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価格は据え置きで要求品質だけ上げられる負荷の高さ

価格は据え置きで要求品質だけ上げられる負荷の高さ
はじめに
製造業の現場で長年働いていると、時折「これほどまでに負荷が高い局面があっただろうか」と思う瞬間に直面します。
その代表例が、「価格はそのままで、品質だけはもっと上げてほしい」というオーダーを受けた時です。
近年、このような要求が当たり前のようになってきています。
これは国内のアナログな製造業界における“慢性的な課題”であり、経営、購買、現場それぞれの立場で頭を悩ませている問題です。
本記事では、現場の実感を交えつつ、この「負荷」の本質・背景・仕事への影響、さらには、バイヤーやサプライヤー、現場作業員がどう向き合うべきかを深く掘り下げます。
昭和から続く「見積もり文化」と現代のギャップ
日本の製造現場には、昭和時代から連綿と受け継がれる「見積もり文化」が根付いています。
長い取引実績や信頼、そして部分的な口頭約束で成り立つ関係性の中で、価格交渉は「前年据え置き」が基本だったりします。
これはある意味で日本的な“なあなあ”の世界、“情”の世界とも言えます。
一方で、国際競争の激化や消費者の目線の厳格化、ISOなど品質規格の浸透、さらにはサプライチェーンの透明化といった新たな潮流が押し寄せています。
「品質は上がって当然、しかしコストは今まで通り」という無理難題が日常化しているのが現代の状況です。
なぜ価格据え置きで品質要求が増すのか
背景には複数の理由があります。
まず、大手企業の購買部門・調達部門では、コスト低減がKPIとして厳格に管理され、毎年数%単位での「原価低減活動」がルーチン化されています。
サプライヤー側も「断れば次は無いかもしれない」というプレッシャーの中、付き合っていかざるを得ません。
また、消費者からのクレームは一発でSNSやECレビューに拡散され、何かあればリコールやブランド毀損に直結します。
そのため、最終的に品質リスクを最小化したいバイヤーからは、納期・コストの改善以上に「問題ゼロ」「手戻りゼロ」「安定供給」のような目に見えにくい品質要求がどんどん増えます。
しかも、各種規格やCSR、トレーサビリティ提出、グリーン調達など、表面には見えにくいコストが水面下で跳ね上がっています。
現場が背負う“見えないコスト”の正体
現場は「出来て当然」のプレッシャーと戦っています。
品質向上のためには、検査工数の増加や、より高精度な設備への更新、作業標準の再教育など、想像以上の“見えないコスト”が積み重なります。
例えば、ロット毎にトレーサビリティシートを作成し、全工程のデータを記録・保存する作業。
一見簡単そうでも、これを月に100回、1000回と継続すれば膨大な手間になります。
また、「納入前に100%検査してください」という追加要求がくれば、その検査時間分、作業者や検査員の負担は跳ね上がります。
それでも「価格は据え置き」。
この時の現場のストレスと疲弊感は、数字には現れませんが、確実に生産性や士気の低下を招きます。
なぜ「言い値」に応じてしまうのか? サプライヤーのジレンマ
サプライヤーは、なぜここまで過剰な要求を受け入れてしまうのか。
それは、ある種の“忖度”や“空気”が、日本の長期取引に深く根付いているためです。
価格交渉では「一度据え置きを飲めば今後受注が続く」と信じる一方、過剰な負担は現場・事務部門に積み上がり、「これ以上は無理だ」と悲鳴が上がる場面も少なくありません。
また、受注リスク(取引打ち切りの恐れ)と大手顧客との力関係や取引口座の“重み”との間で、冷静な損益判断ができず「赤字覚悟」で仕事を受けてしまう現象も散見します。
現場で起こる弊害―品質神話の落とし穴
要求品質だけがどんどん上がると、現場ではいくつかの弊害が生まれます。
– 検査工数の増加により、製品リードタイムが延びて納期遅延のリスクが高まる
– 効率よりも「ゼロミス」を最優先するため、現場作業者がミスを恐れ「攻めの改善」ができなくなる
– 管理負担が大きくなり、ペーパーワークや不必要な“報告・連絡・相談”が増加
– 改善活動の時間が奪われ、本来の生産性向上施策が後回し
一言でいえば、「負荷の総量」が押し上げられ、結果として現場全体の活力が失われかねません。
バイヤー側の事情―本音は「減点方式」
バイヤー側にも事情があります。
購買や調達のKPIは明確な「コストダウン」と「品質トラブルゼロ」。
この2つを両立するためには、「今以上の金額はまず認められない」というのが現実です。
事業部や工場からのプレッシャー、仕入先からの圧力を受けて、「もし使えるなら他に切り替えてもいい」という緊張感が常にあります。
この“減点方式”がサプライヤーの負担を増やし、現場にしわ寄せが行く構造が出来上がってしまっています。
昭和的アナログ文化が足かせに―DX時代とのギャップ
一方で、日本製造業の多くの現場は未だアナログな仕組みに縛られています。
日報や現場記録の手書き・紙保存、電話・FAX主体のコミュニケーション、属人的なノウハウの継承などが根強く残っています。
せっかくの工程管理システムも、“前任者のやり方”をなぞるだけで実質的には使いこなされていないケースも多いです。
このため、「追加工数」や「管理強化」が要求されても、現場では対応力が限界に達してしまいます。
DXによるデータ自動集計やAI検査等に投資できればいいですが、すべてのサプライヤーがその余力・資本力を持っているわけではありません。
現場目線で考える対策・打開策
状況を打開するために、現場が取り得る対策はどのようなものでしょうか。
■ 効果的な「見える化」
まずは、「見えないコスト」や「追加負荷」を見える化し、定量的に示すことが重要です。
例えば、追加検査の工数や記録保存の作業時間、納品トラブル時の人員割当を一覧表にして、バイヤーにも分かるように伝えます。
■ コミュニケーションの質を変える
「言われたまま受け入れる」のではなく、「追加負荷がどこまで現場に影響するか」を数字や実例とともに説明したうえで、協働的な改善を探るコミュニケーションを心がけることです。
■ 小さな自動化でも着手する
完全DXは無理でも、現場単位で紙帳票をExcel管理に変換したり、スマホ写真とチャットで記録を残すなど“小さな自動化”から着手しましょう。
総工数を少しでも減らす施策は、中長期で必ず現場の力になります。
■ 有事に備えた仕組みを構築
突発的なトラブル時にも対応できる「予備人員体制」や「二重化体制」を段階的に作っておく。
定常業務の中で“余力”を作り、非常時に可動できる状態を理想としましょう。
バイヤー・サプライヤーの関係を変える「協創」
真の“協働的取引”を目指すためには、バイヤーとサプライヤーが「共に課題に向き合い、価値を創る」パートナーシップに進化する必要があります。
現場の負担を数値や実例で「見える化」し、合理的な根拠と共に価格再交渉を行う。
また、品質要件の見直しや、必要以上の管理強化の有無を話し合い、本当に必要な対策を協議する。
これにより、無駄な負荷を減らし、両者が持続可能な関係を築ける土壌を作りましょう。
まとめ―昭和から未来へのバトン
「価格は据え置き、要求品質だけ上げる」――これは、過去の“情”や“なあなあ主義”が通じなくなり始めた日本の製造業における、避けては通れない大きな壁です。
しかし、この負荷を現場担当や一部の管理職だけで抱え込むのではなく、数値や施策で正しく“見える化”し、バイヤーと率直な議論を重ねていくことが、これからの製造業の大きな進化につながるのです。
これまでの昭和的アナログ文化のよさは大切にしつつ、新しいDXや協創の発想を取り込み、「誠実なパートナー」として現場から変革の第一歩を踏み出しましょう。
そして、バイヤーを目指す方、モノづくりに携わる現場の皆様が、それぞれの立場で“新しい地平線”を切り拓いていくことを強く期待しています。
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