投稿日:2025年9月30日

目先のコスト削減に囚われ長期的効果を失ったDX失敗の典型例

はじめに:DXによる変革の本質を見誤る現場

デジタルトランスフォーメーション、すなわちDXというワードが製造業界に登場してから久しいです。
AIやIoT、クラウドの活用で「劇的に工場の生産性が上がります」といったキャッチコピーが各種ITベンダーのパンフレットを飾っています。

しかし、現場に深く携わっている私の視点から申し上げれば、多くの企業でDXは「設備投資」「とにかくデータ化」「RPA化」といった言葉の置き換えになっているのが実態です。
とくに、調達購買分野で顕著なのが、“目先のコスト削減” のみにとらわれてしまい、長期的なビジョンや全体最適化、現場の知見との融合を欠いたDX推進です。
この記事では、まさに昭和から抜け出せない“部分最適”の罠に陥った失敗例を分析し、真の価値創造につながるDXの姿を現場感覚で考えます。

典型的な「目先DX失敗」パターンに共通する3つの誤り

DX化失敗の現場にはいくつかの共通パターンが存在します。
なかでも、調達やサプライチェーン領域でありがちな「典型例」を紹介します。

コストカット至上主義による“手段の目的化”

「まずコストカットありき」「ベンダーも安いところで統一」といった調達方針がDX化プロジェクトに波及すると、何でも“自動化”や“単純アウトソーシング”が進められます。
その結果、曖昧な要件定義のままRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)が導入され、現実の複雑な調達現場とのズレやムダが顕在化します。

たとえば、全社標準ERPを導入したにもかかわらず、現場ではサブシステムやエクセルの個別管理が温存されたままで“二重管理”が発生した、というのもよくある話です。

現場の「暗黙知」や“現物によるチェック”の軽視

たとえば部品の受入検査や、トラブル発生時の原因究明など、ベテラン担当の「現物で見抜く」力に頼っている現場は思いのほか多いものです。
帳票のデジタル化や自動発注システムをいくら入れても、一朝一夕では“グレーゾーン”のノウハウ伝承や現物による即時判断は代替できません。

現場のリアルなプロセスや流れを理解せず、「数値」と「システム化」だけでDXを押し進めた結果、肝心な異常時対応や緊急調達で混乱するパターンは多々あります。

“安さ優先”の思考から抜け出せないサプライヤーマネジメント

B2Bにおいて「調達先は安いところ一択」という発想は今なお根強いですが、目先だけのコスト削減競争の果てに、肝心のサプライチェーン全体の柔軟性や信頼性を損なってしまうケースがあります。

サプライヤー側もデジタルツールの無理な導入を強いられ、現場力が失われたり、重要な“共感的コミュニケーション”が疎かになる。
その結果、品質トラブルや納期遅れが多発し、結局大きな損失へつながることも少なくありません。

失敗事例から学ぶ:DX推進は現場視点がカギ

では、なぜこのような失敗が繰り返されるのでしょうか。
改めて、3つの観点から真の課題を分析してみます。

システム化は「組織力学」の上に成り立つ

組織がシステムと共に変革しなければ、単なるツールの寄せ集めに終わります。
調達や品質管理の要であるナレッジの「形式知化」や標準化は、省力化・効率化の強力な基盤となりますが、それを現場で活用し定着させる推進力は、結局“人”にかかっています。

特に、工場長や現場リーダー、調達バイヤーが自発的に標準化の意義を理解し、各現場固有の課題感を吸い上げる双方向コミュニケーションが極めて重要です。

「現場知」と「経営判断」の溝を埋める

経営層からは「グローバル標準化」「データドリブン経営」が叫ばれがちですが、現場マネージャーは日々の“現場回し”や突発対応に追われ、往々にして投資対効果の見えないDX化施策には消極的です。

しかしこの溝を放置すれば、形だけの導入・現場の形骸化、といった典型的な“昭和的IT化”で終わってしまいます。
本当に必要な変革は「現場の意見をいかに吸い上げ、トップ判断(方針)とつなげ、全体最適として施策を打つか」に尽きます。

「安さ」の幻想から脱却せよ。本当の価値とは

サプライヤーとの関係においても、「一時的な安さ」だけを求めてしまう現代の購買には限界があります。
長期的な品質安定、供給能力、共同開発やリードタイム圧縮など、数値化しにくい“価値”こそ評価すべきポイントです。

また、サプライヤーをパートナーと位置づけ、DXへの相互投資・協働推進を図ることが、リスクマネジメントにも直結します。
顧客やエンドユーザーへの責任も意識し、“自分の会社・仕事が社会全体にどんな価値をもたらすか”を問い続けなければなりません。

現場発・長期視点で成功するDXの進め方

それでは、どのようにすれば「目先コスト削減」の罠を回避し、長期的な成果を生むDXを推進できるのでしょうか。

ステップ1:現場ヒアリングと業務フローの本質可視化

まず重要なのは、実際に調達や生産、品質現場でどんなプロセスが走っているかを“生きた業務フロー”として文書化し、現場ヒアリングと現物観察を徹底することです。

“非効率”に見える手作業・ERP外での情報管理も、往々にして理由があります。
ベテランの判断ポイント、コミュニケーション、品質チェックなど“数字に表れない価値”をすくい上げることが最終的な全体最適化につながります。

ステップ2:部分改善を積み重ね、成功体験を演出する

いきなり全社システムの入れ替えや、ゼロベースでの標準化に突っ走るのではなく、一つの工程や一つの現場で成功体験を作ります。

たとえば「調達申請の電子化」や「現場からの在庫アラート自動化」など、現場が実感できる“小さなDX”を繰り返すことがポイントです。

現場理解の深いカイゼン提案とデジタルの融合で「できた!」という体験を積み重ね、本質課題発見力を育てていきます。

ステップ3:サプライヤーとの共創・共育

サプライヤーは単なる“外部コストダウン装置”ではありません。
DXの成功には「共創パートナー」として、長期的な信頼関係や情報共有体制、相互リスク分担が必要です。

導入段階からサプライヤーの現場も巻き込み、小さな改善を共に積み重ねる。
また、失敗からも学ぶカルチャーを説き、巻き込むことが大切です。

昭和が残る文化と“アナログ回帰”の必然性

日本のものづくり現場では、依然として“紙伝票”の管理や“顔の見える商談”へのこだわりが残っています。
これは単なる遅れではなく、日本の現場が培ってきた「信頼形成」「現物現場現認」の強みでもあります。

一方で、コロナ禍以降デジタル化需要が爆発的に高まった結果、逆にアナログ的な現場力や人間関係の重要性が再評価されているのも事実です。

「全部デジタル」「安さ一辺倒」に流されず、“現場文化”と最先端テクノロジーをたくみにつなぐ「ハイブリッド型DX」が、今まさに求められています。

まとめ:目先のコストを超えた「真の変革」を

DX=デジタル化=すぐコスト削減、という短絡的発想では、中長期的な経営力強化や本質的な競争力にはつながりません。

現場力やサプライチェーンの複雑さ、サプライヤーの知見など「人・プロセス・テクノロジー」を組み合わせた全体最適を追求すること。
これが、本当に成果のでる「現場発・長期視点」のものづくりDXの本質です。

バイヤーを目指す方、既にサプライヤーとして活動されている方も、この“目先コスト削減”の罠にご注意ください。
現場で使える知識や考え方の共有によって、これからの日本のものづくりがさらなる発展を遂げることを、心から願っています。

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