投稿日:2025年9月25日

「何のためのDXか」を考えず迷走した中小企業の実例

はじめに:DXとは何か、なぜ今注目されているのか

DX、すなわちデジタルトランスフォーメーションという言葉は、もはや製造業でも避けて通れないキーワードとなりました。

日本政府も「2025年の崖」と称して、DXの推進を国策として強く求めています。

しかし、現場で20年以上働く私の実感として、特に中小企業の現場では「DX=とにかくITを導入すればいい」という誤解が強く、現実とのギャップが大きいまま進行しているケースが非常に多いです。

昭和的、アナログ的な業務フローが根強く残る日本の製造業。

その現場で「DX迷走」がなぜ起きるのか。

いったい何を見失い、どんな失敗に陥るのか。

この記事では、生々しい実例を交えつつ、「何のためのDXか」を改めて現場の目線から深掘りします。

サプライヤー、バイヤー、現場作業者、購買担当など、製造業に関わる全ての方に役立つ気づきをお届けします。

ありがちなDX迷走のパターン:何が問題なのか

目的の曖昧なIT導入:「みんなやってるから」症候群

「うちもIT化しないと取り残される」「ITベンダーから紹介されたから何となく」
こうした”世間体”や”なんとなく”で導入されるDXプロジェクトは、一見時流に乗っているようで根っこがグラグラです。

導入目的が曖昧だと、現場では「何のためにやるのかわからない」「今までのやり方の方が早い」と反発や混乱が生じます。

また、経営層と現場の意識のズレが生じ、「経営層の自己満足プロジェクト」になってしまう危険もはらんでいます。

業務フローの見直しなき「現状維持型IT化」

エクセルや手書き伝票を、単純にクラウドや専用システムに置き換えるだけ。

この”置き換え型”は、確かに見かけ上はデジタル化が進んだように見えます。

しかし、非効率な業務フロー自体を見直さないまま現状の仕事をそのままデジタル化するだけなので、効果は限定的です。

むしろ操作が煩雑になったり、昔ながらの帳票文化が電子化で却って複雑になったりし、現場のストレスやクレームが増えるケースも多いです。

システムだけ構築、現場への落とし込みができない

「システム部門が作ったけど、現場では全く使われていない…」
「結局ベテラン作業員のノートに頼りっきり」

こうした状況は昼夜を問わず多くの工場で見られます。

要因としては、現場の要望や課題を適切に汲み取らずに一方的にシステム開発を進めてしまったり、現場社員向けの教育・サポート体制がないことが挙げられます。

ITに慣れない年配層を置き去りにする施策は、形骸化したDXになりがちです。

実例:迷走したDXプロジェクトの現場で何が起きたのか

実例1:タブレット導入で現場が二重入力の地獄に

A社は、紙の記録が多い作業指示・報告業務をデジタル化しようと、現場にタブレット端末を導入しました。

確かに記録のデジタル保存、遠隔共有といったメリットが期待されていました。

ところが、現場では既存の手書き日報、製造伝票の運用も残ったまま。

「紙でもタブレットでも両方記録をつけて」と指示が出たため、現場の負荷は倍増。

作業者からは「二度手間で意味がない」「返って業務が増えた」と大きな不満が噴出しました。

その結果、数ヶ月後には「やはり紙が手軽だ」と旧来の運用に逆戻り、タブレットは物置の奥に…。

この失敗の本質は「紙文化とデジタルの併存」への現場の理解不足と、業務全体を設計し直さずにITを“付け足した”ことにあります。

実例2:購買伝票システム化で逆に発注ミスが続出

B社では長年エクセルとFAXで運用していた購買伝票を、最新の購買管理クラウドに刷新しました。

導入の狙いは、「ミスの削減」と「ペーパーレス」でした。

しかし、現実はシステム操作に不慣れなパート社員、ベテラン購買担当の混乱に。

手入力する項目が増えたうえ、システム側で仕入力エラーの自動検出機能まで搭載されておらず、逆に発注漏れや伝票紛失、納期遅延が続出しました。

現場の声を聞くと「今までエクセルでやっていた方が簡単で早かった」「ものすごく調達現場の業務が複雑になった」と総スカン。

結局一部の部署では、以前のFAX・エクセル記録の併用に戻ってしまい、IT予算だけが宙に浮くことに…。

目的や効果を現場の目線で納得感を持って説明し、必要な教育・サポートを施さずに急いで導入したことが混乱の根本でした。

なぜ「何のためのDXか」を見失ったのか?背景にある構造的課題

経営層と現場の「温度差」とは何か

製造業のDXで最も大きい障壁は、「現場をよく知らない経営層」と「新しいことには慎重な現場」との間にある深い”温度差”です。

経営層は、
「コストダウンや生産性向上のため、IT化は不可避」と理解していても、
現場の作業者は、
「今でも十分回っている」「ITより今のやり方の方がラク」
と現状維持バイアスが強く働きます。

経営層主導のアプローチだけでは、現場での実効性ある浸透は難しいのです。

ITベンダー依存と「丸投げ」体質

特に中小製造業では自社にITや業務改善ノウハウが少なく、外部ITベンダーに丸投げする傾向が顕著です。

ベンダー側も「言われた通りのシステムを素早く納品すれば良い」という意識が強く、現場の実務や文化、抵抗感には無頓着なことが少なくありません。

「現場に合わせたシステム構築」「現場目線での調整」というプロセスが圧倒的に足りていないのです。

昭和型「職人芸」「属人化」文化の壁

アナログ色が濃い工場現場では、ベテラン作業者が長年培ったノウハウ・ノートや「暗黙知」が仕事の肝になっています。

DXによって標準化や全社共有を目指しても、こうした技能が簡単にデジタル移管できるわけではありません。

IT化による暗黙知の”希薄化”を嫌うベテラン、若手との葛藤もDX失敗の温床です。

成功するDXの条件:「目的の明確化」と「現場起点の改革」

①経営層〜現場まで「何のために?」を徹底議論する

最初に徹底すべきなのは、「何のためのDXか」という本質的な問いです。

社内の意識合わせを図り、「生産性を30%上げる」「調達リードタイムを●日短縮する」「人の作業負荷1/2へ」など、明確な成果イメージを設定しましょう。

経営層だけでなく、購買担当・現場リーダー・パート社員まで巻き込んだディスカッションによって、「なぜ」「誰のために」「どんなメリットがあるのか」を自分ごととして捉えることが重要です。

②“小さな実験”を回しながら現場の納得感を高める

いきなり全社を一気に変革しようとせず、小さなラインや一部業務でパイロット運用して検証します。

そこで現場の意見やトラブルを細かく拾い、業務設計やシステムを繰り返しチューニングすることで、現場にとっても「やってみたら便利だった」「これなら助かる」と腹落ちできる仕組みを築けます。

たとえば、「購買伝票のデジタル化は当初5割だけ導入し、現場の声を元に必要機能を増やしていく」など、段階的導入も有効です。

③業務フロー・責任範囲そのものを見直す覚悟

単なるIT化に留まらず、「今の業務そのものをなぜやっているのか」「もっとよい方法はないか」というゼロベース思考で業務フローごと再設計する発想が不可欠です。

たとえば、発注伝票のヒューマンエラーが多い場合は、
「二度手間の確認プロセスそのものを再設計する」
「そもそも同内容の転記・集計をなくすにはどうするか」
というように、既存業務の“聖域”に切り込む姿勢が重要です。

④属人知識の「形式知化」「標準化」を並行して進める

ベテラン現場の職人技やノウハウは、日本の製造業の競争力を長年支えてきました。

DXの本質は、こうした知恵を「全社資産」として標準化・共有し、失われないよう記録・見える化することにあります。

たとえば動画マニュアル、ノウハウWiki、チャット活用など、アナログなナレッジも含め広く記録手段を拡充しましょう。

デジタルとアナログ、両者の長所を掛け合わせて進めるのが理想です。

サプライヤー・バイヤー・現場すべてに伝えたいメッセージ

サプライヤーの方々へ

バイヤーは何を考えているのか?

形だけのIT化より、発注・納品・品質対応などの現場のリアルな「困りごと」を一緒に言語化しましょう。

「御社にとって本当に意味のあるDXとは?」を聞いてみる提案力が最も信頼されます。

バイヤーを目指す方へ

調達・購買部門に求められるのは単なる伝票処理ではありません。

サプライヤーや現場を巻き込んで「What is the purpose?」を問い続け、消耗戦を仕組みから変える視点が重要です。

IT導入=魔法の杖ではなく、現場の知恵をどう昇華するかを追求してください。

現場で奮闘するみなさんへ

誰よりも業務に詳しく、現場の課題を知り尽くしているのはあなた自身です。

「これはおかしい」「もっとラクにできる」の声を発信し、現場起点のDXを後押ししてください。

現場にしかできない知恵こそ、デジタルで伝承・進化させていく”資本”です。

おわりに:DXの本質は「現場の智慧と未来」のために

「何のためのDXか」を考えず、IT化のみで迷走する企業が後を絶ちません。

ですが、本当に目指すべきは「現場が使いたくなる」「業務がラクになる」「会社の未来に貢献する」DXの実現です。

日本のモノづくりの底力を支えるのも、変えるのも、やはり現場で働く一人ひとりの気づきと行動です。

あなたの声、あなたのアイデアが、昭和の工場から令和のスマートファクトリーへの一歩となるはずです。

You cannot copy content of this page