現場のIT知識不足を補わずシステムが放置されたDXの失敗談

はじめに：なぜ製造業のDXは失敗するのか

デジタルトランスフォーメーション（DX）は、今や製造業においても避けては通れない大きな課題となっています。
しかし現場では「システムを入れただけで終わり」「何となく新しいツールが増えただけ」という声をよく耳にします。
その背景には、現場のIT知識不足、業務フローの見直し不足、昭和から続くアナログ慣習といった“目に見えない壁”が存在しています。
この記事では、具体的な失敗事例を交えつつ、現場目線でDX推進の課題と解決の道を探ります。

現場のIT知識不足がDXの弊害になる理由

システム導入が「目的」になる日本的な罠

多くの中堅・大企業では、「DXをやらなければ企業が生き残れない」という危機感からシステム導入を意思決定します。
しかし現場では、システム導入自体が目的となりがちです。
たとえば新しい調達システムを導入したが、従来の紙やExcelベースの運用と本質的に変わらず、「デジタル化した風」で終わる現象が多々見受けられます。
慣れ親しんだアナログ運用を無理やりデジタル化し、現場の工数だけが増えて肝心の業務効率は低下するケースは珍しくありません。

現場へのIT教育投資の圧倒的な不足

システムは導入時の説明会で終わり、その後は「現場で何とかしてくれ」という放置状態が多発しています。
IT部門頼み、プロマネ頼み、ベンダー頼みになり、日常の問い合わせやトラブル対応は丸投げ。
使いこなす力が育たず、現場にとっては「ブラックボックス化した新しい重荷」になってしまうのです。

“現場に把握できないものは改善できない”という真理

製造現場・調達現場には「自分が理解・運用できるものしか改善できない」という厳しい現実があります。
IT知識が乏しいままDXを進めると、現場は「見よう見まね」でしか使えず、本来的なシステムの力が発揮されません。
ハンコ文化や稟議フローが根強いアナログ組織では、結局「紙を印刷して上長に回す」運用が温存され、「何のためのシステム化か？」という疑問だけが残ります。

生々しい現場のDX失敗談：実際にあった“放置されたシステム”の行末

失敗事例１：健康診断データの管理システム導入の顛末

大手製造メーカーA社では、従業員の健康診断データを一括管理するクラウドシステムを導入。
導入前は紙管理だったため、多大な効率化が見込めるはずでした。
ところが、システム説明会以降は「現場任せ」状態に。
操作の難解さに加え、入力項目の現場ニーズとのズレ、急なシステム障害発生時のサポート不足などから「今までどおりにやった方が早い」と従来運用が復活。
健康診断担当者は「新しいシステム＋紙」の“多重管理”という最悪の非効率に苦しむ羽目になりました。

失敗事例２：AI需要予測開始→だれも使わず放置

B社では、需要変動の激しい部品ビジネスにAIによる需要予測システムを導入しました。
AIが計算した需要予測値をサプライチェーン担当者が使い生産計画や在庫を最適化する意図でしたが、現場では「AIの計算根拠がよくわからない」「従来の勘と経験の方が安心」と誰も活用せず。
システムの活用率は導入半年で10％未満にまで落ち込み、「AI予測値は参考」「結局は上長のハンコが最優先」という昭和的フローが温存されました。

失敗事例３：購買システムでサプライヤーがついてこない

購買部門の見積・商談を電子化し、取引先サプライヤーともWeb上でデータをやりとりする構想で新システムを導入。
ところが、主要サプライヤーは高齢中心の中小企業。
ITリテラシーが低く、システムログインができない、添付ファイルのアップロードができない等で現場は大混乱。
結局、PDFでメール・FAX送信というアナログ運用も残り、調達購買マンは「紙でくる見積書を結局手入力」というロスへ逆戻り。
現場とサプライヤー、双方に“DX疲れ”が残りました。

どこに原因があるのか？製造業独特の「DX阻害要因」

現場主導の業務改善が根付かない組織風土

製造業には、長年の経験と勘を持つ現場の熟練者の力が強く、一方で「本社主導でやる」「トップダウンで現場にツールを下ろす」という傾向があります。
その結果、現場側は消極的なユーザー層になり、「仕方なくやる」「使わなきゃ怒られる」で終わり、本来は「自分たちで使って、自分たちの声を反映させる」カルチャーが根付きません。

IT部門と現場部門間の深い壁

IT担当者も現場経験が乏しく、システムの導入だけで「仕事をやりきった」ムードになりがちです。
運用・教育・保守が軽視され、PDCAが回らず、一度定着しないシステムは「使わないが消せない」というお荷物状態になります。

トップ側の本気度と評価軸のなさ

「DXでどれだけ効率化したのか？」
「現場でどれだけ活用されているのか？」
という客観指標の設定が弱く、形式的なKPI（“システム利用率”など）だけで推進度評価するケースが目立ちます。
抜本的な業務フロー変革や人材育成・現場教育に本気で取り組めていないことが、失敗の根幹と言えるでしょう。

昭和的アナログ業界に根付く「変わらぬ動き」とDX反発の理由

紙・ハンコ・FAX文化への根深い信仰

例えば調達購買現場では、相見積の比較もExcelではなく、印刷した紙で上長の“印鑑承認”が必須。
納期遅延の通報は電話が主流、現場間でのシフト調整連絡もホワイトボードや伝言メモが健在です。
これは「見える・触れる」「物理的に残る」ものへの心理的安心感に根差しており、一朝一夕では変わりません。

“対面主義”が根強い人間関係社会

サプライヤーとの信頼構築、異常時のトラブル対応では「顔を合わせて解決」「電話で確認」というスタイルが根強いです。
この文化を正面から否定するのではなく、「デジタルで補完・強化する意義」を現場にわかりやすく伝える必要があります。

現場のIT知識不足をどう補うべきか？ラテラルシンキングで開く新地平

システム導入前、徹底した現場ヒアリングの実践

全てのシステム導入の成功可否は「現場の声」にかかっています。
どこで現場がつまずくのか、どんな不安や不便があるのかを事前に徹底的に“現場目線”でヒアリングし、現態業務フローに沿った“小さな改善”から始めることが鍵です。
いきなりの全社展開ではなく、一つの現場単位でのテスト運用→PDCAでの微調整→スモールスタート展開がベストプラクティスです。

“ITスキル伝道師”の現場配置と育成

各工程や部門単位で「ITリーダー」「デジタルアンバサダー」を育て、現場言語でサポート・教育を担わせましょう。
部門間でのITの橋渡し役がいることで、「教えてもらいやすい」「わからないことをすぐ聞ける」現場カルチャーが生まれ、ITに対する身構えも和らぎます。

サプライヤーとも伴走型コミュニケーションを

購買・調達の現場では、サプライヤーのITリテラシーにも着目することが欠かせません。
自社のシステムを一方的に押し付けるのでなく、相手の現場視点で操作教育の機会やサポート窓口を用意し、“一緒にラクになる”共感ベースの関係構築が必要です。

業務プロセスごとに「デジタル化の目的」を明確化

会議体・決済・教育・生産・調達など各業務プロセスで「なぜデジタル化するのか？」を一度でいいので現場とともに立ち止まって考え直しましょう。
単なる効率化だけではなく
・トレーサビリティの強化
・属人業務の削減
・不正リスクの最小化
など「現場に響く」目的意識を持たせることが、真のDX推進の条件です。

まとめ：システムを放置せず「共創のDX」へ—製造業の人が活躍する未来のために

現場のIT知識不足を無視したままの「システムの押し付け型DX」は、結局は“誰も使わない、誰も幸せにならない”失敗例にしかなりません。
製造業が本当に強く生き残っていくためには、昭和的アナログ文化の良さを踏襲しつつ、現場目線でのIT教育・現場リーダー育成・サプライヤーとの伴走が不可欠です。
DXは「IT導入」では終わらず、「共に考え・進化し続ける業務変革」であるべきだと、長年の現場経験から痛感しています。
現場の強みとデジタルの力、どちらも最大化できる“真のDX”で、未来の日本のものづくりの新地平線を一緒に開拓しましょう。