投稿日:2025年10月15日

ヘアブラシの持ち手が滑らないエラストマー硬度と射出圧設定

ヘアブラシの持ち手開発における現場の課題とニーズ

ヘアブラシは、日常的に使う生活雑貨品の一つです。
その中でも持ち手(グリップ)は、ユーザーの使い心地や安全性に直結する重要なパーツであることは言うまでもありません。
とりわけ「滑りづらさ」は、消費者が無意識で評価するヘアブラシ選びの大きなポイントの一つです。

多くのメーカーが、ヘアブラシの持ち手部分にエラストマー樹脂(熱可塑性エラストマー:TPE/TPRなど)を採用し、滑りにくい仕様を実現しようとしています。
一方で、開発・調達・製造現場では、「滑りにくさ」と「製造性・コスト」のバランスをいかにとるかという現実的な課題に毎日直面しています。

本記事では、20年以上の製造現場と管理職経験を持つ筆者が、エラストマー硬度設定の最適解や射出成形時の圧力設定の勘どころ、さらにはアナログな製造業特有の業界習慣まで、実務者目線で深く掘り下げます。
バイヤー志望者やサプライヤー側の開発担当にも役立つ「現場に効く」知識を提供します。

エラストマー選定における“滑らないグリップ”実現の本質

エラストマーの基礎知識と硬度の意味

エラストマーとは、ゴムとプラスチックそれぞれの良さを兼ね備えた合成樹脂です。
柔軟性が高く、化学的安定性や成形性にも優れるため、家電・自動車・日用品などさまざまな製品の「滑り止め」用途で使われています。

持ち手部分の「滑りにくさ」を左右するのは、エラストマーの“硬度”です。
硬度(Shore A/D)とは、どれくらいの固さ/柔らかさがあるかを示す指標となります。
数値が低いほどゴムのようにやわらかく、高いほどプラスチック的な感触となります。

例えば、シャープペンシルのグリップ部分では硬度A45~65辺りが多く採用されます。
ヘアブラシの場合は手汗や水濡れなども想定されるため、「適切な摩擦係数」と「しっかり握れて変形しない硬度感」の両立が必要となります。

滑りにくさの本質:摩擦係数と表面デザインの相乗効果

エラストマーの滑りにくさは「物理的な摩擦係数」と「表面形状」の両輪で成立します。
摩擦係数は材料の硬度だけでなく、表面の光沢・凹凸・加工油の残留など、数量管理だけでは割り切れない微妙な要素が絡みます。

また、硬度が低すぎるエラストマーを選ぶと、使用時に指が沈み過ぎ「グニャグニャ・ベタベタ」な手触りになるリスクがあります。
硬度が高すぎると滑り止め効果が低くなります。

製造現場経験からいえば、実際の推奨値は以下のようになります。

推奨されるエラストマー硬度・材質選択の目安

– 硬度A(ショアA): 60~75
– 材質例: TPE(スチレン系・オレフィン系)、TPRなど
– 推奨理由: 指にフィットして適度な摩擦抵抗を持ちつつ、変形・耐久性も確保できる硬度帯です。
A65前後は、素手で使ったときの「しっかり感」と「滑りにくさ」の両立が最も評価されやすい帯域です。
– 注意: 単純な数値だけでなくサンプル成形を繰り返し、実際の使用感の官能評価を必ず実施してください。
製造現場や現物立ち合いでの“リアルな体験”が最重要です。

射出成形における圧力設定と生産トラブル対策

エラストマー射出成形の現場知見

ヘアブラシの持ち手は、樹脂一体成形や“二色成形”など、さまざまな工法が存在します。
ここでは「エラストマー単体」または「PPベースへのエラストマー二次成形」を想定し、現場の課題と勘どころを押さえます。

エラストマーは「低温で流しやすい」イメージですが、実際は粘度が高く充填性に難があり、金型の隅々まできれいに流すには射出圧―射出速度などの繊細な条件調整が求められます。
一般的な射出成形の圧力設定(成形圧・保圧)について、失敗しやすい“昭和的な慣習”を見直すことが品質・歩留まりの向上につながります。

最適な圧力設定の手順とポイント

– 充填圧力:エラストマーは「高粘度・低剛性」な性質のため、充填時はPPやABSよりやや高い圧力/速度が必要です。
トライ時は低速→徐々に増圧するよう段階調整してください。
– 保圧:過度な保圧をかけ続けると、バリ発生や表面シボへの食い込みが発生しやすくなります。
逆に保圧不足だと、ヒケ・密着不良が発生します。成形品のゲート位置・体積によって最適値は異なりますが、加圧・減圧の切り替え位置やタイミング制御が非常に重要です。
– 金型温度/材温:エラストマーの材温が低すぎると流動性が悪化し、流れ短・ウェルド弱化につながります。材温推奨値(例:170-210℃)から外れないよう徹底管理しましょう。

現場現物のトライアルでは「圧力・温度」のみ数値管理するのではなく、出来上がったグリップ部の表面状態を丁寧に観察する習慣が大切です。
指の引っかかり感や突起の潰れ・表面ムラなど、高度な官能検査が最終品質を決めます。

“昭和的”慣習が残る現場でバイヤー・購買担当者が知っておくべきポイント

業界横断的な慢性的課題:アナログな慣習からの脱却

製造業の現場には、「型が古いから諦めよう」「昔からこの硬度がベスト」といった慣習・思考停止が根強く残っています。
短納期やコストパフォーマンス重視の圧力に流され、十分な工程設計や材料選定がなされていないケースもしばしば見受けられます。

とくに数十年続く“昭和型”の取り引き現場では、バイヤーがメーカーの言いなりになりがちです。
ユーザビリティまで踏み込んだ官能評価や現場立会いをしないまま「伝統の硬度設定」で進んでしまうため、新規開発の製品差別化が難しくなります。

バイヤー・企画設計担当が現場で実行すべきポイント

1. 実際の顧客や利用場面をイメージした上で、エラストマーの硬度帯ごとの試作サンプルを“現物評価”しましょう。
2. 射出成形条件(圧力・温度・型温など)は、可能な限り製造現場で数値(トレーサビリティ)管理し、歩留まりや再現性を数値で把握しましょう。
3. サプライヤーと共に「なぜこの硬度が適正なのか」「射出成形時にどのような工夫をしたのか」の経緯や意図を資料化し、社内のナレッジとして残しましょう。
4. アナログな現場ほど「現場第一主義」のメンタリティが根強いです。
現場の職人や成形担当と直接対話・観察することで、独自のノウハウや改善提案を引き出せる可能性があります。

サプライヤー側に立った場合:バイヤーの本音と提案の勘所

サプライヤーの役目は、単に言われた仕様で製品をつくるだけでなく、「なぜこの設定が最適なのか」を科学的・経験的両面から提案できる点にあります。

– 最適な硬度・表面設計をセットで提案することで、グリップ性だけでなく耐久性や意匠性も含めた“本当の使いやすさ”を売り込めます。
– 射出圧設定のデータや成形条件管理の体制まで示すことで、「品質の見える化」や「安定供給」が強みとして伝わります。
– 最終商品への官能性(触感・滑り・耐薬品性・美観など)を第三者評価やユーザーテストの形で開発初期段階から提示できると、バイヤーの“選ばれやすさ”が格段に高まります。

「これで本当にOKか?」の一歩踏み込んだ現場知見が、いまだアナログ色の強い業界の中で、信頼と差別化に直結します。

これからの“滑り止め”ヘアブラシ開発のヒント:新たな地平を開拓しよう

エラストマーの硬度・射出圧は「材料屋・成形屋まかせ」ではなく、開発・バイヤー・現場すべてが三位一体となってこだわるべき要素に進化しています。

消費者の求める滑り止め性能は年々高度化し、省エネ・環境対応・カスタマイズ需要も増えています。
今後は、以下のようなアイデア・新潮流を積極的に探求していきたいところです。

– バイオマスエラストマーやリサイクル材の導入
– 指紋の滑り方や力の入れ方まで科学的に分析した“人間工学的設計”
– AI・IoTによる成形機の条件自動最適化・生産データ連携
– ユーザーインタビューやSNS口コミ分析によるフィードバック型ものづくり

従来の「経験と勘」のよさを残しつつ、科学的アプローチやアジャイル開発を融合させていくことで、さらに質の高い滑りにくいヘアブラシが生まれていくことでしょう。

まとめ

ヘアブラシの持ち手における滑りにくさ実現は、現場の経験値・材料科学・射出成形技術・バイヤーのこだわりが複合的に関わる奥深いテーマです。

エラストマー硬度60~75周辺でのサンプル評価を軸に、「見て・触って・使ってみて」の官能評価を必ず行いましょう。
成形現場では圧力・温度・速度など数値項目と現物観察をバランス良く管理することがコツです。

昭和的な思い込みや慣習にとらわれず、現場で培った知見をバイヤー・調達・設計・製造全員が共有し合うことが、製造業の明日につながると確信しています。

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