投稿日:2025年12月7日

技術的に正しくても市場に受けない“作りたいもの”と“売れるもの”のギャップ

技術志向と市場志向、その根深いギャップ

製造業の現場では、技術力の高さがひとつの誇りであり、長年に渡り日本のモノづくりを支えてきました。
「自分たちが納得する品質、世界を驚かせる先進的な機能、技術的に優れている製品を作りたい」と多くの技術者が思い続けてきました。
しかし、現実には技術的に正しい、あるいは最先端の製品が必ずしも市場で“売れる”とは限りません。
この“作りたいもの”と“売れるもの”のギャップこそが、製造業における最大の課題と言えるでしょう。

昭和型“技術至上主義”の残像

戦後から高度経済成長期、そして“モノづくり大国ニッポン”と呼ばれた黄金時代を支えたのは紛れもなく現場力と技術者魂でした。
ところが、この“技術で勝てば市場もついてくる”という発想が、令和の現在でも現場と組織に根強く残っています。

多くの工場や設計部門では、「ウチの技術を活かせる製品」「自分たちだからこそ作れるスペック」に重きを置きがちです。
一方でマーケット、特に“顧客が本当に欲しいもの”は目の前の現場で見えにくく、置き去りにされる傾向があります。

現場のリアル:利益なき“技術の誇り”

私自身、20年以上の現場経験を通じて多くの新製品開発に関わってきました。
苦労してつくり上げた新部品や装置が、そのまま“お蔵入り”になったケースも少なくありません。
技術部門からすれば「なぜ売れないのか」「使われないのか」と悔しさを感じる一方、市場や営業の目線では「ニーズが弱い」「価格と見合わない」と評価されてしまうのです。

なぜ“作りたいもの”は市場で受けないのか?

ギャップの正体は単純で、「誰の、どんな問題を、どのように解決するのか」が技術側で見えていないことに起因します。

顧客価値を決めるのは技術ではない

今やサプライヤー同士の技術力は均衡傾向にあり、“スペック”そのものが差別化要素になりにくくなっています。
シビアなコスト競争や短い開発リードタイムが求められる環境で、「+αの高い性能」に予算を割ける顧客はごく一部です。
本当に必要とされているのは、技術の高さそのものではなく、「安心して使える標準性能」や「調達管理が容易な安定供給力」「柔軟なカスタマイズ対応」といった、ユーザー視点で切り出された付加価値なのです。

“足し算”ではなく“引き算”の設計思考

現場では“より良く、より多く”の発想が蔓延しがちですが、市場に響く製品は「十分な性能で無駄な機能がない」ものです。
余分な機能を“引いて”、コストダウンや使いやすさアップに振る。
つまり長年培った足し算型技術思考から、引き算型のシンプル志向へとパラダイムシフトが必要でしょう。

購買バイヤー、調達現場が本当に求めていること

バイヤーや調達担当者の本音を知ることは、サプライヤーの製品開発において極めて重要です。
特にBtoB製品では「社内稟議」や「総所有コスト(TCO)」など、最終顧客の意思決定プロセスはテクニカルな理由だけで成立しません。

“売れるもの”はこうして選ばれる

バイヤーは、見積金額以外にも生産能力や納期遵守力、不良時のサポート体制など多面的にサプライヤーを評価しています。
かつては“コスト削減一辺倒”でしたが、今や「サステナビリティ」「BCP(事業継続計画)」「トレサビリティ保証」も重要な判断軸になりました。

たとえば、どんなに優れた技術を搭載していたとしても、「すぐに納品できない」「見積もりのレスポンスが遅い」「問い合わせのたびにたらい回しにされる」サプライヤーの商品は選ばれません。
また、競合他社と比較してコスト優位性や安定性で劣る場合、いくら情熱を注いだ製品も購入されない現実があるのです。

“売れるもの”を設計するための現場発ラテラルシンキング

“売れるもの”と“作りたいもの”のギャップを埋めるには、従来の思考パターン(ロジカルシンキング)だけでは不十分です。
現場の知見と感覚値、さらには横断的な視野=ラテラルシンキングが不可欠となります。

現場発・市場志向の成功事例

たとえば、ある自動車部品メーカーでは現場チームに、設計部や営業、現場作業員、調達担当を混在させたプロジェクトを発足。
“1分で変わる工程のムダ取り”や“他業界の当たり前を応用するアイデア”など、多視点で売れる製品開発に挑戦しました。
結果、従来ラインよりも20%安く、かつ納期の“見える化”が差別化ポイントとなり、主要取引先からの大口受注につながっています。

< h3>逆転の発想:顧客の“不”を集めよ

市場には「今ある製品の、どこが不満か」「本当はこうあって欲しい」という“不”が溢れています。
技術的な観点ではつまらなく見える不平不満こそ、売れる製品の種なのです。

たとえば、「現場作業者が手袋をしたままでも扱いやすい形状」「機械メンテナンス時の分解・組立手順が簡素」など、技術課題ではなく利用者課題への共感とクリエイティブな発想が生まれます。
付加価値の再定義、工数やリードタイム短縮、歩留まり向上など現場目線ならではのアイデアも、多くはこの“不”の観点から考えられます。

組織変革の本丸:設計・調達・生産・営業の壁を壊す

“技術的に正しい”の呪縛を抜け出すには、社内コミュニケーションと意思決定プロセスの見直しが不可欠です。
設計部門、調達購買、生産管理、営業という縦割り構造から、顧客価値づくりの横断型ワークフローへと進化させなければなりません。

情報共有と現場フィードバックの重要性

バイヤーや営業が得たマーケット情報を設計現場に積極的にフィードバックし、「どんな開発案件なら本当の価値につながるのか」を共に見極める習慣が必要です。
定例会議だけでなく、“現場で一緒に工程や作業を体験してみる”“顧客クレームの分析をローテーションで実施する”といった自発的な情報交換が製品企画の質を一段押し上げます。

アナログな現場だからこそ“今”取り組みたいこと

昭和型アナログ業界こそ、「市場に求められるものは何か?」への目線を強めることで他との差別化を計れます。
デジタル化や自動化施策と共に、現場起点の視点転換とラテラルシンキングをプロセスに組み込むべきです。

“共創型”開発でギャップを埋める

顧客や川下ユーザーと一緒になって新商品企画を行う共創型アプローチは有効です。
特にBtoB業界では、顧客現場での“実地試験”や“ヒアリング会”の開催、その中で見えてきた課題・要望をいち早くフィードバックする仕組みを築くことで、ギャップの最小化が図れます。

まとめ:現場から始まる“売れるもの”への挑戦

製造業には長年に渡って培われた技術の誇りがあります。
しかし、市場で選ばれ・求められる製品開発は、技術力を出発点にしつつ顧客価値・ユーザー視点へのシフトが不可欠です。

“作りたいもの”と“売れるもの”のギャップに悩む方、バイヤー志望やサプライヤーとして現場力を磨きたい方は、ぜひ一度自分の視点や思考法を見直してみてください。
現場を知り、現場に根差しながらも、“市場では何が本当に求められ/選ばれ/継続されるのか”を考え続けることで、“技術×市場”の新しい地平線が開けてくるはずです。

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