は今でも製造業に深く根付いています。

そこへ「IoTセンサーで工程監視」「AIで不良予測」といったDX施策を投入しても、

– 「俺たちの現場は自動化だけで回らない」
– 「数字には表せないノウハウがある」
– 「不具合発生時は現場の連携がものを言う」

といった現場の空気が重くのしかかり、最新ツールよりも“想い”や“経験”が優先され、せっかくの投資が活かされないパターンに陥ります。

現場目線の声が経営に届かない組織構造

失敗事例の根底には、経営層と現場のコミュニケーションギャップが存在します。

– 現場の実態理解をしないまま、IT部門主導でシステム要件を決定
– 現場リーダーが忙しく、丁寧なヒアリングやトライアルが不十分
– 改善提案がトップダウンになり、「やらされ感」が蔓延

といった組織構造が、温度差という見えない壁を生みます。

なぜDXが現場に根付かないのか?“人”と“文化”の壁

定着しない三大要因

DXが机上の空論に終わってしまう主な要因は、以下の3つです。

1. 「現場への納得(腹落ち)」ができていない
新しい仕組みの導入目的や、現場にもたらす価値がきちんと伝わっていない、または現場が実感できていないまま、形だけ導入が進んでしまう。

2. 「旧来のやり方」が安全牌になっている
ミスが許されない現場ほど、過去に問題が起こった時の「戻り方」「責任の所在」が曖昧な新ツールより、実績あるアナログ手法を選びがちです。

3. 「教育・研修・サポート」が足りない
最新デジタルツールはベテランにとって敷居が高く、ICTリテラシーの格差が大きな障壁になっています。現場に寄添った教育や支援が不十分だと、結局“使われないシステム”となります。

温度差の本質は「現場主導」を失ったこと

昭和から続く日本の現場は「三現主義(現場・現物・現実)」を信条に歩んできました。

本来、最新技術も現場から「こうあってほしい」「こうしたら楽になる」と声が上がって、徐々に定着していくべきです。

ところが実際は「経営課題→システム導入→現場指示」という上意下達型の施策になり、大切な“現場主導”が抜け落ちている点が最大の問題です。

バイヤーやサプライヤーに影響する「現場のDX温度差」

バイヤー視点:現場DXの成熟度で取引が決まる時代

世界のサプライチェーン再構築、グローバルリスク対応、カーボンニュートラル——こうしたトレンドの中でバイヤーはサプライヤー選定をより“データドリブン”に進めています。

– 生産遅延・納期遵守のモニタリング
– 品質トレーサビリティの保証
– 取引先のBCP(事業継続計画)デジタル化

他方で、現場DXが形骸化したままでは、これらの要請に十分対応できません。

将来のバイヤー志望者や、サプライヤー側の担当者としては、「現場の本当の温度感」や「DXを現場に定着させるプロセス」を正しく理解しておくことが、信頼形成や差別化のカギになります。

サプライヤー理解:なぜ依頼主のDX要件に揺れるのか

サプライヤー側から見ると、バイヤーがデータで管理したい「工程進捗」「納期順守」などの要求に、「ウチの現場じゃ無理だよ」「まだ紙の現場だし」と内部事情で答えてしまいがちです。

この温度差を理解せずに「できません」と突っぱねてしまうと、顧客離れ・不信につながります。

逆に「現場目線でこう工夫して工数を低減した」「アナログ作業を分かりやすくデジタルに変換した」という工夫を地道に伝えていれば、バイヤーからの評価や信頼は格段に上がります。

DX定着のための現場主導アプローチと成功事例

現場発のプロジェクト設計が成功の鍵

DXを定着させるためには、現場の課題や潜在的な不安をくみ取り、以下3つのアプローチを徹底することが不可欠です。

1. 小さな“お試し”から開始する
いきなり全社導入でなく、現場の一工程・一ラインでデジタル化を試し、結果や課題点を“現場の言葉で”共有するプロセスを設ける。

2. ベテランと若手の対話を促進
デジタルツールのメリット(例:帳票入力の省力化、ヒューマンエラーの削減)を経験談から実感してもらい、ベテランのノウハウもできる限りデータ化、一体化させる。

3. 継続的な教育・サポート体制
導入後も現場改善サイクルの中で運用課題や疑問を吐き出せる「現場DXサロン」的な仕組みを作り、担当者の成功体験を称える場を設ける。

温度差解消のための“対話”が最大の武器

実際に私の経験した現場では、「毎朝10分のDXお悩み共有会」「現場改善提案制度でデジタル活用事例を表彰」など、社員同士の対話と相互理解を深める仕組みを地道に積み上げたことで、ゆっくりですが着実な変革が生まれました。

経営者は“現場の声”を柔軟に吸い上げ、現場は“経営の思い”を腹落ちできるよう繰り返し語っていく、そんな“共創の場”を作ることが本質的な温度差解消につながります。

まとめ:昭和の現場力と令和のDXを統合するには

製造業のDXは、最先端ツールを買っただけでは決して根付きません。

「現場文化」を新技術に融合させるため、

– 小さな成功体験からチーム全体に伝播させる
– 現場主導で納得感ある導入プロセスを設計する
– 教育・対話・継続サポートで“人”と“文化”の壁を低くする

これらの積み重ねが昭和型アナログ現場に変化をもたらし、真のデジタル化を実現する唯一の方法です。

本記事が、現場と経営、バイヤーとサプライヤーの“温度差”を埋め、皆さんの現場に新たな変革を生み出す一助となれば幸いです。

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