投稿日:2025年6月26日

ディジタル信号処理と適応フィルタ設計の基礎とフィルタ実装演習

はじめに:製造業で求められる「ディジタル信号処理」とは

ディジタル信号処理(DSP:Digital Signal Processing)は、製造現場の自動化や品質管理、IoT化が進展する中で、ますます重要性を増しています。

従来の製造業では、匠の技と経験が大きな比重を占めていました。

しかし近年、センサーの測定値や生産ラインの振動データ、画像検査カメラの出力など、あらゆる現場データが「信号」として収集・解析される時代となりました。

この膨大なデータを価値に変えるには、適切な信号処理技術の基礎知識と実践力が欠かせません。

本記事では、ディジタル信号処理の根幹であるフィルタ設計、とくに現場応用でニーズの高い「適応フィルタ」の基礎、さらには実装の具体例やポイントまでを、できるだけ現場目線で掘り下げて解説します。

業界のアナログ的体質から一歩抜け出し、高付加価値の創造につなげたいバイヤーや技術者、またサプライヤーの皆様にも役立つ内容です。

なぜ今、ディジタル信号処理なのか

アナログ製造業とデジタル化のギャップ

日本の多くの製造業現場には、昭和時代から受け継がれた「勘」「経験」「根性」といった泥臭い現場カルチャーが今なお色濃く残っています。

紙による記録、目視による検査、手作業中心のトラブル対策――こういったスタイルは確かに現場力を支えてきました。

しかしグローバル競争や人材の高齢化、IoTによる省力化・自動化のニーズが高まる今、従来のアナログ的手法にも限界が来ています。

それを突破するカギのひとつが、「信号処理」なのです。

現場データの高度活用に不可欠な技術

ひと口に「信号」と言っても、現場には振動、音、温度、圧力、電流波形、画像など多様なデータが存在します。

しかし、これらのデータは測定ノイズが混入していたり、有用な情報が埋もれていたりして、そのままでは使い物にならないことも少なくありません。

ここで求められるのが、ディジタル信号処理、とりわけフィルタリング技術です。

不良品の早期検出や劣化予知、異常検知など、信号を「整える」「取り出す」ことができれば、現場の真価を大きく引き上げられます。

信号処理の基礎:アナログとディジタルの違い

アナログ信号処理とは

従来の製造業現場では、OPアンプなどを使ったアナログ回路による信号処理が主流でした。

例えば、ローパスフィルタ(LPF)回路でノイジーな振動信号から高周波ノイズを除去する、といった例です。

ハードウェア実装で即時性が高いという利点がある一方、柔軟な変更がしづらく、現場改良や新製品対応のたびに部品の交換や回路改造が必要となることが課題でした。

ディジタル信号処理(DSP)の概要

これに対し、マイコンやPC、組み込みシステム上で実装できるディジタル信号処理は以下のメリットがあります。

– ソフトウェアで処理内容を柔軟に変更できる
– データを蓄積し、高度な解析が可能
– AIや機械学習、遠隔監視との融合もスムーズ

最近のPLCや産業用ロボット、IoTデバイスにも、標準でDSP用コアや信号処理ライブラリが搭載されつつあります。

昭和型現場からDXを推進したい皆様は、まずDSPの基礎から押さえていくことで、新たな現場改善を実現しやすくなるでしょう。

ディジタルフィルタの種類と選定ポイント

基本のフィルタ:FIRとIIRとは

ディジタル信号処理の中核をなすのが「ディジタルフィルタ」です。

用途に応じて多種多様ですが、代表的な2形式について押さえておきましょう。

・FIRフィルタ(Finite Impulse Response)
全ての応答が有限時間でゼロになる。設計が簡単、直線的で設計しやすいため、産業用途でも多用。
クロストークやリップル(波形歪み)が起きづらく、安定しやすい特徴。

・IIRフィルタ(Infinite Impulse Response)
過去の出力値も加味して応答を決定。回路設計に近い自由度の高さが強みだが、設計難易度は上がる。
同じ効果をより少ない演算量で実現できる場合が多い。

現場でまず試したい、シンプルなノイズ除去ならFIRフィルタ。

限られたマイコンリソースで複雑な波形処理を必要とする場合はIIRフィルタを検討すると良いでしょう。

用途別選定の現場ナレッジ

・信号の立ち上がり・立ち下がりが重要
⇒グループディレイ(遅延)を小さくできるFIR推奨

・低消費電力、低コスト重視
⇒IIRフィルタが有利なケース多し

・部品のバラツキが気になる現場
⇒数値演算のみで実装できるディジタルフィルタは再現性が高い

アナログ時代には「現場合わせ」が欠かせなかったポイントでも、DSPの知識があれば標準化や横展開がしやすくなります。

適応フィルタの基礎と現場へのインパクト

適応フィルタとは何か

従来のフィルタでは、カットオフ周波数や特性を事前に決め、一定の条件でしか性能を発揮できませんでした。

これに対し、現場の信号特性やノイズ環境が常に変動するような場合に威力を発揮するのが「適応フィルタ」です。

適応フィルタは、フィルタ自体のパラメータを自動的に更新し、最適な状態を保つ仕組みです。

たとえば騒音環境が時間とともに変わる生産現場、さまざまな原材料による信号変動が起きやすい工程などで「ノイズ抑制」や「異常検出」に極めて強力なソリューションとなります。

代表的な適応アルゴリズム:LMSとRLS

・LMSアルゴリズム(Least Mean Squares)
構造が簡易で計算コストも低く、多くの現場にフィット。主にノイズキャンセルなど。

・RLSアルゴリズム(Recursive Least Squares)
LMSより高性能だが計算量が大きく、組み込み用途での利用は慎重に。低遅延な制御系や劣化診断での応用例。

現場ニーズの多くは「頑健で省メモリ・低コスト」であるため、まずはLMSアルゴリズムを基礎から習得すると、高い再現性が得られます。

ディジタルフィルタ実装の流れと演習例

現場フロー:企画から運用まで

1. 信号データの取得
→センサ選定、ノイズ特性確認、サンプリング周波数の最適化

2. データの可視化と事前評価
→ExcelやMATLABなどでプロット。異常波形や真正な信号パターンを洗い出す

3. フィルタ設計
→FIR/IIR/適応フィルタから選定し、設計パラメータを決定

4. シミュレーション検証
→PythonやMATLABなどで設計したフィルタの波形応答、周波数特性をチェック

5. マイコン(C言語等)やPLCへの実装
→演算精度やリアルタイム性に留意、テストベンチ作成

6. 運用現場での評価とパラメータ再調整
→現場波形との誤差フィードバック、「現場合せ」は逆にパラメータ微調整で実現

具体的な演習例:LMS適応フィルタの現場適用

(1)騒音除去:搬送ラインの振動データから、機械故障が生じた際の特徴信号のみを抽出したい
・入力信号=振動センサデータ
・リファレンス信号=ノイズ源(たとえばファン動作音)

これら2系統の信号をLMSフィルタに入力。

リファレンス信号との誤差を最小にするようにフィルタ係数(ウェイト)を逐次調整し、ノイズ分のみを除去したクリーンな状態に。

(2)画像検査でのノイズ補正:カメラ映像の輝度ムラや周期的ノイズの除去
・画像の各輝度値を時系列信号データと見立て、LMSフィルタで平滑化。

現場からのフィードバックを元にパラメータを調整し、「歩留まり改善」や「誤検出低減」に寄与できる。

現場実装のポイントと安定運用のコツ

失敗しがちな現場の盲点

・計測条件のバラツキ、センサ誤作動の見落とし
→最初にデータ取得のバラツキを徹底的に排除

・設計パラメータの「勘と経験」に頼りすぎる
→シミュレーションや統計的検討で最適解を模索

・現場での挙動が安定しない場合、過去データで繰り返しテスト
→障害要因を特定しやすくなる

現代現場リーダーに求められる姿勢

・「なぜ」を徹底し、数字で裏づけされたプロセス改善を進める
・ペーパーログだけでなく、デジタル記録と自動解析を積極活用
・現場の熟練技能者の知見を、DSPやAIシステムに橋渡しする姿勢

バイヤー・サプライヤー視点での信号処理活用法

バイヤーがDSPを学んで得られるアドバンテージ

・サプライヤーから提案される装置や部品のスペックを「本質」で評価可能
・設備投資判断や品質要件の吟味が数字に強くなる
・コストダウン交渉や導入プレゼンで、現場負荷や運用品質に目配りできる

サプライヤー側がバイヤーの考えを読むコツ

・「信号処理で何が実現できるか」という現場課題志向を意識
・成果物(アウトプット波形や導入後のPDCA運用)までイメージした提案力
・時代遅れなアナログ思考から一歩抜け出し、ソフトウェア・ファームウェアの応用価値を示す

現場に寄り添い、要件定義~運用までを丸ごとサポートできるサプライヤーは今後ますます求められます。

まとめ:アナログ現場の「再起動」はDSPから

これからの製造業は、「データを価値に変える」力が問われる時代です。

ディジタル信号処理や適応フィルタ設計の基礎を現場目線で身につけることは、省力化・自動化・品質向上など製造現場全体の底上げに直結します。

昭和的な現場体質を活かしつつ、DXの波にしなやかに乗る――その橋渡し役として、本記事がお役に立てば幸いです。

まずは自分たちの現場データを見直し、小さな演習から始めてみましょう。

製造業の明日のために、ラテラルシンキングの力で新たな地平線をともに探求していきましょう。

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