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緊急便の常態化が企業の物流費を破壊し続ける構造

目次
はじめに:緊急便の“便利さ”が企業体質をむしばむ
製造業のサプライチェーンにおいて、「緊急便」という言葉がもはや特別なものではなくなっています。
本来は突発的トラブルや絶対的な納期遅延を防ぐための“最終手段”であったはずの緊急便が、日常的に多用されている現実があります。
物流費の高騰、2024年問題による労働力不足、環境負荷の増大──。
その一方で、現場は「間に合わせる」ために緊急便に頼り続けています。
その背景にどんな業界構造や商慣習があるのか、そして、緊急便常態化はどのように企業の競争力を蝕み、コスト構造を破壊していくのか。
昭和的なサプライチェーンの価値観が、いかに今の製造業に強く根付いているか。
現場で20年以上経験を積んできた立場から、実態と課題を解き明かし、これからの打開策について考えていきます。
なぜ緊急便が常態化するのか?業界の歴史的背景
昭和型サプライチェーンの「すり合わせ文化」
まず大きな要因の一つが、製造業に根強く残る「すり合わせ文化」です。
多品種・少量生産、長いつきあいのある協力会社との信頼関係、伝統的な“阿吽の呼吸”でのものづくり。
柔軟性と臨機応変さは、もちろん日本の強みでもあります。
しかし一方で、曖昧なスケジュール、見積もり依頼の遅れ、現場現物主義による直前の仕様変更が当たり前に発生します。
そのツケは、最後の輸送工程に集中しがちです。
「何とか間に合わせろ」は現場リーダーやバイヤーの美学であり、“納期を守る”ための最短ルートが緊急便というわけです。
発注量の変動・需要予測の精度不足
また、グローバル化やモデルチェンジの周期短縮により、需要予測の難易度は年々高まってきました。
在庫を多く持てばキャッシュフローが悪化し、少なすぎればすぐに欠品リスク。
このジレンマの中、現場はギリギリの在庫を許容しがちです。
そこで急な需要変動が生じた際、材料や部品、完成品の「緊急調達」「緊急出荷」が頻発します。
受注生産型でも、計画の後ろ倒し→納期遵守のための緊急手配(飛行機便、チャーター便、小口多便、バイク便etc.)の流れはよくある光景です。
緊急便がもたらすコスト増大の実態
物流費高騰の構造的な根っこ
緊急便は、通常輸送の2倍~10倍の費用がかかるケースも珍しくありません。
たとえばA社の通常トラック配送が1万円のところ、チャーター便手配で5万円、航空便利用で10万円…といった具合です。
しかもこれが、月に一度や二度ではなく、「毎週どこかの部署で使われている」。
年間で見れば数百万円~数千万円ものコスト追加となっている企業も多いのです。
個別の案件だけを見ると「やむを得ないコスト」に見えても、全体としてみれば構造的なコスト爆弾となっています。
“隠れ赤字”の温床となる仕組み
多くの企業では、緊急便費用をそのまま品目や現場に転嫁していなかったり、「全体の物流費」として吸収しています。
実際には現場毎の差異が生まれていても、経営層がその実情を把握できず、「どんぶり勘定」化していくのです。
また、常時“緊急対応”している状態は、精神的な負担や現場の疲弊も増大させ、ヒューマンエラーやさらなる業務効率の低下につながる悪循環も生じます。
現場で起きている典型的なパターン
パターン1:バイヤーの「頼みやすさ」と現場の“黙認”
調達担当やバイヤーが、スケジュール調整の穴を埋めるため、緊急便をいとも簡単に発注できてしまう。
本来であれば上司承認やコストチェックが必要ですが、多忙な現場では「仕方ないから…」と黙認されがちです。
この“気軽さ”が、慢性的なコスト増加につながっています。
パターン2:サプライヤーの「忖度」と負担の転嫁
サプライヤーの立場から見ると「納期厳守」「貴社案件最優先」が強く求められている傾向です。
無理な納期依頼が常態化すれば、「追加輸送費はとりあえず後から請求」というケースも多く、取引関係の力学上、はっきりコスト交渉できない風土があります。
中小のサプライヤーに負担がしわ寄せされ、それが結果的に品質やサービス低下を引き起こす、という構造的な問題も内包しています。
パターン3:「前例」が観念的に“慣習”となる
一度「前回もやったから大丈夫」と緊急便を使ってしまうと、それが“前例”とされ、今後同様の状況でためらいなく手配されていきます。
「いつものことだから」という意識の麻痺が進行し、経営全体の“体質”として定着してしまう危険があります。
企業に求められる「脱・緊急便依存」の視点
1. バイヤーは“緊急便”の予算化・見える化を!
まず現状把握が重要です。
年間の緊急便発生件数、費用、その理由(突発/予測ミス/計画変更/顧客起因など)をきちんとデータ化しましょう。
バイヤーには「緊急便費用を予算として明確に分離する」「稟議プロセスを厳格化し、部門KPIに連動させる」といった仕組み作りが求められます。
社内で“見える化”されれば、経営層や関係部署の意識改革にもつながります。
2. サプライヤーとのパートナーシップ強化
発注側と受注側の「力関係」だけに頼るのではなく、共通の目的(効率化、省力化、品質確保)を正直に話し合える関係づくりが不可欠です。
無理な納期・緊急便依頼の際は、「原因」「代替案」「追加コスト発生要因」をお互いにフィードバックし合いましょう。
サプライヤーも、バイヤーの事情や全体最適の視点を理解すれば、不要な緊急便削減の提案ができるはずです。
3. 計画精度向上と柔軟なサプライチェーン設計
昨今のAIやIoT活用で、需要予測の精度向上や、デジタルサプライチェーンチームの立ち上げも進んできました。
予測精度と計画遵守率を高める、部品や材料の標準化、多拠点在庫の最適配置、BCP(事業継続計画)との連動など、全体最適視点での構造改革が急務です。
現場で起きた“小さな緊急便”が積み重なり経営リスクとなることを、全社的に強く認識することが大切です。
実践的に始められる“脱・緊急便の一歩”
ヒヤリ・ハット事例を全社で集約・分析
品質管理でいう“ヒヤリ・ハット”のように、緊急便発生案件をリスト化・共有する仕組みを作りましょう。
どうしても運用が回らない場合は、「なぜ発生したのか」「他の予防策はなかったのか」を毎回振り返るだけでも、社内の意識とノウハウ蓄積につながります。
緊急便コストを“取引条件”に明記する
業界によっては契約書・取引規定に、「追加輸送費は別途請求」「発注リードタイム遵守のため、緊急対応回数・費用の上限を明示」等、条件を明文化するケースも増えています。
これによりバイヤー・サプライヤー双方の心理的な抑止力になり、コスト管理もしやすくなります。
物流現場との共創による業務プロセス改善
現場担当者や物流会社、配送ドライバーとの意見交換会を定例化することで、「どこでボトルネックが発生しているか」「どのような改善余地があるか」を自律的に洗い出せます。
日々の声を吸い上げて小さな改善を重ねることこそ、“昭和アナログ”脱却の第一歩です。
まとめ:便利さ依存から抜け出し、経営競争力を強化する時代へ
「とりあえず、緊急便を使えば何とかなる」──。
この安易な常識は、日本の製造業が長年積み上げてきたものの“負の遺産”でもあります。
物流は企業競争力の根幹であり、緊急便常態化は見えないコスト爆弾です。
現場目線と管理職目線の両方から“現象の本質”を見抜き、仕組み化・見える化・パートナーシップの再構築に取り組むことが、これからの製造業には不可欠です。
一人ひとりの現場の知恵と行動が、業界全体のコスト、働き方、持続可能性の未来を大きく変えていきます。
今こそ、緊急便に頼らない「構造的な強さ」の構築を目指し、共に現場改革を推進していきましょう。
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