投稿日:2025年10月29日

製造試験の段階で見逃されやすい「香りの飛び」と補正のテクニック

はじめに:製造試験における“香りの飛び”の見逃しと業界の現状

製造現場では、日々様々な製品開発が行われています。
その中で、品質管理や生産試験は製品の価値を決定する極めて重要なプロセスですが、特に香料や揮発性成分をあつかう製品の分野においては、目に見えない変化をどのように検知し、補正するかが重大な課題となります。

香りの飛び、すなわち「香気成分の揮発・分解による香り減衰」は、食品、化粧品、洗剤、工業用化学品などで頻発する現象です。
この問題に真正面から取り組まなければ、市場投入後に「思ったほど香りがしない」「開封後、すぐ香りが消えた」などのクレームにつながり、ブランド価値低下やリコールに発展することもあります。

昭和時代から伝統的に「五感を信じろ」と現場に口伝されてきた製造業界ですが、AIやデータロガーが普及する令和の今でも、香りは視覚化や数値化が難しいため、未だに経験と勘に大きく頼った管理が多いのが実情です。
今回は、この「香りの飛び」に関する基礎から、目からウロコの補正テクニック、そして発見が遅れてしまう現場あるあるや業界動向まで、現場目線で詳しく解説します。

香りの飛びとは何か?現場で起こる見逃しの実態

香りの飛びの科学的メカニズム

香りの元となる成分(香気成分や精油類)は、高い揮発性・分解性を持つ分子です。
これは製品の特徴を生み出す反面、保管や製造過程、輸送や包装開封時の物理的ストレスや温度変化、光への曝露、原料・資材との化学的反応で減衰しやすいという問題も抱えています。

たとえばキャンディや飲料に配合された柑橘香料、洗剤や柔軟剤の芳香成分、化粧水のフローラルアロマなどが代表的です。
香りは人間の感覚が感じ取れる濃度まで存在しないと“香りがしない”“弱い”と消費者に認識されます。
にもかかわらず、保管や製造・充填工程で少しずつ失われやすいのです。

なぜ現場で気づきにくいのか

– 長期間曝露による“徐々に失われる”ゆえに現場の違和感として把握しにくい
– 設計部門と量産現場の情報断絶(意図のすれ違い、仕様認識違い)
– 「鼻慣れ」による感覚麻痺(現場では同じ香りを繰り返し嗅ぐことで特有の順応現象が起きる)
– 味や色は数値計測しやすいが、香り計測は高価な機器が必要かつ即時フィードバックが難しい
– 昭和世代・熟練者の「自分(の鼻)は大丈夫」の思い込み

このような理由から、特に香り製品未経験や若手メンバーが多い現場では見逃しやすい傾向が根強いです。

バイヤーやサプライヤーが知っておくべき香りの飛びリスク

バイヤーの立場から見た注意ポイント

調達・購買(バイヤー)は単に最安や安定調達だけを見ていては、市場の本質的な品質を見落とすことになります。
香りの飛びは、最終顧客に届くアウトプットの品質リスクであり、以下の視点を持つ必要があります。

– 香料・エッセンスベンダーの品質規格値が曖昧なまま調達していないか?
– ロット間・納期での香りの再現性確認がされているか?
– 保管流通経路(倉庫の温度、直射日光、パッケージ開封回数など)が管理されているか?
– 量産時のサンプルと実際の量産現場での香り検出レベル差異はないか?

現場を知るバイヤーは、これらの「潜在する劣化リスク」を仕様書や会議だけでなく、実地現場巡回・抜き取り検査・顧客フィードバック分析など多面的な方法で管理することが欠かせません。

サプライヤーからみたバイヤーの着眼点

サプライヤーは、原材料や中間体製品を提供した後の現場側の検査手法や重視事項を理解する姿勢が信頼構築につながります。
香り製品では、「物理化学的な品質がOKでも、最終用途での香り体験が想定どおりか?」は製品価値そのものです。

バイヤーの視点を知ることで、
– 試験サンプルと本生産ロット間の差異発生を最小化する技術・ノウハウの蓄積
– 輸送・保管時の香り飛びへの対応策(遮光・気密・充填条件提示など)の提案
– 客先の試験仕様変更や良品判定基準への機敏な対応

など、付加価値提供のヒントが得られます。

香りの飛びを見抜く・防ぐための現場テクニック

五感と定量検査の融合アプローチ

香りの評価は「官能(人の感覚)」に頼る部分と、「機器分析(ガスクロマトグラフィー等)」に頼る部分のハイブリッド運用がベストです。

現場では、
– 必ず複数人での“パネル判定”(感度のぶれ、鼻慣れ抑制)
– テストサンプル、リファレンス、量産品の比較嗅ぎ
– 朝・昼・夕など時間帯を変えて人のコンディション違いにも目を向ける

一方、定量的分析も重要です。
ガスクロマトグラフ質量分析(GC-MS)は香料成分の消失や分解生成物の変化を±1ppm単位で把握できます。
最近では、操作簡単な簡易香気分析装置やAI判定サンプルも現れつつあります。

昭和マインドからの脱却:新旧融合による香りの飛び対策

往年の「熟練工の鼻」も重要ですが、データや新機器による裏付けと補完がなければ、属人的・曖昧な品質管理となり時代遅れになってしまいます。
– 香り検査員の訓練(香り用語統一、基準サンプルでの感覚スケーリング)
– 香料原液管理(気密容器、冷暗所保管、入荷サンプル対比記録)
– 樹脂や資材と香りの相互作用試験(プラスチックと香気成分の吸着や劣化も無視できません)
– プレ生産と本生産での香り変動傾向の工場側データロギング

製品ライフサイクルマネジメントのなかで、設計段階~現場量産~流通~棚卸の“全体最適”視点が肝になります。

香り飛び発生時の現場補正テクニックとナレッジ伝承の重要性

補正方法の最前線

もし量産品で香り飛び減衰が発生してしまった場合、以下のような補正技術が実践されています。
– 充填・密封直前に香気成分を再添加して調整する(ただし混合ムラ、香料安定への配慮必須)
– 高気密・遮光パッケージ採用に切り替えることで、香料飛散量を削減
– サプライヤーへの連絡により、香料強度UP版や改良グレードを期間限定調達
– 消費者クレーム・VOC(Voice of Customer)解析による現物回収と再評価

このとき重要なのは、場当たり的な補填や薄利多売に陥らず、「飛んだ理由の科学的分析」と「再発防止措置」を徹底することです。

ナレッジ伝承と工場教育の変革

香りの問題は、属人的経験から脱却して組織知として体系化しなければ、若手世代や新規ライン立ち上げ時にまた同じ失敗を繰り返してしまいます。
製造現場では、下記の工夫に取り組むことが製品品質の底上げにつながります。
– 典型的な香り飛び事例の動画/画像マニュアルの作成
– 簡易チェックリストや判定基準の言語化
– 年次ごとの香り飛び傾向、補正実績のデータベース化
– 座学+体験+試薬・香料テイスティングの総合OJT
– ベテランと若手の共同ジャッジやクロスレビュー

これらを通して昭和型の“俺流”から、令和型の“組織知で守る品質”へと進化していく必要があります。

業界最前線:デジタル&グローバル時代の香り品質管理動向

デジタル化の急速な進展により、日本のものづくり現場も変革を迫られています。
大手食品や化粧品メーカーでは、クラウド上での試験データ共有やAI官能評価、自動香り注入判定装置の導入などが進んでいます。
また、輸出拡大による温度・湿度管理レベルのグローバルスタンダード化も不可避になっています。

現場ノウハウと最新技術、新しい発想の融合が、これからの製造業全体で必須のスキルとなりつつあります。

まとめ:香りの飛びを攻略するために、現場・調達・サプライヤーが今やること

香りの飛びは、ほんのわずかなミスや油断が製品価値に直結する「見えない落とし穴」です。
しかし、現場の五感・熟練知・定量分析を融合させ、ナレッジ化することで確実な再発防止策につなげられます。

– 官能と機器分析のハイブリッド管理
– バイヤーとサプライヤーが劣化リスクに目を向けた実践的なコミュニケーション
– 発生時の補正技術と体系だった教育・マニュアル整備
– デジタル(IoT・AI)と現場知を統合した品質保証体制

これらを意識し、現場・調達・供給サイド全員が「香りの見えない品質」づくりに取り組むことが、価値ある日本のものづくりの次代を切り拓く一歩となります。

昭和のやり方にこだわらず、ラテラルな発想で新たな品質管理の地平線を、共につくっていきましょう。

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