投稿日:2025年7月1日

サウンドデザインで製品価値を高める心理音響評価の活用法

はじめに:製品価値を決める「音」の重要性

モノづくりの現場で、「音」はしばしば見過ごされがちです。
製品開発の多くは、性能やコスト、安全性、納期といった目に見える要素に注力しがちですが、実は「聴覚」もまた製品の印象や使いやすさ、ひいては市場での価値向上に大きく貢献します。
サウンドデザイン、すなわち「音の設計」は、今や家電、自動車、精密機器、工具など、幅広い分野で消費者体験を左右する重要な要素になっています。

しかし、その音が消費者のどんな心理に訴え、購買意欲やブランドイメージにどう影響するのか。
従来の製造業、特に「昭和的な」現場の発想では、まだ十分解き明かされていません。
ここでは、サウンドデザインと心理音響評価の基本、そして現場でどう使いこなすべきか、その実践法について詳しく解説します。

サウンドデザインとは何か:モノの音を「設計」する新常識

サウンドデザインとは、製品が出す音を感覚的・心理的評価も踏まえて「最適化」する技術を指します。
例えば自動車のドア。
高級車市場では「バタン」という安っぽい音ではなく、「ドスン」という重厚で密閉感のある音作りが重視されます。
同じように、家電では静音性だけでなく、電源オンオフ時の「ピッ」という音の心地よさ、操作レスポンス音のやさしさも評価されます。

こうした音には意図があり、ターゲット顧客の期待感や信頼感、製品の「高級感」「丈夫さ」「安心感」など、五感のうち聴覚を使ったブランド訴求が行われているのです。

昭和から脱却できない工場現場の「音」事情

日本の多くの製造現場では、「音」に対する意識はまだまだ低いのが実情です。
未だに「できるだけ音は小さい方が良い」「異音がなければそれでよし」「音は設計部の仕事」と思い込んでいませんか。

実は、消費者がブランドロイヤルティや購買意欲を感じるのは「無音」だからではありません。
「良い音」「信じられる音」といった、感覚的に安心や期待を抱かせる音をデザインすることで、無意識下で価値を高めることができるのです。

現場の課題として、「耳慣れた作業音への鈍感さ」「異音判定のバラつき」「設計・現場間の意思疎通不足」などがあげられます。
こうしたアナログな運用のままでは、グローバルな競争力獲得はほど遠いのが現状です。

心理音響評価とは:定性・定量で「音の価値」を見える化する

従来、製造現場で「音」を評価する場合、「デシベル(dB)」などの物理量や、検査員による感覚的な良否判定が主流でした。
しかし、これではお客様が実際に感じる「心地よさ」や「違和感」といった感情は正確に捉えられません。

このギャップを埋めるのが「心理音響評価」という新しい手法です。
心理音響評価は、具体的に以下の2ステップで構成されます。

定性的評価(感性評価)

まずは被験者や顧客に実際に音を聴いてもらい、「重厚」「軽やか」「信頼感がある」「チープ」などの感覚評価語を使ってフィードバックを得ます。
ポイントは、対象ユーザー層、用途、使用環境、製品コンセプトなどに合わせて「どんな音なら価値を感じるか」を仮説・検証することです。

定量的評価(物理音響パラメータ化)

次に、得られた主観的評価を音響計測やスペクトル分析などにより「数値化」します。
例えば、自動車業界では「ラウドネス(大きさ感)」「シャープネス(鋭さ)」「ラフネス(ざらつき)」「フラクション(成分の複雑さ)」等が用いられています。
この数値とユーザ評価との相関を明らかにし、狙った音設計に繋げるのが心理音響評価の最大の強みです。

サウンドデザインの成功事例:業界別トレンドと実践ポイント

ここでは、製造業の各現場でサウンドデザインがどう活用され、製品価値向上や差別化に寄与しているか、事例を交えて解説します。

自動車業界:ドア音・スイッチ音・EVの走行音

ドアやスイッチの「開閉音」は、その自動車のクラス感や堅牢性、安心感をユーザーに無意識下で伝達します。
近年では「EV(電気自動車)」の無音すぎる走行も問題視され、「人工的な走行音」を心理音響評価に基づき創出し、安全とブランドイメージ両面を狙ったサウンドデザインが進化しています。

家電・精密機器業界:操作音、アラーム音

家電の操作時に鳴る確認音(ピ、パコーン)が「控えめ・上質」であると所有欲が増し、プロダクトへの信頼性が高まります。
また精密機器では、「異常時だけでなく、正常稼働音も聴感で分かりやすくする」など、利用者目線での快適性向上のために“コンセプトに合った”音質が設計されています。

工具・産業機器:作動音から「丈夫さ」「信頼感」を伝える

インパクトドライバーやプレス機の“打撃音”など、本能的に「強さ」や「パワー感」を感じる音が支持されるモノもあります。
単なる静音化ではなく、作業者の「やる気」や「安全確保」の観点も踏まえて音質バランスを調整する事例が増えています。

調達購買・サプライヤー目線でのサウンドデザイン活用の勘所

バイヤーや調達担当、サプライヤーの立場でも、今や「音」への提案や差別化は無視できません。
以下の観点から社内外でサウンドデザインを検討・議論することが、選ばれるサプライヤー・イノベーティブなバイヤーになる近道です。

1. 品質要件への「音」スペック組み込み

音に関する要求(感覚語や物理値)を品質要件書や設計仕様書に明記することで、バイヤーは「想定と違う音」によるトラブルや後戻り検査、クレームコストを削減できます。

2. サプライヤー提案型サウンドデザインの推進

仕入先にただ単に「静かにしろ」「異音を無くせ」と指示するのではなく、「こういう音質にしたい」「御社の技術でこういう提案は可能か」と能動的に会話することが、真の付加価値製品誕生につながります。

3. 調達コストでは見えない「隠れた価値」の抽出

サプライヤーの高度なサウンドデザイン技術は、単純な価格比較では見えない価値です。
もし同等レベルのコストで「より良い音」を実現できれば、その分が新たなブランド資産となります。
サウンドデザイン提案力のあるサプライヤーこそ、バイヤーとしては積極的にパートナーシップを構築するべきです。

昭和型アナログ組織こそサウンドデザインを導入せよ

「うちの業界では音なんて気にしない」「現場はデシベルだけ見ればOK」という声が、依然として根強いアナログ業界も多いでしょう。
しかし、デジタル化やグローバル市場の拡大、多様な消費者価値観の変化の中、古い体質のままで成長は見込めません。

サウンドデザインは、専門のコンサルやツールを活用することで、従来のNVH(騒音・振動・ハーシュネス)対策に感性評価を組み合わせ、付加価値を創出できる領域です。
設計~購買~現場全体で「顧客・利用者の心理」を起点に音を見える化し、品質と共に企業ブランドを輝かせましょう。

現場で実践するサウンドデザイン導入ステップ

最後に、現場での具体的な推進フローについてご紹介します。

1. 狙うべき「音の価値(要求)」を明確化

どのターゲット顧客に、どんな心理的価値・製品イメージを与えたいのか。
製品用途やブランドコンセプト、他社製品との差別化ポイントも含めてチームでディスカッションします。

2. 競合品や現状品の「音」を心理音響評価で診断

音響測定器や評価モニターなどを活用し、主観評価と物理量を並行してデータ化します。
ここでの比較分析が「どこをどのように音質改善するか」のヒントです。

3. 試作・改良・A/Bテストを繰り返す

実際に音を改善した試作品を作り、現場ユーザー・顧客・モニター評価でリアルな意見を回収。
そのフィードバックを元に複数案を絞り込むことが、最適な音設計につながります。

4. サプライヤー・現場作業者との情報共有・教育

購買担当だけが音情報を把握するのではなく、工程別に音の管理ポイントや検査基準を教育し、全体最適の視点でライン運用を再設計します。
これが不良流出防止や異音トラブルゼロの鍵になります。

5. リリース後も「音のフィードバックループ」を回す

市場でのユーザー評価や、クレーム・アフターサービス窓口でも音を重視した意見分析を継続。
次世代モデル開発やアフターケア向上に繋げるサイクル運用が、長期的な信頼獲得を生みます。

まとめ:サウンドデザインで製品・企業の未来価値を創造する

今や音は「コスト」ではなく「価値を生み出す資源」です。
現場で培った経験、アナログ感性、そして心理音響評価という新手法を統合させることで、製品差別化と企業ブランディングが同時に実現します。

調達バイヤー、サプライヤー、現場エンジニアすべての方へ。
ぜひ一度、「自社製品の音」をユーザーの目線で聴き直し、サウンドデザイン導入を“攻めの品質経営”の一手として取り入れてみてください。
ここにこそ、ラテラルシンキングで拓く新たなものづくりの地平線が待っています。

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