投稿日:2025年12月8日

設備の癖が品質安定に影響するのに共有されない実態

設備の癖が品質安定に影響するのに共有されない実態

製造業の現場に潜む“言語化されないノウハウ”

製造業の現場では、「設備には癖がある」ことがまことしやかに語られています。
ベテランオペレーターは、何気なく調整ダイヤルを少しだけ戻したり、原材料のロットが変わると“喉が渇くねぇ”とつぶやいたり……。
この細やかな感覚こそが、長年の経験で培った技術です。
しかし、この「設備の癖」を正確に言語化し、チーム全体や他部署と共有し、再現性のある形で品質管理へ組み込めている現場は驚くほど少ないのが現実です。

この曖昧なノウハウの壁が、製造業の品質安定にどう影響し、なぜ昭和時代から抜けきれないアナログ的風土として残っているのでしょうか。
そして、その壁はどう乗り越えられるのでしょうか。

癖に起因する品質問題の“再発”

現場でよく発生するのは「同じ設備なのに、他のラインでは不良率が高い」「朝一番のロットで異常が発生しやすい」といった事例です。
設備の個体差や経年劣化、過去の修理履歴、消耗部品の交換タイミングなどが複雑に絡み、まさに“その設備” ならではの挙動、いわゆる「癖」が形成されていきます。

ところが設備の癖は製造現場のベテランに依存しがちで、正式な作業標準書や品質記録、保全記録に現れません。
メーカーのマニュアルには「適正温度●●度~●●度」と記載されながら、実際は「この機械は1~2度低くないとダメ」と現場でしか通用しない調整が横行しています。

品質安定化を掲げて工程改善を繰り返しても、これらの属人的なノウハウが組織的に管理されなければ、担当者異動や退職、業務委託先の変更といったタイミングで再び同じ不良が繰り返されるリスクがあります。

なぜ設備の癖は共有されづらいのか?

設備の癖が属人的ノウハウとして現場に根付く最大の要因は、整理して共有するための「共通言語と仕組み」がないことです。
そもそも人間の五感に頼った違和感や経験則は、データや理論に落とし込みにくく、標準書のフォーマットやチェックリストで表現しきれません。
また、ベテランの自負心や“俺の勘”へのこだわりから、形式知化が進まないことも珍しくありません。

このように、技術伝承=OJTや付きっきりの手ほどきという古典的手法にいつまでも頼る風土が、癖を言語化し全体に反映する道を閉ざしています。
これが「昭和のアナログ体質」と揶揄される根本です。

サプライヤーやバイヤーの立場で考える設備の癖

調達担当やバイヤーの側から見ると、サプライヤーが「〇〇の設備は古い」「あそこのラインは職人技で運用している」といった話を耳にすることがあります。
しかし、癖の存在がどこまで業務標準や品質管理に反映されているのか、ブラックボックスになっている場合が多いのが実態です。

バイヤーとしては「なぜ同じ工程で歩留りや品質が異なるのか」「なぜ過去に再発したのか」を解き明かすことがサプライチェーン・リスク管理の観点でも重要です。
また、サプライヤー側の生産技術者にとっても、相手先が設備の細かな癖や調整履歴まで把握していれば、より納得感のある商談ができます。

属人的管理から脱却するためには

では、設備ごとの癖を全社・全工程で共有し、品質の安定・維持・向上へつなげるには、どうしたらよいのでしょうか。
以下の四つの柱を実践することが肝要だと考えます。

1. 形式知化できる箇所は徹底的に“見える化”

温度・圧力・速度などの“微差設定”を「なぜこの条件か?」「どんな現象が出てしまうのか?」を関係者で議論。
可能な限り計測データとして可視化・記録し、その“背景説明”の一行を標準手順書やチェックシートに必ず残す習慣をつけます。
「現場の思い込み」で済ませず、できるだけ科学的裏付けと現象の因果関係を明確にします。

2. 【シフト横断】の情報伝達を仕組みに

シフト交代や工程異動時、現場担当者どうしの引き継ぎミーティングで「今日の癖」「最近の気付き」を共有する議事録テンプレートを作成しましょう。
設備ごとの【不安点・トラブル履歴・応急処置法】などもカジュアルな内容から記録を集積し、後でデータベース化します。

3. 設備の癖“見える化”ツールを活用

近年は現場のIoT化やAI活用が進み、現場の振動や温度変化、部品の摩耗傾向などもセンサーで“見える化”できるようになりました。
データロガーやクラウド管理ツールを安価に導入し、「設備の癖年表」を誰もが見える状態にする工夫が求められます。

4. 失敗事例“オープン”文化の醸成

何より大事なのは、失敗や“ちょっとした異常”も恥ずかしがらず「設備の癖によるトラブル」として積極的に書き留め合う文化を育てることです。
個人レベルの気づきや暗黙知を、組織の知に変える取り組みが、自社ブランドの品質安定や、若手育成・人材多様化時代の大きな武器となります。

現場力の高さは”癖の共有力”で決まる時代へ

昭和の現場には、“目に見えないノウハウ”を持つ熟練者が数多くいました。
しかし、令和の今、属人的な現場力や神の手に頼る時代から、「組織としての癖管理・知識共有」へのシフトが不可欠です。

設備メーカーやシステムベンダーも、設備のライフサイクル情報や癖管理の仕組みを提供する動きが増えています。
サプライチェーン全体で「癖を把握して再現できる」土壌を整えることが、コスト競争力や安定納期、サステナブルな品質保証の決め手になります。

バイヤー・サプライヤー・現場オペレーター、それぞれが「癖も見える化の対象」という新しい発想を持ち、自社だけでなく業界全体で『暗黙知→形式知→共有知』の流れを生み出しましょう。

まとめ:癖もまた“ノウハウ”である

設備の癖は、ややもすると「トラブルの原因」「非効率の象徴」としてネガティブに捉えられがちです。
ですが、私はむしろ“蓄積された現場力の証し”と考えます。
この貴重なノウハウを、現場の枠を超えてシェアした時、製造業は一段高い品質水準に辿り着くことができるはずです。

今後は「人から人へ」の感覚的伝承だけでなく、設備ごとの“味”や“くせ”まで含めた“ナレッジの横断的共有”を第一歩とし、日本のものづくりが新しい時代の製造業へ進化していくことを祈っています。

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