投稿日:2025年6月13日

車載電気・電子システムのEMC対応設計技術とそのポイント

はじめに:車載電気・電子システムにおけるEMCの重要性

車載電気・電子システムは、時代とともにその複雑さと多機能化が進んでいます。
現代の自動車には数百、数千といった電子部品が組み込まれており、それぞれが安全性や快適性、環境への配慮など多岐にわたる機能を担っています。
特に電気自動車や自動運転車の普及により、電子制御ユニット(ECU)やセンサ、通信機器など、高度な電子システムが不可欠となりました。

このような進化の中で、EMC(Electromagnetic Compatibility:電磁両立性)の問題は避けて通れません。
なぜなら、自動車は走行中もさまざまな電磁ノイズに晒され、かつ自らも強い電磁ノイズを発生する「移動する電子機器」といえるからです。
EMC対応設計は、自動車の安全性・信頼性・顧客満足度を守るために、そして法規制をクリアするために、現場ではますます重要なテーマとなっています。

EMCとは何か?その基本と自動車業界特有の課題

EMCとは「電子機器が電磁ノイズを『発生させない/受けても誤動作しない』ように両立させる設計思想」を指します。
自動車のEMCには大きく2つの側面があります。
1つは「EMI(Electromagnetic Interference、電磁妨害)」、つまり他の機器への妨害波を抑えることです。
もう1つは「EMS(Electromagnetic Susceptibility、電磁感受性)」、自らが外部ノイズに強い耐性を持つことです。

自動車産業においては、ある機器が出すノイズがエンジン制御系やブレーキシステム、エアバッグの誤作動を引き起こすこともあり、これは重大事故につながります。
一方、現場では「車体が巨大な導体(ボディ)」かつ「可動するノイズ源(モーター、オルタネーターなど)」が多数という、他の業界とは異なる複雑な状況下でEMC対応を進めなければなりません。

昭和的アナログ業界が抱える壁

日本の製造現場、とくに自動車業界には、長らく昭和的な“ガンコなアナログ文化”が根強く残っています。
「ノイズは現物を作ってみないとわからない」「ベテランの勘で対策すれば問題ない」というマインドが、歯止めなく設計現場や生産現場でまかり通っています。
これでは設計の再現性や効率は上がらず、デジタル化の波に乗り遅れる原因にもなりかねません。

EMC対応設計技術の基本ステップ

では、EMC対応を現場で実践するためにはどのような設計ステップが必要でしょうか。
バイヤーの視点も含めて、ポイントごとに解説します。

1. ノイズ源、伝播経路、感受性側の特定と分類

ものづくり現場でよくある失敗は、「とりあえずシールドすれば大丈夫」と思い込んで対策を始めてしまうことです。
最初にやるべきは「何がノイズを出して」「どこを伝わり」「どこに悪さするか」を徹底的に調べることです。
これには、回路図、レイアウト図面、ハーネス配置などの三位一体解析が必要です。
生産管理側としても、部品配置や配線経路にムリ・ムダ・ムラがないか、現場レベルできめ細かな確認が求められます。

2. 三現主義とEMCの現場プロセス融合

日本の現場で大切にされてきた「三現主義」、つまり現地・現物・現実の徹底把握をEMC対策でも忘れてはいけません。
理論値やシミュレーションだけを過信せず、現物車両・試作基板での実測検証を早期かつ繰り返し行う設計体制が鍵です。
また迅速なフィードバックループを設計部門・試作部門・生産技術部門の連携で形成し、縦割りを打破します。

3. システム設計・回路設計段階での対策実装

EMCは後付けで何とかなるものではありません。
初期設計のタイミングで、電源分離、グラウンド設計、デカップリング、EMIフィルタやフェライトビーズの最適配置を盛り込みます。
基板レイアウトも配線長・ループ面積を最小化し、クロストークを抑制します。

また、サプライヤー側としては自社製品(ECUやセンサ)単品としてだけではなく、「完成車両システムの一部」としてトータルEMC性能を追及する姿勢も求められます。
バイヤーとサプライヤーが初期段階から密接に連携し、ブラックボックス化しがちなノイズ特性もオープンに示し合うことで、サプライヤーの競争力が磨かれるはずです。

4. 部品調達におけるEMC目線の取り入れ方

調達購買担当は単なる価格競争力や納期短縮ばかりを見ていてはいけません。
EMC性能の高い部品をセレクトするため、具体的な実測データや第三者認証情報の開示を求めます。
場合によっては部品の型式選択権限だけでなく、部品メーカーとの共同評価やEMCベンチマーキングまで踏み込んだVW(Value Workshop)の場を設けることも有効です。

5. 製造現場・量産段階でのEMCバラつき管理

量産現場では、 一品一様の手当てではなく、工程安定化と標準作業による再現性確保が求められます。
たとえば、シールド材の圧着圧力やEMIガスケットの貼り付け状態、ハーネスの取り回しと結束強度といった細部にも標準書レベルで管理基準を持つべきです。
また、最終工程でのランダム抜取EMC試験や、異常時のトレーサビリティ確保も重要となります。

最新動向:CASE革命とEMC、そしてデジタル化の交点

自動車業界は、いま「CASE」と呼ばれる大変革の真っ只中です。
Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared/Service(シェア・サービス化)、Electric(電動化)の頭文字をとったこの流れによって、車載システムの電子化率が飛躍的に増大しています。

とくに、無線通信(5GやWi-Fi)、LiDARやミリ波レーダー、パワーエレクトロニクス(インバータやDC-DCコンバータ)、大容量バッテリーなど新たなノイズ源が次々に登場しています。
従来のEMC設計技術だけでは対応しきれないケースも出てきています。

ここで脚光を浴びているのが、設計支援AIやノイズ解析シミュレータ、IoTセンサによるリアルタイム工程監視といった、デジタル技術の積極活用です。
昭和的な経験則や「どんぶり勘定」から脱却し、設計・評価・製造を横軸で一元的にデータ連携するしくみ作りが、今まさに求められています。

EMC対応の現場力を高めるための組織作りと人材育成

どんなに優れた設計ツールがあっても、それを使う現場の力が弱ければ対応力は上がりません。
バイヤー、設計、生産、品質保証……それぞれがEMCを「自分ごと」として捉え、横断的に学び合う=OJT(On the Job Training)や社内勉強会の場を充実させることが重要です。

また、EMC設計に精通したシニアエンジニアのノウハウを若手に継承・可視化する“FA(Factory Automation)以外のDX(デジタルトランスフォーメーション)”も必要です。
単なる現場力に頼るのではなく、「知識」の組織的ストックと「仕組み」の自動化によって、EMC品質の維持・向上に取り組んでいきましょう。

サプライヤー・バイヤーが共創する「攻めのEMC」へ

これからの製造業は、取引先との壁を突破した「共創型バリューチェーン」構築が成否を分けます。
バイヤーサイドが価格と納期しか見ない「守りの調達」では世界と戦えません。
サプライヤーと開発初期からEMC情報共有を進め、仕様変更を柔軟に受け入れ、最適解を共に追及する「攻めの調達」が日本の競争力を生み出します。

サプライヤーも、パッシブな立場から脱却し、自社のEMC技術や製品優位性を積極的に提案・開示することで選ばれる時代になっています。
EMC品質がブランド価値の象徴という意識を持つことが成功のカギとなるでしょう。

まとめ:EMCが拓く車載電子システムの新たな地平線

車載電気・電子システムのEMC対応設計は、決して後回しにしてよいテーマではありません。
高度な回路技術、最新のシミュレーション、緻密な現場管理……これらの総力戦で取り組む「全社的プロジェクト」とする意識が必要です。

昭和のアナログ現場力とデジタルものづくりの融合、バイヤーとサプライヤーの垣根を超えた共創、そして人材育成と知恵の総動員――。
すべてがつながった先に、日本の製造業が世界で勝ち抜くためのEMC対応設計の新しい地平線が広がっています。

自動車業界で働く方、バイヤーやサプライヤーの立場で日々悩む方へ。
EMCの本質を常に探究し、現場目線とグローバル目線で「共創型ものづくり」を実現していくことが、これからの持続的成長の礎になると信じています。

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