投稿日:2025年10月11日

スープカップの取っ手が割れないための成形温度と焼成工程

はじめに:スープカップに求められる品質とは

スープカップは、飲食業界や家庭の食卓に欠かせないアイテムです。
しかし、ごく一般的な陶器や磁器のスープカップにおいて、最も多いクレームの一つが「取っ手が割れる」という現象です。
これは小さなトラブルに見えますが、ユーザーの安全性や製品への信頼性に直結する重要な課題です。
また、工場現場では歩留まりの改善、廃棄品の削減、コスト管理にも密接に関わってきます。

そこで本記事では、20年超の現場経験を活かし、スープカップの取っ手が割れないための成形温度と焼成工程について、実践的な視点から詳しく解説します。
特に「昭和」的なアナログ要素が色濃く残るセラミックス業界の現状や、現場で本当に役立つ知識も交えながら、最新の業界動向とともにお届けします。

割れる主因を知る:なぜ取っ手が割れるのか

応力集中が起点

スープカップの取っ手は本体の一部と比較して薄く、小さな面積に力が集中しやすい部位です。
特に「加飾」と呼ばれる工程や「釉薬」塗布時の重み、焼成中の熱膨張、
さらには日常使用時の衝撃や熱変化によってもひび割れが発生します。

成形工程での問題点

取っ手は通常、本体と別成形し、後から接着(接合)するケースが多いです。
このときの成形温度や水分量が不適切だと、接着強度が不足しやすく、乾燥・焼成後に亀裂や取っ手の剥離が発生します。

焼成工程でのリスク

焼成温度や温度上昇・冷却速度の管理が不十分だと、本体と取っ手の熱膨張率の差、焼成収縮の差から内部応力が発生し、最終的にクラックや割れを誘発します。

昭和から現代まで。業界で根付くアナログな肌感覚

陶器・磁器の製造業界には「現場の勘」や「伝統的な経験則」が深く根付いていました。
これは一見、非科学的ですが、製品への最適な配合や加水率、釉薬の厚み、焼成雰囲気の微妙な違いなど、機械計測だけで十分に再現できない高度なノウハウが含まれるためです。

しかし、デジタル化や自動化が進む現代においても、現場の肌感覚とデータを両立させるバランス感覚は不可欠です。
例えば「今日の気温や湿度」「工場内のエアフローの違い」に対して機動的に対処し、取っ手の割れリスクに先回りして対応することが、歩留まり向上やコストメリットへ直結しています。

成形温度設定の重要性と実践ポイント

原料の種類と配合をまず理解

スープカップの成形に用いられる粘土や磁土はメーカーごと、またロットごとに微妙に性質が異なります。
特に含水率や可塑性、熱膨張率などは割れリスクに大きな影響を与えるため、自社で使用する土の配合や仕入先の品質安定度をまず把握することが重要です。

成形時適温は20〜25℃が理想的

取っ手成形時の温度が高すぎると、水分が過剰に蒸発して微細クラックが入りやすくなります。
逆に低すぎると、土自体が硬化して成形しづらく、後の接合不良や乾燥中の割れにつながります。
最適温度帯は20〜25℃前後が目安ですが、実際には工場の室温や湿度とのバランスを見ながら微調整する必要があります。

成形直後の取扱注意点

成形後すぐに本体と取っ手を接合し、仮乾燥(レザーハード状態)を確保するのが一般的です。
このとき指で軽く押して歪まないくらい、かつ柔らかさが残っている状態で接合することで、接着強度を最大化できます。

焼成工程で破損を防ぐ最適プロセス

1次焼成(素焼き)のポイント

素焼きは一般的に800℃〜900℃程度で行いますが、急激な昇温や湿度管理の不備はマイクロクラックや剥離の発生リスクを高めます。
特に現場では「焼成釜周辺や空気の流れ」を見逃してはなりません。
現場リーダーの経験による「置き位置」の調整や「バッチごとの出来の違い」をフィードバックしましょう。

本焼成の最適温度とカーブ

本焼成では1250℃〜1300℃程度が一般的です。
近年では温度プロファイル(焼成カーブ)の最適化によって、割れリスクを軽減する事例が増えています。
例えば、取っ手と本体の熱膨張率の差異を吸収すべく、
約700〜900℃付近(α→β石英転移帯)でゆっくり温度を上げることで、内部応力を最小化できます。

冷却過程の「ひと手間」を惜しまない

焼成後の急冷却は、衝撃的な温度差から取っ手のクラックを誘発します。
できる限りゆっくりと冷却カーブを設定し、釜の蓋を完全に開ける前に十分な自然冷却時間を確保することが大切です。

デジタル&自動化時代に求められる現場力

AIと現場の融合最前線

大手メーカーを中心に、AIによる焼成カーブの自動最適化や、3Dスキャナによる成形後のひずみ可視化など、デジタル化が着実に進んでいます。
しかし、現場のベテランからは「機械は扱えても、“割れる匂い”がまだ分からない」との声も根強いです。

最強の現場とは、データと肌感覚の“いいとこ取り”ができる組織です。
例えば「普段と少し違う焼成音がする」といった兆候にAIアラートを組み合わせることで、
割れリスクを事前に察知・是正できる環境の整備が、これからの調達・購買、生産管理にも求められます。

バイヤー・サプライヤー双方に求めたい視点

バイヤー視点:仕様変更とコミュニケーションの重要性

スープカップの仕様設計では、割れにくい形状や原料指定だけではなく、「焼成方法の詳細」「現場でできるリスク管理」まで踏み込んだ調達発注が理想です。
サプライヤー任せにせず、自社スタッフが生産現場に足を運び、知見の共有や改善提案を積極的に行うことで、品質・コスト両面の最適化が実現します。

サプライヤー視点:現場技術と説明力

取っ手の割れリスクを減らすためには、物理的な工程管理だけでなく、顧客(バイヤー)へ「なぜこの仕様・工程が必要か」を論理的かつ分かりやすく説明できるかが勝負です。
また、現場の声を「点」ではなく「線」で管理し、ほかの工程(釉薬・加飾・梱包など)とも連携しつつPDCAを回せる体制を意識しましょう。

まとめ:時代を越えて愛されるスープカップづくりのために

スープカップの取っ手が割れないためには、成形温度・焼成工程の細やかな管理はもちろん、
現場の伝統的なノウハウ、最先端のテクノロジー活用、そしてサプライチェーン全体の密な連携が不可欠です。
昭和の職人技と令和デジタルの融合こそ、これからの日本の製造業が世界に誇れる価値になることでしょう。
日々のちょっとした“違和感”に気付く力、現場目線で即座に改善行動へ移すスピード、これら現場の叡智を大切にしながら、時代を越えて愛されるスープカップを一緒につくりあげていきましょう。

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