投稿日:2025年6月5日

機械の長寿命化・高効率化に活かすための摩擦・摩耗の基礎と対策

はじめに:昭和から現在まで続く「摩擦・摩耗」の悩み

製造業の現場では、今も昔も変わらぬ大きな課題があります。
それが機械の「摩擦」と「摩耗」です。

私が工場に入った二十数年前も、ベテランたちが「油をちゃんと回せ」「給油周期は守れ」と口酸っぱく繰り返していました。
しかし令和の今も、多くの現場で機械のトラブルの約6割が摩耗や潤滑不良に起因すると言われています。

なぜこれほどまで摩耗は根強く、生産現場を悩ませ続けるのでしょうか。
そこには、日々進化する生産技術とは裏腹に、「人」や「しくみ」、そして文化がアナログなまま取り残されがち、という日本の製造業特有の課題も見え隠れします。

本記事では、摩耗メカニズムの基礎知識から、現場で実践されてきた対策、そして今後求められる新しい発想まで。
長寿命化と高効率化を同時にめざす現場目線で解説します。

摩擦・摩耗とは何か?現場で起きる“削られる力”

摩擦は、機械の部品どうしが接触して動くとき必ず発生します。
その摩擦によって、部品の表面がじわじわ削られ、それが「摩耗」と呼ばれる現象です。

摩擦の種類と現場での例


摩擦には大きく分けて乾式摩擦、潤滑摩擦などがあります。
例えば金属ギヤ同士が直にこすり合った場合は乾式摩擦、潤滑油が適切に供給されている状態では潤滑摩擦になります。
この違いが機械の寿命や効率に大きく影響します。

摩耗の分類と原因


摩耗には「アブレージョン摩耗(擦り減り)」や「アディション摩耗(溶着)」、更に潤滑油中の微細なゴミが原因となる「アブレーティブ摩耗」など様々なパターンがあります。
部品同士の精度や材質の組合せ、給油の質・量、生産現場の温度や湿度、作業者による保守のバラツキなど、多くの要因が絡み合って摩耗は進行します。

なぜ「摩耗対策」が機械の長寿命・高効率化に直結するのか

製造業の現場では、設備が安定して稼働する時間が=生産性です。
摩耗によるトラブルは、想定外のダウンタイムを生み、品質不安の温床にもなります。

摩耗トラブルの経営インパクト


・突発保全が増える = 人手・コスト増加
・不良率上昇や設備停止 = 顧客納期への影響
・設備更新サイクル短縮 = 設備投資コスト増大

こうした結果、利益率の低下やビジネスチャンスの逸失へと直結します。

昭和的な「場当たり保全」がトラブルを招く

長年の現場感覚だけを頼り、「おかしくなったら直せばいい」という昭和流の保全姿勢。
こういった文化では、異常の早期発見や本質的な摩耗対策に手が回らず、結局設備寿命を縮める悪循環に陥りがちです。

その結果、本来10年保つはずの部品が6年しかもたなかった、毎週どこかでトラブルが起きている、そんな現場に陥ってしまうのです。

現場でできる摩耗対策の基本と最前線

それでは、どうすれば摩耗トラブルを減らし、長寿命と高効率化を実現できるのでしょうか?

1. 潤滑管理の徹底(給油・油質監視)


・部品ごとの最適潤滑剤の選定と給油間隔管理
・温度、振動センサーによる予知保全的な監視
・潤滑油の定期分析(油中の摩耗粒子・酸価数確認)
このような管理策で、多くの現場が突発停止を3割以上減らしています。

2. 摩耗しにくい材質選定と表面処理


・高硬度材や特殊合金への変更
・窒化や溶射、超音波焼入れ等の表面強化技術
近年はコストダウンしつつ大幅寿命延長する加工技術も進化。
サプライヤーと協力して計画的に適用すれば、部品取り換え頻度を劇的に下げることができます。

3. 「見える化」と標準化で“品質のバラツキ”を減らす


・摩耗量の定期測定の標準化とチェックシート化
・作業者による主観保全から、IoTセンサーなどデータ主導へ
人による「なんとなくOK」を無くし、客観的な状態監視に変えることで、早期発見・早期対策ができます。

摩耗対策の“落とし穴”と現場で起こりやすい勘違い

摩耗対策は「全部強くすればいい」「とにかく油を増やせばいい」となりがちですが、それでは思わぬ失敗を招きます。

材質強化だけではコスト&新たなトラブル


硬くしすぎたことで逆に割れやすくなったり、他の部品が摩耗しやすくなる「すきまトラブル」を呼び込む場合もあります。
コストアップ分の回収も計算しないと、高効率の罠に陥ります。

潤滑過多の罠


油を増やせばいい、というのは昭和の思い込みです。
過剰給油は逆にトラブル原因(発熱・混入・環境負荷)になるケースも多く、適量管理こそ要です。

“見える化”は作業者の不安を煽るだけにならないか?


データ計測ばかりを重視して、現場スタッフの持つ経験値・直感を否定してしまうと、逆に不具合への初動対応が遅れることも。
テクノロジーと現場の知恵のハイブリッド化が成功の鍵です。

ラテラルシンキングで考える「次の摩耗対策」

摩耗=単なる劣化・消耗という見方だけでなく、「データ資産」として捉え、人・設備・工程全体の最適化に役立てる発想が今求められています。

センシング×AIによる予知・処方保全


最新の設備では、振動・音・温度データからAIが劣化パターンを学習し、まだ目に見えない“兆し”を事前に察知してくれます。
バイヤーであれば、生産ライン毎にこうした機能があるサプライヤーを選ぶことが競争力強化に直結します。

摩耗メカニズムから工程全体を再設計


「どう削れたか」から逆算して、無駄な応力が加わる工程そのものを大胆にリデザインする。
たとえば部品点数を半分にして摩擦部の総面積を減らす。
表面処理や潤滑管理を内製化することで品質レベルを統一化する、といった大胆な改善も現実味を増しています。

バイヤー/サプライヤーの視点:摩耗技術の「選び方」「売り方」

摩耗対策は「見えないコスト削減」「実績データ付きの付加価値提案」がポイントです。

バイヤー側の戦略


・短期的な部品コストだけ<トータルコスト(劣化サイクル+メンテ費+停止損失)で評価
・「摩耗低減効果」を見える化したサプライヤー(データ提供・保証付き)を積極選定
・社内の現場担当者と定期的なレビューMTG設置

サプライヤー側の戦略


・「実使用環境での摩耗データ」や「相手先現場に応じたカスタム摩耗実験」を用意
・“目先の単価”だけでなく、「5年後の累積コスト削減」までを提示
・摩耗診断後の“運用提案”までサービス化

摩耗対策は、単なる部品売りから“プロセス売り”への転換が重要です。

まとめ:摩耗対策は、工場と現場のポテンシャルを引き出す「投資」

摩耗・摩擦は、機械や工場の真価を一番左右する根っこです。
「手間を惜しむ」「コストだけを見る」と、目先の効率ダウン・品質劣化につながりかねません。

今こそ経験×データ×技術で、摩耗リスクをコントロールし、「昭和的な場当たり」から抜け出しましょう。
バイヤーもサプライヤーも、現場の真実の声に耳を傾け、“ともに考える”時代がやってきています。

地道な摩耗対策の積み重ねが、現場発イノベーションの種となり、日本の製造業の未来を支えるはずです。

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