投稿日:2025年8月14日

円建てとドル建ての併用で為替差損を平準化する決済設計

はじめに:なぜ今「円建てとドル建ての併用」が求められるのか

近年、グローバルなサプライチェーンの複雑化や地政学的リスクの高まりに伴い、製造業における為替リスク管理はかつてないほど重要性を増しています。

特に、日本の製造業は多くが輸出型ビジネスを展開しており、その多くはドル建て決済が標準となっています。
一方で、国内取引や特定アジア圏向けなどは円建て取引も根強く残っており、多くの企業が両建てを使いこなす状況が続いています。

ここでは、長年現場と経営を見てきた立場から、「円建てとドル建ての併用で為替差損を平準化するための決済設計」について、実践的なポイントや押さえておくべき業界動向、そしてラテラルシンキングで考える新たな視点をお伝えします。

円建て・ドル建ての基本構造と業界動向

円建て・ドル建てが並立する日本の製造業のリアル

製造業の現場では、顧客もサプライヤーもグローバル展開が当たり前となっています。
米ドルは世界の基軸通貨として長らく輸出入取引の中心ですが、同時に仕入れや下請け発注では円建てが主流というケースも珍しくありません。
特に半導体、電子機器、自動車部品といった業界は、川上から川下まで取引通貨が複雑に絡み合っています。

また、1980年代・90年代に活発だった「完全円建て神話」は崩れ去り、近年では外資サプライヤーからの資材調達や、米系・欧州系企業とのアライアンス、アジア諸国への輸出拡大にともない、取引通貨の選択肢そのものが多様化しています。

昭和から抜け出せない“現場の通貨決済慣習”とリスク

特に、昭和の製造業文化が色濃く残る現場では、「ずっと円建てでやってきたから安心」「為替のことは総務に任せて現場は関知しない」といった固定観念が根強いのも事実です。
実際、為替変動による損失が直接的に現場の評価や納期遅延にはつながらなかったため、リスク意識が醸成されにくかった背景もあります。

しかし、昨今の円安進行やサプライチェーン断絶による調達費用高騰を背景に、これまでの“何となく現場任せ”では事業継続性そのものが危うくなってしまうケースも散見されます。

円建て・ドル建て併用の決済設計、その効果とコツ

併用型決済がもたらす「為替リスクの平準化」効果

円建て・ドル建てを状況に合わせて併用すれば、一方的に為替差損が膨らむリスクを抑えられます。
例えば、仕入れは主に海外(ドル建て)、販売は国内(円建て)といった構造の場合、円安に振れれば仕入れコストは上がる一方、販売価格が固定されているため利益が圧迫されます。

ここで、サプライヤーとの価格・決済通貨交渉で一部を円建てへシフトしたり、顧客側への契約条件の変更(為替変動に応じた価格調整条項の導入など)によって、全体の取引通貨バランスを調整すれば、為替変動による損失インパクトを小さく均すことができます。
まさに「卵を一つのカゴに盛らない」分散型リスクヘッジの実践です。

併用設計時の3つのリアル実務ポイント

1. サプライヤーとの交渉力強化
 通貨建ての多様化には、サプライヤーとの相互理解と信頼が不可欠です。
 特に、長年ドル建てでしか応じてこなかった取引先に対しては、リスク共担モデルや長期安定調達のインセンティブなど、現場同士の腹を割った対話が求められます。

2. 契約・会計・経理部門との連携
 通貨建てが混在する場合、会計処理や決算報告の煩雑化リスクが伴います。
 営業や購買だけでなく、法務・経理部門ともチームを組み、「為替影響を見通した管理基準」の標準化と、システム化(ERP連携等)を進めることが肝要です。

3. 日々の動向モニタリング&シミュレーション
 為替だけでなく、国際物流や欧米の経済政策、中国情勢なども積極的に追う必要があります。
 最悪のシナリオを想定して突発的なリスクに備える、シミュレーション力の強化が現場の意思決定速度を高めます。

ラテラルシンキングで考える「通貨・決済設計改革」のすすめ

為替ヘッジ導入だけでない分散リスク管理の新潮流

為替差損対策といえば、従来はヘッジ取引(金融商品の購入・売却など)や長期為替予約の活用が主流でした。

しかし近年は、サプライチェーンそのものを柔軟に再設計したり、他国通貨(例:人民元、ユーロ)を部分的に導入することで、国や取引先ごとのリスクを分散する動きもみられます。
これにより、一国為替リスクだけに依存しない、よりレジリエントな仕入・販売戦略が現実解として広まっています。

「昭和的現場文化」から「多軸設計」へのパラダイムシフト

慣習や暗黙知が多い製造業界ですが、傾向的に「これまでのやり方」を抜本的に見直す風土が弱いのも課題です。
海外子会社や外資系バイヤーと競い合う現場では、通貨決済ルールや価格変更交渉も従来の「お上主導」では生き残れません。

逆に現場が自ら「これなら為替で負けない決済設計」をアップデートできれば、真の競争力を持ったグローバル生産体制を実現できます。

AI × データ活用による最適通貨比率ナビゲーションの実践

最新の現場では、AIやRPAツールを活用した「動的通貨最適化」の動きも始まっています。

日々の取引データ、為替レート、国際市況などのビッグデータをリアルタイムでモニタリングし、最適な時期・通貨・比率を数値根拠に基づいて選択する体制が広がりつつあります。
例えば、ある業界大手ではRPAにより毎週、自動で「通貨建て別損益分析」を配信し、ミドルマネジメント層の意思決定速度が格段に向上しています。

バイヤー・サプライヤー双方にとっての実践ノウハウ

これからバイヤーを目指す方へのアドバイス

1. 通貨交渉力を武器に
海外サプライヤーとの取引では、単なる「値下げ要求」ではなく、両社Win-Winの通貨選択肢を用意できる交渉力が不可欠です。
為替リスクを全面的に押し付けない「相互ヘッジ」型アプローチは、信頼関係構築にも大きく寄与します。

2. 英語力・数値力・会計思考
現場で通貨交渉を進めるには、英語メールや会議だけでなく、自社の損益インパクトやキャッシュフローへの影響を具体的に説明できる“数値コミュニケーション力”を磨きましょう。
基本的な会計知識も必須スキルになっています。

サプライヤーとしてバイヤーの「通貨志向」を読むポイント

バイヤー側がなぜ通貨・条件変更を望んでいるかを的確に読み取り、提案型で交渉に臨むことが重要です。
自社で為替ヘッジ商品や同業界トレンドの情報武装をしておけば、「この条件なら安定調達可能」と安心感を与えられ、長期的なパートナーシップ構築につながります。

まとめ:これからの「現場目線」通貨戦略

円建てとドル建ての併用による為替差損の平準化は、単なるリスク回避策以上に、グローバル製造業における新しい競争力の源泉となります。

従来の「昭和式通貨決済」にとらわれず、サプライチェーンを多軸で再設計し、現場が自律的に最適な取引構造を作り上げることが大切です。

これからの時代、現場主導のラテラルシンキングが経営を牽引します。
バイヤーは数値力と交渉力を磨き、サプライヤーも相互理解を深め、現場で鍛えた実践知を生かして「世界でも負けない日本のものづくり」を支えていきましょう。

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