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情報共有のスピードは上がったが責任範囲が曖昧になる課題

目次
はじめに:情報共有の進化と製造業の現場の実態
今日、インターネットやクラウドツールの発展によって、情報の伝達スピードはかつてないほど向上しました。
特に製造業では、サプライヤーへの発注情報、生産計画、品質データなど、現場から本社、取引先まで広範な情報が瞬時に共有されることが一般的になっています。
しかし、現場をよく知る私の実感として、情報の伝達が早くなった一方で「誰が責任を持って意思決定するのか」「最終的な責任を負うべき担当者は誰か」といった、責任の所在が曖昧になるという別の課題が浮き彫りになっています。
これは、昭和の時代から続くアナログ的な業務スタイルと、最新のデジタル化の融合期特有の問題とも言えるでしょう。
この記事では、メーカーで20年以上現場を経験した視点から、製造業における情報共有の進展と、それにより生じている責任範囲の曖昧さについて深掘りし、現場感覚をもとにした解決の糸口を探ります。
製造業における情報共有の進化とその功罪
デジタルツールが促進する「見える化」とスピード感
かつて製造業の現場では、FAXや電話、紙の書類による情報伝達が主流でした。
発注ミスや工程変更の伝え忘れ、品質トラブルの連絡遅延などが頻発し、現場では「なぜもっと早く共有できなかったのか?」という反省がつきものだった時代です。
しかし、近年はクラウド型の生産管理システムやチャットツールが普及し、現場の進捗やトラブル内容、部品の生産状況などが社内外の関係者にリアルタイムで「見える化」されるようになりました。
バイヤーもサプライヤーも、今何が起こっているか視覚的に把握し、リードタイム短縮や柔軟な判断を実現できるようになっています。
情報過多による「責任範囲」の曖昧化という落とし穴
情報共有が早く、簡単になったからこそ、一つの課題が浮かび上がっています。
それは、「誰に最終決定権があるのか」「最終責任はどこにあるのか」が曖昧になりやすい点です。
複数部門のメンバーや取引先を巻き込んだグループチャットやプロジェクトボードでは、あたかも“みんなで考え決定している”かのようになりがちです。
ですが、いざ納期遅延や品質問題、コスト超過などの責任を問われる段階になると、「あれはあの人の指示だった」「自分には権限がなかった」「みんなで決めたはず」と、責任のなすり合いに発展する事例が後を絶ちません。
昭和から続くアナログ的風土と“あいまい責任”の根源
「根回し」「空気を読む」文化が与える影響
日本の製造業には、昭和から続くアナログ的な意思決定プロセスが根強く残っています。
現場では「トップダウン」ではなく、関係者への“根回し”や“空気を読む”ことで合意を形成し、問題が起きた時も「みんなでカバーする」ことが美徳とされてきました。
この文化は、チームワークや現場力には強い反面、「誰か一人が最終的な責任を明文化しない」まま物事が流れていく温床にもなっています。
デジタルツールが導入されても、情報は流れるが責任区分は曖昧なまま、というケースも多々見受けられます。
アナログ的な現場報告とデジタル情報のすれ違い
製造現場では未だに「日報」「手書き帳票」「電話での連絡」など、アナログ的な情報伝達が根強く残っています。
一方、管理部門やバイヤーなど上流工程では「PowerPoint・Excel・ERPシステム」が主流です。
現場の温度感を伝える報告内容がデジタル化の過程で抽象化・簡略化され、「本当は誰が指示し、誰が実行し、誰が責任を持っていたのか」がブラックボックス化する現象も起こります。
このギャップが、責任範囲の曖昧さをさらに助長しているのです。
具体的な事例:責任の所在があいまいになった失敗例
サプライチェーンの分業化と「丸投げ」リスク
生産管理や調達購買の現場では、部品の発注や納期管理、品質管理など業務範囲が高度に分業化されています。
最近では、サプライチェーン全体を「見える化」し、海外拠点や協力サプライヤーとの間でWeb会議やチャットベースのやり取りが一般化しています。
しかしあるケースでは、サプライヤー側が「指示どおり工程変更したのだから問題ない」と主張し、発注側のバイヤーが「変更の妥当性はそちらで判断してほしかった」と反論、最終的に“どちらも悪くないが納期遅延は発生してしまった”という事例がありました。
このように、情報伝達は円滑でも「どの時点で誰が最終判断・最終責任を負うべきか」という合意形成がなされぬまま形だけの情報共有が進行すると、問題が顕在化した時に「丸投げ」リスクとなって表れるのです。
緊急トラブル時の責任分担の混乱
品質トラブルや納品ミスなど、緊急対応が必要な場面でも、全員が「情報は届いている」と思い込んでしまい、「自分が動くべきか誰かの指示を待つべきか」の判断がフリーズしてしまう場面を現場で何度も見てきました。
実際、ある食品工場では異物混入が疑われた際、
・現場リーダーは「上司にチャットで報告した」
・品質管理課長は「報告を受けたが対応は現場だと思った」
・バイヤーは「現場から指示が来るのを待っていた」
という三者三様の“待ち”状態となり、初動が大幅に遅れるという失敗が起こりました。
この根底にも、「情報は共有されているが、誰が手を動かして最終判断・対応を取るのか」があいまいだったという責任範囲の問題があります。
バイヤー・サプライヤー視点から考える責任明確化の重要性
バイヤー側の視点:判断責任は「転記」できない
調達購買担当者やバイヤーは、社内外から膨大な情報を受け取ります。
最近はERPやチャット、ファイル共有ツールで進捗を「可視化」できる半面、それをもとに「最終的な調達判断」「取引先への指示や交渉」を下すのはあくまでもバイヤー自身の責務です。
ツールで情報が見えていても、「現場の空気を読む」「各サプライヤーの事情を鑑みて最適解を判断する」ことは、最終的にバイヤー個人の力量と覚悟に委ねられます。
情報の共有が進むことで“みんなの責任”のように錯覚しがちですが、肝心な判断責任はツールでは軽減できないという認識が不可欠です。
サプライヤー側の視点:情報起点の「自律的な責任」を持つ
かつては「指示待ち」「受け身」がサプライヤーにとって王道でしたが、今ではデジタルツールで工程・品質情報を「見える化」された結果、自律的な責任と業界からの期待が高まっています。
単に「言われたことをやる」「情報を共有されるのを待つ」のではなく、“現場のリアルを理解したうえで、自社から課題や改善策を発信し、合意を形成する”ことが強く求められる時代です。
サプライヤーが「自ら責任を持って動く」姿勢を強化すれば、バイヤーとの信頼関係も深まり、長期的なパートナーシップに繋がります。
課題解決のための3つの実践ポイント
1. 責任範囲と決定権限の「明確な合意」とドキュメント化
まず重要なのは、「誰が最終判断し、誰が何を責任を持つか」を曖昧にせず、会議やメール・チャットなどで「明文化」することです。
・案件やテーマごとに「この案件の決定・対応は●●さん」と明示する
・意思決定や対応に必要な権限・連絡窓口もセットで記載する
・決定事項とその責任者、経緯をドキュメントとして残す
この“明文化”は、バイヤーとサプライヤー間、さらには自社内の複数部門間においても極めて有効です。
2. 情報流通のスピード化と現場実感の「補正」
ツールで全体を見渡せる時代になったからこそ、現場のリアルな実感や温度感を伝える補足コメントも心掛けましょう。
・進捗更新だけでなく、現場の課題や不安・リスクも付記する
・“アクションを求めるための情報”と“状況共有だけ”を分けて発信する
・報告先が多い時には、担当者別に期待されるアクションを指示する
情報共有のスピード化と、実態と意図を正しく補正できる伝え方を両立することが重要です。
3. 定期的な“責任分担チェック”の習慣づくり
一度責任範囲を決めても、プロジェクトや業務状況によって変化することがあります。
そのため定期的に「この案件の責任者・意思決定者は誰か」をチームや関係者全体で確認し合う習慣を持つことが大切です。
・週次・月次の定例ミーティングで「現在の責任者」と「変更点」を共有
・プロジェクトの主導権や責任が移る際には、その場で再確認
この“可視化”の取り組みは、トラブル防止・迅速な課題解決にも寄与します。
まとめ:情報革命の時代こそ、責任の「見える化」と現場の知恵がカギ
情報共有のスピードが上がった現代の製造業では、「見える化」とシームレスな連携が競争力の源泉となっています。
しかしその裏側で、「責任の所在があやふや」「みんなで決めたから誰の責任でもなくなる」というリスクも増大しています。
これは昭和から続く日本的な意思決定文化と、デジタル化がもたらす新しい課題が交錯した“過渡期ならではの悩み”です。
バイヤー、サプライヤー、そして製造現場のすべての方が、情報を「誰の責任で、どんな決断をするために活用するのか?」という本質から目を背けず、互いに現場の知恵と明文化による合意形成を積み重ねていくことが、これからの製造業には欠かせません。
この実践が、新しい業界の地平線を切り拓いていく最大の鍵となることを、私の長年の経験から確信しています。
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