製造業における従業員の健康経営とSDGs目標3との関連

はじめに：製造業の現場と健康経営の重要性

日本の製造業は、高度成長期から現代に至るまで、技術革新と共に発展してきました。

しかし、現場では残業やシフト勤務、身体的負担の大きい作業など、従業員の「健康」と背中合わせの課題が今も根強く残っています。

これまで日本の多くの工場では「モノづくり」の現場力が重視され、どうしても生産効率やコスト削減が最優先されやすい傾向にありました。

その結果、従業員の健康は「自己管理」として片付けられがちでしたが、今やそうした考え方は大きく変わりつつあります。

製造業においても、健康経営という考え方を取り入れる企業が増えてきました。

その背景には、従業員の健康が企業のパフォーマンス向上やリスクの低減、ひいては企業価値の向上につながるという認識が広がってきたことが挙げられます。

また、SDGs（持続可能な開発目標）の目標3「すべての人に健康と福祉を」に対する社会的な注目も高まっており、グローバルな競争力強化の観点でも健康経営は重要なテーマとなっています。

本記事では、製造業における従業員の健康経営と、SDGs目標3との関連について、現場目線で実践的かつ深く掘り下げて解説します。

サプライヤーやバイヤーにとっても、健康経営に本気で取り組むパートナー企業との連携は、今後ますます重要な指標となるでしょう。

SDGs目標3と製造業の接点

SDGs（Sustainable Development Goals）は、国連が2015年に採択した国際的な共通目標で、2030年までに持続可能な社会の実現を目指す取り組みです。

SDGs目標3は、「すべての人に健康と福祉を」を掲げ、労働者の健康確保にも焦点を当てています。

なぜ製造業で健康経営が求められるのか

従来の製造現場は、危険性や負担の大きい業務も多々あり、労働災害や作業起因性疾患のリスクは決して低くありません。

また、慢性的な人手不足や高齢化も相まって、一人ひとりの従業員にかかる負担は増す一方です。

このような状況では、従業員が心身ともに健康でなければ生産効率の低下や安全性の損失、ひいては品質不良などの大きなリスクにつながります。

SDGs目標3は、単なる「病気の予防」や「治療」だけでなく、「健康的で働きやすい職場環境の構築」も求めています。

これは、今や製造業全体のサバイバル戦略とも直結する視点です。

健康経営の国際潮流と日本のアナログ業界の現実

世界的には「ウェルビーイング経営」といわれる潮流が広がっており、ESG（環境・社会・ガバナンス）投資でも従業員の健康施策が重視されています。

一方、昭和時代からの慣習が色濃く残る日本の製造現場では、「健康経営」を口にするだけで、「現場はそんな余裕がない」「昔からやってきたやり方で十分」と懐疑的な声もまだ根深いのが実情です。

ですが、グローバルなサプライチェーンの一端を担う以上、健康経営への本格的な取り組みが評価指標となりつつある今、「古い体質」が逆にビジネスチャンスを失うリスクにもなり得ます。

実践的な健康経営：現場での取り組み事例

ここからは、健康経営の具体的な実践事例について、製造業ならではの視点からみていきましょう。

1. 労働安全・衛生施策の徹底

昭和時代からある「5S活動（整理・整頓・清掃・清潔・躾）」は、今も安全衛生面での土台ですが、そこにPDCA（計画・実行・評価・改善）のサイクルを回すことが肝心です。

具体例としては、
– 定期的な安全教育とヒヤリハットの徹底
– 労災ゼロを目指す“小集団活動”や安全パトロール
– 作業姿勢・騒音・照明・温湿度の最適化や職場の空気管理

など、現場目線で「すぐできること」から「長期的な改善」まで、地道な活動を積み重ねています。

また、手洗いやマスク着用、感染症対策も今や健康管理の一環として根付いてきました。

2. メンタルヘルスケアと働き方改革

スマートファクトリーへの移行や自動化が進むと便利になる一方、仕事内容が単調化しがちだったり、「人との接点が減って孤立感が増す」といったメンタルケア上の新たな課題も浮かびます。

実際、私の工場でも、定期的なストレスチェックや相談窓口の設置、産業カウンセラーとの連携強化など、従業員一人ひとりに寄り添った対応が進んでいます。

加えて、「長時間労働の是正」「有給取得の推進」「フレックスタイムやリモートワークの試行」など、多様な働き方への取り組みを進めています。

3. 健康増進・予防活動の推進

単なる「病気になったら医者に行く」から、「未病状態を防ぐ」という発想への転換が重要です。

例えば、会社負担による定期健康診断はもはや当たり前。

そこから更に踏み込んで「血圧や腰痛リスクが高い人向けの生活習慣指導」や、「禁煙・禁酒プログラム」「食堂でのヘルシーメニュー導入」など、健康増進を経営戦略の一部として推進する企業も増えています。

昼休みに社内ウォーキングを奨励する、夕方にストレッチタイムを一斉実施するなど、現場ならではの工夫も各所で実践されています。

4. 現場リーダーの育成が鍵

健康経営の成否を分けるのは、現場のリーダーが本気で取り組めるかどうかです。

昔ながらの職人気質が強い製造現場では、「部下への声掛け」や「ヘルスチェック」の徹底が後回しになりがちです。

ですが、現場責任者自らが健康管理の重要性を理解し、毎日の朝礼や作業指示時に「ちょっと不調な人がいないか？」と気にかけることで、チーム全体の安全意識が段違いに高まります。

また、バイヤーやサプライヤーの目線でも、「現場の健康意識の高い工場」は生産トラブルや従業員離職が少なく、安定した品質と納期を期待できるという事実が評価され始めています。

健康経営推進によるビジネス面のメリット

「現場の健康＝単なるコスト」と捉えるのはもう昔の話です。

健康経営推進は、企業全体の経営戦略に直結しています。

従業員の定着率とパフォーマンス向上

製造業では慢性的な人手不足が深刻です。

離職が増えれば教育コストも急増し、ノウハウの断絶や生産ロスが発生します。

健康経営によって従業員が安心して長く働ける職場を作れば、熟練者が定着し現場力が維持され、品質や生産性の安定にもつながります。

品質・安全・納期リスクの低減

体調不良やストレスを抱えた状態では、ちょっとしたケアレスミスや作業事故が起きやすくなります。

結果として不良品の発生率や、災害のリスクが増大します。

健康経営によって心身が整った従業員が多いほど、「最後のひと手間」や「異常への気づき」が生まれやすく、サプライチェーン全体にプラスの波及効果をもたらします。

企業イメージの向上と新規取引の機会増大

近年は大手バイヤーやグローバル企業が、サプライヤー選定時に「健康経営優良法人」や「SDGsへの取り組み」を一つの指標としてチェックする時代です。

健康経営に真剣な姿勢を示すことで、CSR（企業の社会的責任）評価が高まり、新たな引き合いや受注拡大のきっかけにつながります。

現場目線での健康経営の課題と打開策

理想論だけでは現場は動きません。

昭和のやり方が根強い製造業だからこそ、実践型の課題解決が不可欠です。

「忙しくてできない」を乗り越えるには？

工場現場では「毎日が納期との戦い」です。

「健康のことを考えている暇なんかない」「現場で働いていれば鍛えられる」といった意見も少なくありません。

打開策としては、経営陣が「健康施策をやりきることで生産ラインの安定化や安全対策にも直結する」と腹落ちするところから始めることが大切です。

また、現場で「これならやってみよう」と思える小さな改善（例えば、朝の5分ストレッチや作業負荷の見える化など）から始めることで、着実な文化醸成につながります。

成果の見える化がモチベーションを生む

健康施策は「やってすぐ成果が出る」ものばかりではありません。

そこで、従業員の参加率や健康診断の所見改善率、メンタルケア相談件数など、現場で追いやすいKPIを設定・定期化するのが効果的です。

可視化することで「これだけ職場が良くなった」と現場のやる気に火をつけることができます。

サプライヤー・バイヤーが押さえておくべきポイント

サプライヤー側としては、「健康経営＝現場の安定稼働」と捉えて、自社の取り組みを積極的に情報発信していくことが大切です。

バイヤー目線では、製品品質やコストだけでなく、長期的視点でサプライヤーの「健康経営度合い」を調査・評価する時代になっています。

健康経営に本気で取り組み現場レベルで成果を上げているパートナー企業は、ビジネス上の「リスクが低い」「安心して任せられる」存在として、今後ますます選ばれるでしょう。

まとめ：健康経営は製造業の成長戦略そのもの

健康経営やSDGsへの対応は決して一過性のブームではありません。

現場主導で「人を大切にする工場づくり」が深化すれば、従業員の健康と企業の持続的成長の両立が可能です。

昭和の成功体験を乗り越え、新しい時代の価値観を素直に受け入れ、実践していくこと。

それこそが、これからの製造業が世界で選ばれ続けるための必須条件です。

あなたの現場での一歩が、企業全体、そして社会全体の未来を大きく切り拓く力になります。

健康経営という新しい軸を、今こそ自信を持って現場に根付かせていきましょう。