投稿日:2025年10月26日

“店の味”を“製品の味”にするためのフードテクノロジー入門

はじめに:なぜ“店の味”が“製品の味”になりにくいのか

多くの製造業関係者が抱える悩みの一つに、飲食店やレストランで味わえる美味しさ——すなわち“店の味”——を、量産製品にも再現したいというものがあります。

この課題は特に食品メーカーの開発担当者や、OEMサプライヤー、生産指示を担うバイヤーたちにとって日常的なテーマです。

「この出汁のキレ、この炒めの香ばしさ、手作りならではの絶妙な味加減。どうして工場生産だと“それっぽい”止まりで終わってしまうのだろう?」

本記事では、この“再現できない壁”に挑む方法を、昭和イズムをいまだ色濃く残すアナログ業界の慣習から最新フードテクノロジー、現場でのラテラルシンキング的工夫まで、実践的かつ現場目線で解説していきます。

これからフードビジネスの川上・川下を担うバイヤー志望者や、サプライヤーの立場から“バイヤーの目”を知りたい方にも必ず役立つ内容になっています。

製品の味はなぜ“工場の味”に寄ってしまうのか?

現場管理職・開発担当者が直面する現実

長年にわたる工場勤務経験から言えるのは、製品化の大前提が“品質の均一化”である点に尽きます。

現場で“美味しさ”や“らしさ”を追求したくても、再現性の高いレシピ標準化、アレルギーや異物混入リスク排除、生産数の変動に対応した生産工数の確保…など、クリアすべき基準が山積みです。

結果、工程ごとに“機械に適したレシピ”や“歩留まり重視の味つけ”になってしまう。これが“工場の味”が生まれる根本的な土壌です。

昭和の延長線上にあるアナログ的固定観念

さらに、日本の多くの製造業では「昔からこうしているから」「この工程、変えるのは大変だから」といったアナログ的な固定観念も根強いです。

これは決して悪いことではありません。歴史と経験の積み重ねは、現場力の高さや品質トラブル回避に役立っています。

しかし、時代の変化や消費者の嗜好多様化に応じ、“変化”が必要な場面ではかえって足かせになりがちです。

“店の味”を読み解くラテラルシンキング

味の本質を分解せよ

“店の味”を工場で再現するには、まずその味の“言語化”、“構造化”が不可欠です。

例えばラーメンなら、単なる塩・しょうゆの組み合わせではなく、
・出汁の複雑さは何の素材からか
・香味油の風味の立たせ方
・トッピングによる味変のタイミング
など、現場の調理師が“体感でやっていること”を一つ一つ要素分解してみることが重要です。

ラテラルシンキング——すなわち“横に広げて多角的に考える”で、「この隠し味、時間経過でどう変化する?」「機械化のこの工程は手作業の何を代替しているか?」と観察・検証を重ねていきます。

味覚の再現と五感の再設計

ヒトの味の記憶は、単なる味覚だけではありません。
香り、見た目、温度、食感、提供タイミング、店舗の雰囲気——あらゆるファクターで一つの“味体験”を形成しています。

現場で“製品化”するとき、これら要素のうち何を引き算し、何を加算できるかを柔軟に考えてみましょう。

例えば従来は“見た目重視”で排除していた微細な焦げや油膜も、“香ばしさ”という点で再評価できるかもしれません。

工場自動化やAI・IoT技術を活用し、“人にしかできない五感”の部分をマシンで代替できるポイントはどこか、逆に“最後の仕上げ”だからこそ人が介在した方が良い工程はどこか——これもラテラルに検証してください。

テクノロジーで“製品の味”は進化する

フードプリンター・調理ロボ・IoTセンサーの現在地

近年、AI制御の調理ロボットや、活性炭マイクロセンサーによる香気成分管理、3Dフードプリンターによる食感再現など、フードテクノロジーの進化は著しいです。

それでも現場目線で見ると、「導入コストに見合うか?」「稼働実績のある機種か?」など実装可否の壁は残ります。
とはいえ、“部分的にでも”こうした最新技術を生産工程へ組み込んでいくことで、今まで不可能だったレベルでの再現性や多品種小ロット対応が現実味を帯びてきたのも事実です。

たとえば
・人の経験則に依存していた“炒め油の発煙温度制御”をIoT温度センサーで管理
・“見た目が地味”だった冷凍食品表面に3Dフードプリンターで照り・焼き目を添加
など、従来なら発想になかった一手も現場力次第で取り入れ可能です。

データドリブンな味づくりの新潮流

味の感じ方はパーソナライズ化の時代になっています。

機械学習を応用し、消費者の好みや購買傾向のデータから“人気の味”を逆算したり、オンライン試食レビューのビッグデータを開発ステージに活かす手法も普及しつつあります。

こうした“データドリブン”な新しい味づくりは、バイヤーやサプライヤー、現場の品質管理者、企画担当のいずれから見ても大変興味深い取組みとなります。

現場発!成功事例に学ぶフードテックの活用術

事例1:冷凍食品に“手ごね感”を加える

某大手冷凍食品メーカーでは、昔ながらのコロッケの“手ごね感”を工場生産品でも再現できないかという案件が持ち上がりました。

現場のオペレーターと開発担当が徹底討議したところ、“材料を一度全部混ぜる”のではなく“工程の途中であえて部分混ぜにする”ことで食感のランダムさが生まれ、店の味に近い“ムラ”を敢えて組み込むことで成功した事例が生まれました。

この“一部アナログ回帰”と“工程管理の工夫”は、現場目線での気づきによるものでした。

事例2:調味液の微量分注で“味染み”を自動化

煮物や惣菜など、時間経過とともに味が馴染む系統の商品では、従来“時間をかけるor調味料を増やす”の二択で妥協されがちでした。

しかし最新の自動分注装置を導入し、調味液の“注入タイミング”と“微量管理”をIoTで制御することで、手作りの“味染み”を化学的に再現。

これにより“製品の味”が従来比で格段に向上し、バイヤーからの要望水準も大きく引き上げることに成功しました。

バイヤー・サプライヤー視点からの“フードテクノロジー理解”の重要性

食品製造に係るバイヤーやサプライヤーの役割は、もはや単なる“コスト交渉”や“納期調整”だけではありません。

“どの技術をどの工程で使うのがベストか?”、“店の味を“製品の味”に近づけるには何を突破すべきか?”を共に考えるパートナーシップ型の提案力が欠かせない時代です。

バイヤーを志す方には、「現場で何に困っているのか」「なぜアナログなやり方が残っているのか」を理解したうえで、現実的に導入可能なテクノロジーの選択肢も提案できる力を持ってほしいところです。

サプライヤー側からも、「コスト削減」と「品質向上」の両輪だけでなく、“新しい味の体験価値”や“効率化による持続可能性”までを目線に入れて、柔軟な発想で工場へアプローチすることが求められます。

まとめ:味の未来は“技術×現場力”が拓く

“店の味”を“製品の味”に近づけるための挑戦は、単なるレシピの流用や設備導入では解決しない、奥の深いテーマです。

長年の現場経験者が断言できるのは、
– 味の本質を因数分解し、現場の制約/技術の進歩をラテラルに組み合わせること
– アナログ的なノウハウも、最新フードテックも“どちらか一方”でなく、柔軟に融合して道を切り拓くこと
– バイヤーやサプライヤーも“現場寄りの目線”を持つことで、実効性のある新しい味・新しい製品化に貢献できること

“製造業の発展”は、こうした現場と技術、そして多職種の連携によって加速していきます。

読者の皆様それぞれの現場で、ぜひ逆転の発想とテクノロジーの知見を駆使し、新しい“製品の味”の創造に挑んでいただきたいと思います。

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