投稿日:2025年4月27日

エマルションの調製と安定化テクニックおよびスケールアップへの応用

はじめに:エマルションは製造業の縁の下の力持ち

食品、化粧品、塗料、潤滑油、接着剤など、多くの製造現場でエマルションは当たり前のように使われています。
しかし「乳化剤を入れて撹拌すればできる」と短絡的に捉えると、スケールアップ時に分離や泡立ちで痛い目に遭います。
本稿では、現場で失敗しないための調製・安定化テクニックと工場規模への展開方法を、20年以上のプラント経験を踏まえて解説します。

エマルションの基礎を再確認する

エマルションとは何か

エマルションは本来混ざり合わない二つの液体が、界面活性剤や高せん断力によって微細な液滴として分散した系です。
O/W(油中水滴)とW/O(水中油滴)が代表例で、粒径は10µmからナノサイズまで幅広く管理されます。

昭和で止まったままの現場が抱えるギャップ

古いラインでは「レシピ帳」に頼り切り、温度やせん断条件を数値で管理できていないケースが散見されます。
デジタル記録がないと、品質クレーム発生時に原因究明が遅れ、バイヤーからの信頼を失います。
まずは測定・記録・可視化の三点を怠らない体制づくりが必要です。

調製フェーズ:成功を決める三つの鍵

1. 乳化剤の科学的選定

HLB値を指標にするだけでなく、原液の極性、加工温度、最終用途の規制(食品GMPやREACH)を総合的に勘案します。
サプライヤーに対しては「動的表面張力」「臨界ミセル濃度」「pH安定域」などのデータシート提出を求めると、選定の精度が上がります。

2. 撹拌・分散装置はTip speedで比較

ラボで超音波ホモジナイザーを使い、工場でピンミルや高圧ホモジナイザーに切り替えると、液滴径が一桁変わることがあります。
異なる機種間でもTip speed(回転半径×2π×rpm)やエネルギー密度を基準にすれば、スケールの壁を乗り越えやすくなります。

3. 原料投入順序と前処理

水相に電解質が多い場合は、油相を先に投入して乳化剤を界面に配列させると角層障壁が形成され、粗大粒子の発生を防げます。
また、固形脂肪を含む系では、溶解温度を±2℃で制御すると冷却時の結晶化が均一になり、離水を抑制できます。

安定化メカニズムを現場目線で押さえる

静電的・立体的安定化

陰イオン系乳化剤ならζ電位が−30mV以下になるようpH調整を行うと、ファンデルワールス力より静電反発が優位となり凝集が抑えられます。
非イオン系ポリマーを併用すれば、立体障壁によるシナジーで保存安定性が6か月から24か月に延びる事例もあります。

粘度管理の盲点

増粘剤を入れすぎると、逆に脱気が困難になりマイクロバブルが残存します。
気泡が破裂すると局所的な界面破壊が起こり、最終的にクレームの原因になるため、粘度はBrookfield粘度計でターゲット値±10%を死守します。

温度と冷却速度

撹拌終了後に急冷すると内部応力で液滴が破壊される場合があります。
特に熱可塑性樹脂エマルションでは、冷却速度を5℃/min以内に設定し段階冷却とすることでクラック発生率を80%低減できます。

品質管理:測る文化が競争力を生む

粒径分布のリアルタイムモニタリング

オンラインDLS(動的光散乱)を導入すると、製造中に粒径異常を検知し、その場で撹拌条件を変更できます。
投資額は数百万円ですが、年数回のバッチ廃棄を防げるなら1年で償却可能です。

加速試験で先手を打つ

遠心分離、50℃保存、凍結融解を組み合わせた多段加速試験を行い、分離・凝集・色調変化を記録します。
バイヤーは「実機条件に近いストレステスト」を要求してくるため、社内標準試験を早めに確立すると交渉がスムーズです。

スケールアップ:ラボとプラントの溝を埋める

相似則を使用したパラメータ移行

Reynolds数とWeber数を同時に保つことで、界面破断の支配メカニズムを維持できます。
ただし高粘度系では粘弾性が支配的になり、Reだけでは不十分です。
レオロジー測定でG’とG’’を取得し、非ニュートン特性をスケールに組み込みます。

パイロットプラントでチェックすべき三つの盲点

1. ポンプのキャビテーションで粒子が再凝集する。
2. 配管摩擦熱で局所温度が上がり、界面活性剤が失活する。
3. CIP洗浄剤が界面活性剤と反応し、次ロットに影響する。
これらはラボでは顕在化しません。パイロット段階で必ず確認します。

デジタルツインとDoEの融合

撹拌速度、温度、乳化剤濃度を要因とし、混合回数を応答とするタグチ法を適用し最適条件をモデル化します。
デジタルツイン上でシミュレーションを回せば、実プラント試験を3分の1に削減でき、開発リードタイム短縮に寄与します。

バイヤー視点:原価だけでなくTCOを重視

乳化剤はキログラム単価より、安定化による廃棄ロス低減、工程短縮による電力・蒸気削減効果まで含めて評価されます。
サプライヤーは「TCOが30%下がる根拠データ」を提示できれば、多少高単価でも指名買いにつながります。

グリーン化と規制動向

EUではマイクロプラスチック規制が強化され、生分解性乳化剤や植物由来油相に注目が集まっています。
バイヤーはLCA(ライフサイクルアセスメント)データを求める傾向が強く、準備不足のサプライヤーは商談のテーブルにすら乗れません。

サプライヤーに求められる提案力

技術営業の三種の神器

1. スクリーニング試験結果をまとめたアプリケーションノート。
2. 粒径保証書とロット間変動データ。
3. 規制適合証明書(FDA、Kosher、Halal等)。
これらを揃えることで、エンドユーザーとのコミュニケーションコストを劇的に下げられます。

共同開発の進め方

DoEの設計から評価までをサプライヤー側が主導できると、顧客はコア業務に集中できます。
試作品のサンプルワークフロー、温度・pHプロファイル、想定失敗リスクを事前に共有することが、長期的な信頼関係構築の近道です。

まとめ:測り、記録し、再現する文化を次世代へ

エマルションの調製と安定化は、一見すると装置や乳化剤の選定がすべてのように思われがちです。
しかし実際には原料の前処理、温度・せん断履歴のトレーサビリティ、評価データの可視化が安定生産のカギを握ります。
昭和型の勘と経験にデジタル技術を掛け合わせ、スケールアップを成功させることで、バイヤー・サプライヤー双方にとって持続可能な価値創造が可能になります。
測り、記録し、再現する文化を築き、製造業全体の競争力を高めていきましょう。

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